『なっ……なっ……』
「ああ、やはりうまく加減出来ないな、弱すぎる。すまない、次は一撃で当てよう」
「謝って消えるなら今のうちだぞ、壱翁なら本気でやるから」
ごうっと、壱に手のひらに大きな火の玉が浮かぶ。
こんなものが当てられたら、と玉は身を縮こませた。
壱の火球を見た総大将は、やっとという感じで口を開く。
『こ、これで失敬する。御身とその周囲に危害は加えないこと、約束する』
「そうか。玉に何かしたら……貴様の一族すべてを焼くからな」
鋭利(えいり)に煌めく壱の瞳。
『承知しました……』
総大将は妖力を解放した姿から、たぬきの姿に身を転じてよろよろしながら走り去っていった。
玉はあんぐり口を開けていることしか出来ない。
壱がここまで強いとは……知らなかった……。
「それならすぐ退散させられたのにな」
榊が口にした「それ」とはおそらく、壱があやかしとしての力を見せつけていれば、という意味だろう。
火球を消した壱はため息をつく。
「まあ、必要な時間だったのだろう、玉のためにも。――さて、玉?」
人の姿をした壱は、にこっと笑う。
壱にその笑い方をさせることがとてもマズいことを知っている玉は、今日何回目かの息を呑んだ。
「あ、あの、あのだな、壱……」
「勝手に出て行くなって俺に言ったのはお前だよな? それをお前が勝手に出て行くとはどういう了見だ?」
ぴゃーっと、心の中で悲鳴をあげた玉。泣きそうになってきた。
壱は、笑顔なのに怒っているのがよくわかる顔つきで玉を見下ろしている。
壱に叱られることはあったけど、ここまで怒らせたのは初めてかもしれない。
「だ、だって……俺がいたら、壱と舞弥を困らせるだろう? だからひとりで出てきたんだっ」
「誰がどう困る。むしろお前が勝手に家出された方が、寝覚めが悪いどころか寝つけなくなるだろうが」
「でもっ、……でも……」
「うん。何か不安があるなら言ってみろ」
小さな子だぬきの姿になっている玉は、壱の片腕の中でもじもじした。
こんなことを言うのは男として恥ずかしすぎる……だが、少しだけ見上げた壱は、にこにこした顔に「言え」と書いてあった。
玉、逃げられないと悟った。
「……壱と舞弥は恋人じゃないか……」