図書館の中は嵐が吹き荒れた後のように悲惨な状態で、書架は倒れて本があちこちに散らばっている。
おまけに黒い影があちこちに伸びていて、不気味な空間へと変わり果てていた。
「例の本が瘴気を放っていますね。ベルクール先生はこれを羽織っていてください。瘴気や魔法から守ってくれますので」
ニコラ様は自分が着ていた魔術師団のローブをかけてくれた。
ローブはパッと見は重厚感があるけれど、羽織ってみると軽くて動きやすいし、手触りが良い。さすがは国内最高峰の魔術研究機関の制服だ。
「ニコラ様は大丈夫なんですか?」
「私は魔法で防げるので大丈夫です」
申し訳なく思って返そうとすると、ニコラ様は頑なに受け取ってくれなくて。
「ベルクール先生にはセザールのこと、これからも見守っていて欲しいんです。だからどうか危険な目に遭わないようにそのローブを着ていてください」
「……わかりました。ありがとうございます。」
ニコラ様の眼差しには弟への想いが込められていたから、この先なにがあっても絶対にセザールを守って無事に卒業させたいと、改めて思った。
早くノエルやサラたちを見つけ出そう。
彼らの姿を探して歩き進めるうちに、バリバリと空気を切り裂くような音や誰かの怒声が聞こえてくる。
「二階にいるようだな」
「行きましょう!」
階段を駆け上がるとさらにドーンと大きな音が響き、直後にアロイスが叫ぶ声が聞こえる。
セザールやサラの声も聞こえてきて、心臓が痛いほどに早く脈を打つ。
現実のことだと、思いたくなかった。
あまりにもたくさんの情報を一気に見てしまったものだから、頭の整理が追いつかなくて。それなのに魔法が放たれて爆ぜる音が絶え間なく響くせいで、緊張感が増してゆく。
「ノエル!」
ノエルがボロボロになりながらも戦っている。
これまでもノエルが戦っているところは見たことがあったけど、いつもは怪我一つなく終わらせていたのに。
魂喰らいの魔術書はやっぱり、強敵なんだ。
ノエルと師団長は本に攻撃していて、アロイスとセザールがサラを守っている。
本から伸びる黒い手はサラよりもノエルを狙っていて、きっと、この中にいる人の中でノエルが一番強い魔力を持っているから取り込もうとしているのかもしれない。
「レティシア?!」
ノエルはすぐに私たちに気づいた。
「どうしてグーディメル先生が一緒に……それに、知らない男といる……」
蒼白になったノエルがパクパクと口を動かしているけど、なにを言っているのかまではわからなくて、さらに不安になる。
「ファビウス先生、前を見て!」
アロイスの声に気づいたノエルが、迫り来る黒い手に魔法を放って退ける。
「埒が明かないようだな」
グーディメル先生が苦々しく呟く。
「ええ、恐らくですが、あの本は闇の力を持っているから魔力では太刀打ちできないのでしょう。光の力でないと致命傷を与えられません」
ニコラ様の言っていることはゲームでも聞いたことがある。
闇の力は相対する光の力でしか消し去ることはできない。だから私たちはサラに頼るしかないんだけど、彼女はまだコントロールするので精一杯のはず。
サラの様子を窺ってみると、セザールに支えられていて、浅い呼吸を繰り返している。上手く光の力を出せないから、急なストレスで呼吸ができなくなっているみたい。
そっと近づいて、サラの背中に手を当てた。
「リュフィエさん、息を深く吸って、ゆっくり吐いて」
「メガネ先生、ごめん、なさい」
謝罪する声はいまにも消え入りそうで。
震える体を抱きしめると、サラは嗚咽を漏らした。
「本の噂を聞いて、私ならやっつけられると思ったのに全然力が使えなくて、ファビウス先生や師団長に迷惑かけてしまって、」
「大丈夫よ、ファビウス先生は強いから、なんとも思ってないわ」
ゆっくりと背中を撫でるうちに、サラの震えは収まっていった。
「リュフィエさん、落ち着いて、光の力にお願いしてみて。この世界が平和になるように助けてくださいと、お願いしてくれたら光の力は協力してくれるはずだわ。そのために女神様は、あなたにこの力を授けたんだから」
「また失敗したらどうしよう」
「その時はやり直したらいいのよ。先生たちがサポートするから、上手くいくまで失敗してもいいのよ」
サラは服の袖でぐしゃぐしゃと顔を拭くと、立ち上がる。
「やっぱり、失敗したくない。だってこのままファビウス先生が大怪我しちゃったら、メガネ先生が泣いちゃうもん!」
そう言ってへらりと笑ったサラは魂喰らいの魔術書に歩み寄ると、両手を胸の前に組んで、目を閉じた。
「光よ、闇夜を照らす力を私に貸してください。浄化せよ!」
サラの手の内側から光が溢れ出して、黒い手を焼き尽くしてゆく。
綺麗な光だ。
