ロゼッタたちはゴンドラに乗って、王都の隣にある小さな島へ行った。
そこは島全体が墓地になっており、いくつものお墓が並んでいる。
墓守が手入れしているのか、緑も花も美しい場所で、目を奪われたロゼッタはきょろきょろと周りを見回す。
「ロゼッタ、こっちだ」
ダンテに連れられて奥へと進んでゆくと、やがて他とは異なる雰囲気の場所にさしかかり、足を止めた。
他のお墓よりも豪華な作りになっており、一目見て、王族のそれだとわかった。
「ローゼ、前に話していたロゼッタを連れてきたぞ」
白くて美しい、女神の彫刻が施されているお墓の前に立つと、ダンテは薔薇の花束をお墓に置いた。
女神が寄り添う墓石には、ジルダの名前が刻まれている。
風が吹いて花びらをさらい、甘い香りが冷えた鼻先をくすぐった。
「どうしてローゼって、呼んでいたんですの?」
ずっと気になっていることだった。
ダンテだけが彼女をローゼと呼んでいて、本で調べても誰に聞いても、ジルダをそう呼ぶ人はいなかったからだ。
「……あいつは怪盗ローゼとして俺の前に現れたんだ。だから俺は今も、あいつのことを王女様だとは思っちゃいねぇ。1人の、特別な女性なんだ」
王城にいるはずの王女様が怪盗をしているなんて、にわかに信じられなくて、ロゼッタは小首を傾げる。
「どうして王女様が怪盗になりましたの?」
「それは俺もわからないけど、城から抜け出すし物を盗むだなんて、悪い王女様だよな?」
ダンテは寂しそうに笑った。
おどけたように言っているけれど、その声にはどこまでも彼女を大切に想う気持ちが込められている。
ロゼッタは、胸の中にモヤモヤとしたものが生まれてくるものを感じた。
ローゼを前にすると、ダンテは彼女のことばかり考えているように見えてしまうのだ。
「ローゼ様は、どんな人でしたの?」
「とんでもないじゃじゃ馬だ。さんざん俺を振り回してきたくせに、急に消えて、呆気なく殺された」
「ころ、された?」
ダンテの声には微かな怒りが滲んでいる。
その視線は、ローゼのお墓に向けられたまま。
まるでローゼに対して怒っているようで、ロゼッタはますます混乱した。
「ああ、ローゼは黒霧の魔女に殺されたんだ。珊瑚色の瞳を、持っていたから……」
「ダンテ、」
低く、押し殺すような声打ち明ける彼は苦しそうだ。
気遣わしげに彼の手を握ると、はっとした顔になってロゼッタの顔を見た。
見つめてくる瞳はあまりにも悲しそうだから、ロゼッタもつられて泣きそうな顔になった。
「ローゼは、ズケズケとものを言う奴だったのに、黒霧の魔女のことはちっとも教えてくれなかってな。俺はそれが腹立たしくて、あいつのこと、恨んでもいたんだ」
「どうして、恨むんですの?」
ダンテはローゼを愛しているはずなのに、その正反対である憎しみもまた抱いている。
ロゼッタにはその理由が分からなかった。
好きと嫌い。
人はそのどちらかの感情を相手に対して抱くものだと思っている少女の、しごく純粋な問いかけに、ダンテは答えに少しばかり時間を要した。
彼女がわかりやすいように、自分の感情をかみ砕いてゆく。
「そうだな。頼ってくれなくて、不貞腐れたんだよ。何も教えてくれなくて、そんなにも俺のことは頼りなかったのかってね、思うと腹立たしかったんだ」
そんな恨みが募る中、ロゼッタと出会った。
生き写しのような彼女に対して、ローゼに抱いていた恨みをぶつけてしまったのを、今でも後悔している。
(俺は最低だな。ロゼッタは、ロゼッタなのに)
今もこうして自分を心配してくれる彼女の優しさに、救われてきた。
あんなにも冷たい態度をとっていたのにも関わらず自分と向き合って来てくれたこの少女に、自分はこれから何をしてやれるんだろうかと、考えてしまう。
守れないまま恨みを抱くような、情けない自分ではいたくない。
ローゼのために何もできなかった自分から変わりたいと、もがいている。
「ローゼはきっと、俺に守る力がなかったから、頼ってくれなかったんだろうな」
自嘲気味に言って、ロゼッタの頬を撫でた。
「やっぱり俺は不安なんだ。お前がローゼのように消えてしまうんじゃないかと、取り返しのつかないことになるんじゃないかって、たまらなく不安なんだ」
ローゼのように。
その言葉はロゼッタの胸に痛みを与えた。
