「そのカンザシは薫子のものだ。薫子の好きにすればいい」
突き放すような言い方だったけれど、薫子はホッとして微笑んだ。

拒否されたらどうすればいいか、考えていなかった。
「それならこれを菊乃に上げる。少しでも借金返済の足しにしてちょうだい」

薫子はそう言うと菊乃にカンザシを握りしめさせた。
けれど菊乃は嫌がる子供のように左右に首をふる。

「それはもらえない。もういいの、私は身売りする覚悟ができたから、こうしてここへ来たんだから」
「そんな!」

男たちに混ざって野良仕事を懸命にこなしていた菊乃の姿を思い出す。
そんな菊乃が身売りだなんて、考えられないことだった。

「今まで頑張ってきたのに、そんなのってないよ。お願い菊乃、このカンザシを受け取って」
「ダメ。私なんかがそのカンザシをもらう資格なんてない」

もはや薫子がなにを言っても聞く耳を持ちそうにない。