工房街は、トントンカンカンと聞きなれない音が辺りに響いている。
ロゼッタは軒を連ねる工房の窓を覗き込んで職人たちの仕事ぶりを観察した。
時おり、中にいる職人たちが彼女に気づいて手を振ってくれる。
「工房は初めて見るのか?」
ダンテの問いかけに、ロゼッタは目を輝かせながら頷いた。
「ええ、孤児院があったところは教会以外は何にもなかったんですもの」
手を振りかえすロゼッタにデレデレとした視線を向ける男を見つけたブルーノが、抱っこして彼女を窓から離した。
「今から職人と話すから、中を見せてもらうといい」
「素敵! 何の工房ですの?」
「秘密だ」
「わかったわ! ポルカーリ工房ですわね!」
「はずれだ」
ポルカーリ工房でないのなら、もう知っている工房は他にはなくて、答えが思いつかなかった。
うんうんと悩んでいる少女の横顔を見てダンテは微笑む。
「美しいものを扱うといった点はポルカーリ工房とにているけどな」
「やっぱりわからないですわ」
そう言って、恨めしげにダンテを見つめ返した。
◇
ロゼッタたちは美しいステンドグラスが特徴的な建物の前にやって来た。
ダンテに続いて中に入ると、弟子らしき女性が気づいて奥へと案内してくれる。
「バルバートの若造め、ようやっと来たか」
奥にはいかにも頑固親父の呼び名が似合いそうな老人がいて、ダンテを見るなり口を開いた。
その隣には、人好きのする柔和な笑顔をたたえた青年がいて、彼は礼儀正しく挨拶してくれた。
「よお、ご隠居。姿を見なかったけど元気そうじゃないか」
ダンテは老人に向かってニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。
「はっ。わしはまだまだ現役だぞ。前はちと腰をいわせてしまっただけでな」
ぐっと胸を張る老人を、青年が慌てて止める。
「安静にするように言われてるんですから大人しくしてください。バルバートさんも、父さんを煽らないでくださいよ」
「悪いな。これが俺たちの挨拶なんだよ」
ダンテが笑ってそう返すと、青年はやれやれと肩を竦めた。
「バルバートの若造が女性に贈る品を注文してきたもんだから、相手の顔を拝んでやろうと思ってな。えらい可愛い嬢ちゃんを連れてきたじゃないか」
「父さんったら、お客様に対してその口の利き方はよしてください」
この老人は王都で有名な魔法宝飾品職人で、名前はチェルソという。青年の方は彼の息子のクレートだ。
ダンテは彼らに頼み込んで、宝飾品の知識を教えてもらった過去がある。
お世話になった彼は、大切な人に贈る品はぜひここで注文しますと約束していたため、チェルソはダンテをからかってやろうと、彼が商品を受け取りにくる日を心待ちにしていたのだ。
「お嬢さんはジルダ殿下の小さかった頃にそっくりだな。俺ぁ、王室に頼まれて王女様の装飾品を作ったこともあったけどよ、それはそれは愛らしいお方でな、」
チェルソはロゼッタをしげしげと眺めるものだから、彼女はたじろいでしまった。
(わたくしって、本当にジルダ殿下に――ローゼ様によく似ているのね)
チラッとダンテの様子を窺ってみると、彼は口元に弧を描いて笑っている。
(ダンテ、笑ってるのに悲しそうだわ)
きっと、彼女の名前が出てきたからだ。
そうわかった途端、モヤモヤとした気持ちが胸の中に渦巻く。
「父さんったら、また昔の話ですか。後で聞いてあげるから仕事の邪魔しないでください」
「くっ! 生意気な口をききおって!」
クレートは、チェルソが文句を言っているのを聞かないふりをして話を進め始めた。ダンテと図面を見ながら何やら話しこんでいる。
ロゼッタは気になって耳をそば立ててみるが、それでも何について話しているのかわからなかった。
「それでは、注文の品をお持ちしますね」
「ああ、よろしく頼むよ」
クレートは小部屋に引っ込むと、ビロード張りの盆に美しい首飾りを載せて戻ってきた。
「ありがとう、希望通りだ」
ダンテはそう言うと、首飾りを手に取る。
首飾りは三日月の意匠が凝らされており、緑色の石がいくつか嵌め込まれている。