(やっぱりローゼ様のお墓になんて、来なきゃよかった)
ダンテが彼女の名前を口にするたびに、心がチクチクとする。
後悔は心の中に積み重なっていって、気づかないうちに眉尻を下げてしまっていた。
「ロゼッタ?」
彼女の表情に気づいたダンテが覗き込んでくると、そんな後悔がまた後ろめたくなる。
ローゼのことを大切に想っているダンテには知られたくなくて、そっぽを向いてしまった。
すると、ダンテの口から笑い声が漏れてきた。
「ローゼに妬いてるのか?」
「そ、そんなことありませんわっ!」
ぎくりとした表情になったロゼッタは、すぐに顔を真っ赤にして睨んでくる。
そんなロゼッタを見て、目元を綻ばせた。
「それは残念。俺の自意識過剰だったようだ」
そう言いつつも嬉しそうにロゼッタを抱き上げる。
「さあ、帰ろう。今日は寒いから、ラヴィにショコラを作ってもらおうな」
「ええ」
ロゼッタはダンテに身体を預けつつ、白いお墓を見つめる。
(ローゼ様、お願いだから、ダンテを連れて行かないで)
死んだ女の人が恋人を死者の国に連れて行こうとする話を、孤児院で聞いたことがあった。
ローゼのお墓を前にしてその話を思い出してしまい、不安になる。
不安のあまり、ダンテの上着をぎゅっと掴んだ。
ダンテが離れてしまわないように、遠くに行ってしまわないように。
(わたくしは、もっとダンテと一緒にいたいの)
すると、ダンテの手が伸びてきて、ふわりとロゼッタの頭を撫でる。
「眠ったらいい。着いたら起こしてやるよ」
「いいえ、眠くなんてないですわ」
きっと、もし眠かったとしても、彼がいなくならないように起きて見ていたいと思う。
ダンテがロゼッタが消えるのを恐れているように、ロゼッタもまた、ダンテを失うのを恐れていて。
「ダンテ、明日はわたくしも一緒にお仕事に行ってもいい?」
そう言いながら、ダンテの胸に頭を預けて、彼の横顔をじぃっと見つめた。
「もちろんだ」
返してくれる声はどこか嬉しそうで、ロゼッタはくすぐったい気持ちになった。
楽しそうに明日の予定を話す彼女たちの頬を、墓地に吹く風が優しく撫でて、通り過ぎていった。
そこは島全体が墓地になっており、いくつものお墓が並んでいる。
墓守が手入れしているのか、緑も花も美しい場所で、目を奪われたロゼッタはきょろきょろと周りを見回す。
「ロゼッタ、こっちだ」
ダンテに連れられて奥へと進んでゆくと、やがて他とは異なる雰囲気の場所にさしかかり、足を止めた。
他のお墓よりも豪華な作りになっており、一目見て、王族のそれだとわかった。
「ローゼ、前に話していたロゼッタを連れてきたぞ」
白くて美しい、女神の彫刻が施されているお墓の前に立つと、ダンテは薔薇の花束をお墓に置いた。
女神が寄り添う墓石には、ジルダの名前が刻まれている。
風が吹いて花びらをさらい、甘い香りが冷えた鼻先をくすぐった。
「どうしてローゼって、呼んでいたんですの?」
ずっと気になっていることだった。
ダンテだけが彼女をローゼと呼んでいて、本で調べても誰に聞いても、ジルダをそう呼ぶ人はいなかったからだ。
「……あいつは怪盗ローゼとして俺の前に現れたんだ。だから俺は今も、あいつのことを王女様だとは思っちゃいねぇ。1人の、特別な女性なんだ」
王城にいるはずの王女様が怪盗をしているなんて、にわかに信じられなくて、ロゼッタは小首を傾げる。
「どうして王女様が怪盗になりましたの?」
「それは俺もわからないけど、城から抜け出すし物を盗むだなんて、悪い王女様だよな?」
ダンテは寂しそうに笑った。
おどけたように言っているけれど、その声にはどこまでも彼女を大切に想う気持ちが込められている。
ロゼッタは、胸の中にモヤモヤとしたものが生まれてくるものを感じた。
ローゼを前にすると、ダンテは彼女のことばかり考えているように見えてしまうのだ。
「ローゼ様は、どんな人でしたの?」
「とんでもないじゃじゃ馬だ。さんざん俺を振り回してきたくせに、急に消えて、呆気なく殺された」
「ころ、された?」
ダンテの声には微かな怒りが滲んでいる。
その視線は、ローゼのお墓に向けられたまま。
まるでローゼに対して怒っているようで、ロゼッタはますます混乱した。
