「申し訳ありません。すぐにおいとま致しますので」
「気にしなくていい」

美紅はお邪魔致しますと一礼してから草履を脱ぎ、上がり框に上がるとしゃがんで草履の向きを変えて端に揃える。

勧められたスリッパを拝借するとリビングに通された。

「まあ!素敵なお部屋ですのね」

美紅の屋敷は古い和風家屋だったが、伊織の屋敷はレトロな洋館の雰囲気だ。

絨毯や壁の絵画、おしゃれなランプなど、美紅はうっとりと見とれる。

「どうぞ、こちらのソファにお掛けくださいませ」
「はい。失礼致します」

着物を整えながらゆっくり腰を落とすと、程よく沈み込むソファはとても座り心地が良かった。

「あの、突然お邪魔して申し訳ございません。どうぞお構いなく」

テーブルに紅茶を用意してくれる家政婦に声をかけると、いえいえとにこやかに笑いかけられる。

「とんでもない、大歓迎ですわ。お美しいお嬢様をお迎え出来て、わたくしも感激しております。まさかあの伊織様が、こんなに素敵なお嬢様を連れて来られるなんて。ああ、わたくしはもう胸がいっぱいで」
「お菊。どう解釈しているのか知らんが、それは大きな間違いだ」

伊織が口を挟むが、聞き流される。

「申し遅れましたわ。わたくし、この本堂家に勤めて35年になる菊江と申します。どうぞお見知りおきを」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れました。わたくしは小笠原 美紅と申します。よろしくお願い致します」
「まあまあ、小笠原様のご令嬢がわたくしごときに頭を下げられるなんて。お顔を上げてくださいませ。どうぞわたくしのことは、お菊とお気軽にお使いくださいませ」
「温かいお言葉をありがとうございます、お菊さん」
「こちらこそ。美紅様はお優しい方ですのね。お美しくてまさに大和撫子そのものですわ。うっとり見惚れてしまいます」

美紅とお菊が微笑み合う横で、伊織はやれやれと紅茶を飲む。

(どこが大和撫子なんだか。とんだじゃじゃ馬娘だぞ。おかげで変な事態になってるし)

その時、リビングのドアがカチャリと開いて伊織の母が現れた。

「まあ!本当に素敵なお嬢さんがいらっしゃるわ。夢みたい」

美紅はすぐさま立ち上がって頭を下げる。

「突然このようにお邪魔して大変申し訳ございません。小笠原 美紅と申します」
「いいえ、大歓迎よ。私は伊織の母の、本堂 八重子です。どうぞよろしくね。さあ、お掛けになって」
「はい、失礼致します」

腰を落ち着けるやいなや、伊織の母は待ちきれないとばかりに口を開く。

「もう一体何がどうなってるの?伊織、いつの間にこんなに素敵な美紅さんと?話してくれたら良かったのに。だからあんなにもお見合いの話を拒んでいたのね」
「母さん、違うから」
「あら、何が違うの?」
「母さんが今考えていること全て」
「まあ、あなた照れてるの?分かってるわよ、何も言わなくても」
「いや、だから。何も分かってない」
「ふふふ。あー、楽しいわね」
「ちっとも楽しくない!」

平行線をたどる母子の会話に、美紅が説明する。