静けさが広がり、しばらくしてハッと我に返った美紅は慌てて伊織に声をかける。

「本堂様、お顔を上げてください」

伊織はゆっくりと顔を上げた。
美紅はまだ事態が呑み込めず、戸惑ったまま口を開く。

「あの、わたくしは…」
「はい」
「あの、実はわたくし、こう見えてあまりおしとやかではございません」
「はい」
「着物を着ておりますとよく勘違いされてしまうのですが、奥ゆかしさはかけらもございません」
「はい」
「正直に申し上げますと、その、少々荒っぽい性格でございまして」
「はい」
「ですので、本堂様もわたくしのことを勘違いなさっているかと存じます」

ずっと真面目に、はいと答えていた伊織が、ふっと笑みを洩らした。

「いいえ、私はあなたのことを勘違いなどしておりません」
「え?」
「着物が似合う所作の美しいあなたが、実はかっこよくて男前なことも。車の運転が好きで思い立ったらどこへでも行ってしまうことも。柔道で男をこらしめたかと思うと、ピアノをとても優雅に弾くことも。全て存じ上げております」

美紅は何も言えずにただ伊織を見つめる。

「仕事に対しては素晴らしい手腕を振るわれることも。心が清らかで温かく優しいお人柄なことも。ご自分の恵まれた環境に甘んじず、ご自身の力でしっかりと人生を歩んでいらっしゃることも。全て私が身を持って感じた真実でございます」

美紅の目に涙が浮かぶ。
今、真っ直ぐに自分を見つめてくれる伊織が、そんなふうに自分を想ってくれていたことが嬉しくて胸が詰まった。

「そんなあなたに、今の私は不釣り合いな男かもしれません。けれど必ず強くなり、この先もあなたを想い、守り、大切に致します。どうか私にチャンスを頂けませんか?あなたの隣にいても許される人間になるように日々努力致します。あなたに認めて頂けるまで」

美紅は涙を堪えて話し出す。

「いいえ、わたくしこそあなたに不釣り合いな人間です。あなたは大きな会社を動かす有能な方。お家柄も素晴らしく、将来も期待される優秀なお方です。そんなあなたのお隣には、奥ゆかしくつつましく、後ろからそっとあなたを支えるおしとやかなご令嬢がふさわしい。わたくしはそう思います」