意を決し、クロスの隙間からそっと覗いてみる。
 目に入ってきたのは、書類の積まれた大きな机と執務用の椅子。椅子は空席で、人影は見られない。やはり、誰もいないようだ。

 ほっとする思いでクロスの隙間をくぐり、ワゴンから身を乗り出して前足を絨毯の上にくっつける。
 すると、唐突に浮遊感に襲われた。斜め方向の背後、ワゴン本体が邪魔をして見えなかった角度から伸びてきた大きな手によって、体をすくい上げられたのだ。

「きゃうっ」

 びっくりして変な声が出てしまう。
 ワゴンを見下ろすほどの高さに持ち上げられて、身動きが取れない。じたばたと身をよじっていると、すぐ近くから男性の低い声がした。硬質だがどこか甘く、耳に心地いい美声だ。

「なんだ、おまえは。迷子になったのか?」

 くるんと体を回転されて、相手の懐の中で仰向けになる格好で、天を見上げた。
 チカチカする視界に入ってきたのは、眩いほどの光沢を放つ高貴なブロンド。さらには、すっと通った鼻筋に、前髪の隙間から覗く神秘的な紫色の瞳。
 この一分の隙もない最高傑作たる尊顔は――紛れもない絶対無二の帝国皇帝、ライズ・ド・ヴォルカノだ。