三日月のモチーフの下にはしずく型にカットされた石がつけられていて、首飾りを動かすと、それに合わせてゆらゆらと揺れた。
ダンテは首飾りをロゼッタにつけると、じっと彼女を見つめた。
「魔法石……?」
ロゼッタはダンテの瞳と同じ色の美しい石に見惚れる。
キラキラと輝く緑色の魔法石は、向きを変えると様々な色の輝きを放った。
「その魔法石がお前を守ってくれるはずだ。うん、よく似合っている」
褒めてくれるのは嬉しいが、突然の贈り物の意図がわからない。
ロゼッタは急にまごついてしまった。
「わたくしの誕生日ではありませんわ。それに、誕生日がいつなのかもわからないのよ?」
「誕生日じゃなくても贈り物はできるはずだろ?」
彼女の頬を優しく撫でた。
「これはお守りだ。これからずっと、つけていてくれ」
「ずっとは束縛しすぎじゃねぇか? お嬢ちゃんだっていつかはいい人からの贈り物を身につけるだろうし」
老人が面白がって揚げ足を取ってくると、ダンテは恐ろしい顔で彼の方を振り向いた。
「そんなことはさせねぇよ。この子は誰にもやらないからな」
「バルバートさん、目が据わってますよ?!」
「親バカが過ぎると嫌われるぞ」
親バカを拗らせたダンテの、鬼気迫る表情を見た職人親子は、そんな彼を親に持つことになったロゼッタに心から同情した。
「ダンテ、ありがとう。ずっとつけていたいけど、なくしたら嫌ですから大切に保管しますわ」
「保管したらお守りの意味がなくなっちまうじゃねぇか」
そう言われても、ダンテが自分のために誂えてくれたアミュレットは宝箱の中に入れて、大切にたいせつに保管しておきたいと思ってしまう。
不服そうな表情をするロゼッタを見て、クレートはクスクスと笑う。
「バルバート男爵、こんなに大切にしてくれるなら贈り甲斐がありますね」
「だけどよ、これはアミュレットであって飾りもんじゃないぞ?」
「それもそうですね」
クレートはしゃがんでロゼッタに視線を合わせると、アミュレットのデザイン画を彼女の目の前に広げて見せた。
「ロゼッタ嬢、これを見てください」
そう言って指し示されたのは、月の形の絵の隣に書かれている、女神セレンティナの名前。
「王国を守る月の女神様がきっと、ロゼッタ嬢のことを守ってくれますよ。あなたを守ってくれるように、バルバート男爵が願いを込めてこのデザインに決めたんですから」
「そう、なんですね」
ロゼッタはそっとアミュレットに触れた。
ダンテの願いと心がこもった贈り物に触れると、心の中が温かくなる。
「それなら仕方がありませんわね。ずっとつけていますわ」
「そうしてくれ」
ダンテはロゼッタの髪をくしゃりとさせながら頭を撫でる。
そんな2人の様子を、チェルソとクレートはにこにことしながら見守った。
◇
工房を出ると、ダンテはロゼッタの顔を覗き込んだ。
「他に行きたいところはあるか?」
「行きたいところ……」
「人形を見に行ってもいいし、おいしいケーキ屋でもいい。どこでもいいぞ」
許してもらえるのなら、行ってみたい場所はあった。
「ローゼ様のお墓に行きたいですわ」
「……っ」
ダンテは言葉を詰まらせた。
ロゼッタの意図が分からず、彼女の目をじっと見つめる。
「子どもが行っても面白い場所じゃないぞ?」
「それでもいいですわ」
「なぜそこに行きたい?」
「ローゼ様のことを知りたいですの。みんなにローゼ様に似てるって言われているのに、わたくしはローゼ様のこと、ちっとも知らないですもの」
ダンテやエルヴィーラ、そして、黒霧の魔女。
彼らの口から名前が出てくるその人物のことをあまりよく知らないけれど、不思議な縁を感じている。
そんなローゼに対して、興味があった。
「……そうか、それじゃあ花を買って行こうな」
ダンテはひょいっとロゼッタを抱き上げた。
これでようやく、ずっと気になっていた人のことが、何かわかるかもしれない。
楽しみである反面、ダンテが彼女のお墓の前で何を想うのか、気になってしまって。
(ダンテはまた、私の顔を見ながらローゼ様のことを考えるのかしら?)