優しくて柔らかくて、触れると温かい。
言い伝え通り神聖な力で、人々の希望でもある救国の光。
そんな力を使うサラは、やっぱりヒロインだ。
できれば普通の学生のように過ごさせてあげたかった。
ゲームで何度も彼女になったから、彼女がこれから受けるであろう試練や苦悩を知っている。だからこそ少しでも辛い思いをしないようにしたかった。
だけどこの世界は残酷にもシナリオ通りにサラに試練を与えてしまう。
きっとこの先も、サラには困難がつきまとうはず。
この世界が選んだ、特別な女の子だから。
「できたっ! 光の力使えたっ! メガネ先生、見てくれてた?!」
サラが勢いよく抱きついてきた。
不意打ちを喰らってよろけそうになると、ノエルが後ろから支えてくれる。
「ばっちり見ていたわ。リュフィエさん、満点よ。ハナマルもつけたいくらい」
「えへへ」
ぐりぐりと頭を押しつけて甘えてくるサラは光使いではなくて年頃の女の子の表情をしていて、こんな無邪気な彼女に降りかかる運命のことを考えると胸が苦しくなる。自分の無力さを呪いたくなる。
それでも無力なりに、彼女や他のキャラクターたちがちゃんと幸せになれるように、この世界に抗っていきたい。
「ところでレティシア、一緒に来たあの男は誰?」
「クララックさんのお兄さんよ」
「どうして一緒にいるんだ?」
「クララックさんを助けに来たのよ」
ノエルは釈然としない顔をするけど、それ以上はなにも聞いてこなかった。
セザールとニコラ様が話しているのを見て一応は信じてくれたみたい。
「セザール、どうしてこんな無茶をしたんだ?」
「私のやるべきことだったからです」
「やるべきこと?」
「ええ、無鉄砲な同級生のおもりとか、その無鉄砲な同級生になにかあったら婚約者が悲しむからついて行った王子殿下の護衛とかです」
そう言って肩を竦めるセザールに、サラがベーっと舌を出してみせた。
「なによ! 素直に心配したって言ってくれたらいいのに!」
「はは、すみませんね。セザールは素直じゃないから、どうか大目に見てやってくれ」
ニコラ様はセザールの肩を叩く。
長らく会っていなかった二人はちっともそんな素振りを見せなくて、ニコラ様に小突かれたり頭を撫でてもらいながら話しているセザールは無邪気に笑っていた。
彼のそんな笑顔を見るのはこれが初めてだ。
和やかな空気の中、グーディメル先生が咳ばらいをすると、辺りはしんと静かになる。
「さて、そろそろ説教の時間だ。言い訳は医務室で聞いてやろう」
「グーディのケチ! ちょっとは休ませてよ!」
「リュフィエには生活態度の指導も必要だな」
「んぎゃぁぁぁぁ!」
鬼の生徒指導グーディメル先生は世界の平和より学園の秩序と品位が第一だ。
サラたちは一息つくことなく、連行されてしまった。
「ノエル、お疲れ様」
「まったく、レティシアが来るもんだから一気に疲れたよ」
「失礼ね。それならこの顔を見せないように退散させてもらうわ」
なによ、こっちは心配していたというのに。
お母さんはあなたをそんな風に育てた覚えはないわよ。
いじけた気持ちで踵を返すと、ノエルが腕を掴んで引き寄せてくる。
「レティシア、早くその黒いローブ、捨てて」
「こ、これは借りものだから捨てられないわよ!」
急になにを言い出すのかと思えば、借りものを捨てろだなんてあんまりだ。
それなのにノエルはちゃっちゃとローブを引き剥がしてきて、ニコラ様に突き出す。
「僕の婚約者に貸してくださって、どうもありがとうございました」
「あ、いえ、お礼を言われるようなことはしていません」
受け取ったニコラ様はノエルの気迫に押されてたじろいでいた。
後日、サラが師団長から聞いた話によると、ニコラ様のローブはノエルが掴んでいたところが焼けてしまって穴が空いていたそうだ。
魔術師団の技術があってもノエルの力は防げないらしい。
ノエルはやっぱり、最強の黒幕(予備軍)だ。
おまけに黒い影があちこちに伸びていて、不気味な空間へと変わり果てていた。
「例の本が瘴気を放っていますね。ベルクール先生はこれを羽織っていてください。瘴気や魔法から守ってくれますので」
ニコラ様は自分が着ていた魔術師団のローブをかけてくれた。
ローブはパッと見は重厚感があるけれど、羽織ってみると軽くて動きやすいし、手触りが良い。さすがは国内最高峰の魔術研究機関の制服だ。
「ニコラ様は大丈夫なんですか?」
「私は魔法で防げるので大丈夫です」
申し訳なく思って返そうとすると、ニコラ様は頑なに受け取ってくれなくて。
「ベルクール先生にはセザールのこと、これからも見守っていて欲しいんです。だからどうか危険な目に遭わないようにそのローブを着ていてください」