「ああ、ローゼは黒霧の魔女に殺されたんだ。珊瑚色の瞳を、持っていたから……」
「ダンテ、」
低く、押し殺すような声打ち明ける彼は苦しそうだ。
気遣わしげに彼の手を握ると、はっとした顔になってロゼッタの顔を見た。
見つめてくる瞳はあまりにも悲しそうだから、ロゼッタもつられて泣きそうな顔になった。
「ローゼは、ズケズケとものを言う奴だったのに、黒霧の魔女のことはちっとも教えてくれなかってな。俺はそれが腹立たしくて、あいつのこと、恨んでもいたんだ」
「どうして、恨むんですの?」
ダンテはローゼを愛しているはずなのに、その正反対である憎しみもまた抱いている。
ロゼッタにはその理由が分からなかった。
好きと嫌い。
人はそのどちらかの感情を相手に対して抱くものだと思っている少女の、しごく純粋な問いかけに、ダンテは答えに少しばかり時間を要した。
彼女がわかりやすいように、自分の感情をかみ砕いてゆく。
「そうだな。頼ってくれなくて、不貞腐れたんだよ。何も教えてくれなくて、そんなにも俺のことは頼りなかったのかってね、思うと腹立たしかったんだ」
そんな恨みが募る中、ロゼッタと出会った。
生き写しのような彼女に対して、ローゼに抱いていた恨みをぶつけてしまったのを、今でも後悔している。
(俺は最低だな。ロゼッタは、ロゼッタなのに)
今もこうして自分を心配してくれる彼女の優しさに、救われてきた。
あんなにも冷たい態度をとっていたのにも関わらず自分と向き合って来てくれたこの少女に、自分はこれから何をしてやれるんだろうかと、考えてしまう。
守れないまま恨みを抱くような、情けない自分ではいたくない。
ローゼのために何もできなかった自分から変わりたいと、もがいている。
「ローゼはきっと、俺に守る力がなかったから、頼ってくれなかったんだろうな」
自嘲気味に言って、ロゼッタの頬を撫でた。
「やっぱり俺は不安なんだ。お前がローゼのように消えてしまうんじゃないかと、取り返しのつかないことになるんじゃないかって、たまらなく不安なんだ」
ローゼのように。
その言葉はロゼッタの胸に痛みを与えた。
(やっぱりローゼ様のお墓になんて、来なきゃよかった)
ダンテが彼女の名前を口にするたびに、心がチクチクとする。
後悔は心の中に積み重なっていって、気づかないうちに眉尻を下げてしまっていた。
「ロゼッタ?」
彼女の表情に気づいたダンテが覗き込んでくると、そんな後悔がまた後ろめたくなる。
ローゼのことを大切に想っているダンテには知られたくなくて、そっぽを向いてしまった。
すると、ダンテの口から笑い声が漏れてきた。
「ローゼに妬いてるのか?」
「そ、そんなことありませんわっ!」
ぎくりとした表情になったロゼッタは、すぐに顔を真っ赤にして睨んでくる。
そんなロゼッタを見て、目元を綻ばせた。
「それは残念。俺の自意識過剰だったようだ」
そう言いつつも嬉しそうにロゼッタを抱き上げる。
「さあ、帰ろう。今日は寒いから、ラヴィにショコラを作ってもらおうな」
「ええ」
ロゼッタはダンテに身体を預けつつ、白いお墓を見つめる。
(ローゼ様、お願いだから、ダンテを連れて行かないで)
死んだ女の人が恋人を死者の国に連れて行こうとする話を、孤児院で聞いたことがあった。
ローゼのお墓を前にしてその話を思い出してしまい、不安になる。
不安のあまり、ダンテの上着をぎゅっと掴んだ。
ダンテが離れてしまわないように、遠くに行ってしまわないように。
(わたくしは、もっとダンテと一緒にいたいの)
すると、ダンテの手が伸びてきて、ふわりとロゼッタの頭を撫でる。
「眠ったらいい。着いたら起こしてやるよ」
「いいえ、眠くなんてないですわ」
きっと、もし眠かったとしても、彼がいなくならないように起きて見ていたいと思う。
ダンテがロゼッタが消えるのを恐れているように、ロゼッタもまた、ダンテを失うのを恐れていて。
「ダンテ、明日はわたくしも一緒にお仕事に行ってもいい?」
そう言いながら、ダンテの胸に頭を預けて、彼の横顔をじぃっと見つめた。
「もちろんだ」
返してくれる声はどこか嬉しそうで、ロゼッタはくすぐったい気持ちになった。
楽しそうに明日の予定を話す彼女たちの頬を、墓地に吹く風が優しく撫でて、通り過ぎていった。