そう思ってしまうと、憂鬱な気持ちになる。
ロゼッタは遠慮がちに、彼の胸に頭を預けた。
ロゼッタは軒を連ねる工房の窓を覗き込んで職人たちの仕事ぶりを観察した。
時おり、中にいる職人たちが彼女に気づいて手を振ってくれる。
「工房は初めて見るのか?」
ダンテの問いかけに、ロゼッタは目を輝かせながら頷いた。
「ええ、孤児院があったところは教会以外は何にもなかったんですもの」
手を振りかえすロゼッタにデレデレとした視線を向ける男を見つけたブルーノが、抱っこして彼女を窓から離した。
「今から職人と話すから、中を見せてもらうといい」
「素敵! 何の工房ですの?」
「秘密だ」
「わかったわ! ポルカーリ工房ですわね!」
「はずれだ」
ポルカーリ工房でないのなら、もう知っている工房は他にはなくて、答えが思いつかなかった。
うんうんと悩んでいる少女の横顔を見てダンテは微笑む。
「美しいものを扱うといった点はポルカーリ工房とにているけどな」
「やっぱりわからないですわ」
そう言って、恨めしげにダンテを見つめ返した。
◇
ロゼッタたちは美しいステンドグラスが特徴的な建物の前にやって来た。
ダンテに続いて中に入ると、弟子らしき女性が気づいて奥へと案内してくれる。
「バルバートの若造め、ようやっと来たか」
奥にはいかにも頑固親父の呼び名が似合いそうな老人がいて、ダンテを見るなり口を開いた。
その隣には、人好きのする柔和な笑顔をたたえた青年がいて、彼は礼儀正しく挨拶してくれた。
「よお、ご隠居。姿を見なかったけど元気そうじゃないか」
ダンテは老人に向かってニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。
「はっ。わしはまだまだ現役だぞ。前はちと腰をいわせてしまっただけでな」
ぐっと胸を張る老人を、青年が慌てて止める。
「安静にするように言われてるんですから大人しくしてください。バルバートさんも、父さんを煽らないでくださいよ」
「悪いな。これが俺たちの挨拶なんだよ」
ダンテが笑ってそう返すと、青年はやれやれと肩を竦めた。
「バルバートの若造が女性に贈る品を注文してきたもんだから、相手の顔を拝んでやろうと思ってな。えらい可愛い嬢ちゃんを連れてきたじゃないか」
「父さんったら、お客様に対してその口の利き方はよしてください」
この老人は王都で有名な魔法宝飾品職人で、名前はチェルソという。青年の方は彼の息子のクレートだ。
ダンテは彼らに頼み込んで、宝飾品の知識を教えてもらった過去がある。
お世話になった彼は、大切な人に贈る品はぜひここで注文しますと約束していたため、チェルソはダンテをからかってやろうと、彼が商品を受け取りにくる日を心待ちにしていたのだ。
「お嬢さんはジルダ殿下の小さかった頃にそっくりだな。俺ぁ、王室に頼まれて王女様の装飾品を作ったこともあったけどよ、それはそれは愛らしいお方でな、」
チェルソはロゼッタをしげしげと眺めるものだから、彼女はたじろいでしまった。
(わたくしって、本当にジルダ殿下に――ローゼ様によく似ているのね)
チラッとダンテの様子を窺ってみると、彼は口元に弧を描いて笑っている。
(ダンテ、笑ってるのに悲しそうだわ)
きっと、彼女の名前が出てきたからだ。
そうわかった途端、モヤモヤとした気持ちが胸の中に渦巻く。
「父さんったら、また昔の話ですか。後で聞いてあげるから仕事の邪魔しないでください」
「くっ! 生意気な口をききおって!」
クレートは、チェルソが文句を言っているのを聞かないふりをして話を進め始めた。ダンテと図面を見ながら何やら話しこんでいる。
ロゼッタは気になって耳をそば立ててみるが、それでも何について話しているのかわからなかった。
「それでは、注文の品をお持ちしますね」
「ああ、よろしく頼むよ」
クレートは小部屋に引っ込むと、ビロード張りの盆に美しい首飾りを載せて戻ってきた。
「ありがとう、希望通りだ」
ダンテはそう言うと、首飾りを手に取る。
首飾りは三日月の意匠が凝らされており、緑色の石がいくつか嵌め込まれている。
三日月のモチーフの下にはしずく型にカットされた石がつけられていて、首飾りを動かすと、それに合わせてゆらゆらと揺れた。
ダンテは首飾りをロゼッタにつけると、じっと彼女を見つめた。
「魔法石……?」
ロゼッタはダンテの瞳と同じ色の美しい石に見惚れる。
キラキラと輝く緑色の魔法石は、向きを変えると様々な色の輝きを放った。
「その魔法石がお前を守ってくれるはずだ。うん、よく似合っている」
褒めてくれるのは嬉しいが、突然の贈り物の意図がわからない。
ロゼッタは急にまごついてしまった。
「わたくしの誕生日ではありませんわ。それに、誕生日がいつなのかもわからないのよ?」
「誕生日じゃなくても贈り物はできるはずだろ?」
彼女の頬を優しく撫でた。
「これはお守りだ。これからずっと、つけていてくれ」
「ずっとは束縛しすぎじゃねぇか? お嬢ちゃんだっていつかはいい人からの贈り物を身につけるだろうし」
老人が面白がって揚げ足を取ってくると、ダンテは恐ろしい顔で彼の方を振り向いた。
「そんなことはさせねぇよ。この子は誰にもやらないからな」
「バルバートさん、目が据わってますよ?!」
「親バカが過ぎると嫌われるぞ」
親バカを拗らせたダンテの、鬼気迫る表情を見た職人親子は、そんな彼を親に持つことになったロゼッタに心から同情した。
「ダンテ、ありがとう。ずっとつけていたいけど、なくしたら嫌ですから大切に保管しますわ」
「保管したらお守りの意味がなくなっちまうじゃねぇか」
そう言われても、ダンテが自分のために誂えてくれたアミュレットは宝箱の中に入れて、大切にたいせつに保管しておきたいと思ってしまう。
不服そうな表情をするロゼッタを見て、クレートはクスクスと笑う。
「バルバート男爵、こんなに大切にしてくれるなら贈り甲斐がありますね」
「だけどよ、これはアミュレットであって飾りもんじゃないぞ?」
「それもそうですね」
クレートはしゃがんでロゼッタに視線を合わせると、アミュレットのデザイン画を彼女の目の前に広げて見せた。
「ロゼッタ嬢、これを見てください」
そう言って指し示されたのは、月の形の絵の隣に書かれている、女神セレンティナの名前。
「王国を守る月の女神様がきっと、ロゼッタ嬢のことを守ってくれますよ。あなたを守ってくれるように、バルバート男爵が願いを込めてこのデザインに決めたんですから」
「そう、なんですね」
ロゼッタはそっとアミュレットに触れた。
ダンテの願いと心がこもった贈り物に触れると、心の中が温かくなる。
「それなら仕方がありませんわね。ずっとつけていますわ」
「そうしてくれ」
ダンテはロゼッタの髪をくしゃりとさせながら頭を撫でる。
そんな2人の様子を、チェルソとクレートはにこにことしながら見守った。
◇
工房を出ると、ダンテはロゼッタの顔を覗き込んだ。
「他に行きたいところはあるか?」
「行きたいところ……」
「人形を見に行ってもいいし、おいしいケーキ屋でもいい。どこでもいいぞ」
許してもらえるのなら、行ってみたい場所はあった。
「ローゼ様のお墓に行きたいですわ」
「……っ」
ダンテは言葉を詰まらせた。
ロゼッタの意図が分からず、彼女の目をじっと見つめる。
「子どもが行っても面白い場所じゃないぞ?」
「それでもいいですわ」
「なぜそこに行きたい?」
「ローゼ様のことを知りたいですの。みんなにローゼ様に似てるって言われているのに、わたくしはローゼ様のこと、ちっとも知らないですもの」
ダンテやエルヴィーラ、そして、黒霧の魔女。
彼らの口から名前が出てくるその人物のことをあまりよく知らないけれど、不思議な縁を感じている。
そんなローゼに対して、興味があった。
「……そうか、それじゃあ花を買って行こうな」
ダンテはひょいっとロゼッタを抱き上げた。
これでようやく、ずっと気になっていた人のことが、何かわかるかもしれない。
楽しみである反面、ダンテが彼女のお墓の前で何を想うのか、気になってしまって。
(ダンテはまた、私の顔を見ながらローゼ様のことを考えるのかしら?)
そう思ってしまうと、憂鬱な気持ちになる。
ロゼッタは遠慮がちに、彼の胸に頭を預けた。