「……わかりました。ありがとうございます。」
ニコラ様の眼差しには弟への想いが込められていたから、この先なにがあっても絶対にセザールを守って無事に卒業させたいと、改めて思った。
早くノエルやサラたちを見つけ出そう。
彼らの姿を探して歩き進めるうちに、バリバリと空気を切り裂くような音や誰かの怒声が聞こえてくる。
「二階にいるようだな」
「行きましょう!」
階段を駆け上がるとさらにドーンと大きな音が響き、直後にアロイスが叫ぶ声が聞こえる。
セザールやサラの声も聞こえてきて、心臓が痛いほどに早く脈を打つ。
現実のことだと、思いたくなかった。
あまりにもたくさんの情報を一気に見てしまったものだから、頭の整理が追いつかなくて。それなのに魔法が放たれて爆ぜる音が絶え間なく響くせいで、緊張感が増してゆく。
「ノエル!」
ノエルがボロボロになりながらも戦っている。
これまでもノエルが戦っているところは見たことがあったけど、いつもは怪我一つなく終わらせていたのに。
魂喰らいの魔術書はやっぱり、強敵なんだ。
ノエルと師団長は本に攻撃していて、アロイスとセザールがサラを守っている。
本から伸びる黒い手はサラよりもノエルを狙っていて、きっと、この中にいる人の中でノエルが一番強い魔力を持っているから取り込もうとしているのかもしれない。
「レティシア?!」
ノエルはすぐに私たちに気づいた。
「どうしてグーディメル先生が一緒に……それに、知らない男といる……」
蒼白になったノエルがパクパクと口を動かしているけど、なにを言っているのかまではわからなくて、さらに不安になる。
「ファビウス先生、前を見て!」
アロイスの声に気づいたノエルが、迫り来る黒い手に魔法を放って退ける。
「埒が明かないようだな」
グーディメル先生が苦々しく呟く。
「ええ、恐らくですが、あの本は闇の力を持っているから魔力では太刀打ちできないのでしょう。光の力でないと致命傷を与えられません」
ニコラ様の言っていることはゲームでも聞いたことがある。
闇の力は相対する光の力でしか消し去ることはできない。だから私たちはサラに頼るしかないんだけど、彼女はまだコントロールするので精一杯のはず。
サラの様子を窺ってみると、セザールに支えられていて、浅い呼吸を繰り返している。上手く光の力を出せないから、急なストレスで呼吸ができなくなっているみたい。
そっと近づいて、サラの背中に手を当てた。
「リュフィエさん、息を深く吸って、ゆっくり吐いて」
「メガネ先生、ごめん、なさい」
謝罪する声はいまにも消え入りそうで。
震える体を抱きしめると、サラは嗚咽を漏らした。
「本の噂を聞いて、私ならやっつけられると思ったのに全然力が使えなくて、ファビウス先生や師団長に迷惑かけてしまって、」
「大丈夫よ、ファビウス先生は強いから、なんとも思ってないわ」
ゆっくりと背中を撫でるうちに、サラの震えは収まっていった。
「リュフィエさん、落ち着いて、光の力にお願いしてみて。この世界が平和になるように助けてくださいと、お願いしてくれたら光の力は協力してくれるはずだわ。そのために女神様は、あなたにこの力を授けたんだから」
「また失敗したらどうしよう」
「その時はやり直したらいいのよ。先生たちがサポートするから、上手くいくまで失敗してもいいのよ」
サラは服の袖でぐしゃぐしゃと顔を拭くと、立ち上がる。
「やっぱり、失敗したくない。だってこのままファビウス先生が大怪我しちゃったら、メガネ先生が泣いちゃうもん!」
そう言ってへらりと笑ったサラは魂喰らいの魔術書に歩み寄ると、両手を胸の前に組んで、目を閉じた。
「光よ、闇夜を照らす力を私に貸してください。浄化せよ!」
サラの手の内側から光が溢れ出して、黒い手を焼き尽くしてゆく。
綺麗な光だ。
優しくて柔らかくて、触れると温かい。
言い伝え通り神聖な力で、人々の希望でもある救国の光。
そんな力を使うサラは、やっぱりヒロインだ。
できれば普通の学生のように過ごさせてあげたかった。
ゲームで何度も彼女になったから、彼女がこれから受けるであろう試練や苦悩を知っている。だからこそ少しでも辛い思いをしないようにしたかった。
だけどこの世界は残酷にもシナリオ通りにサラに試練を与えてしまう。
きっとこの先も、サラには困難がつきまとうはず。
この世界が選んだ、特別な女の子だから。
「できたっ! 光の力使えたっ! メガネ先生、見てくれてた?!」
サラが勢いよく抱きついてきた。
不意打ちを喰らってよろけそうになると、ノエルが後ろから支えてくれる。
「ばっちり見ていたわ。リュフィエさん、満点よ。ハナマルもつけたいくらい」
「えへへ」
ぐりぐりと頭を押しつけて甘えてくるサラは光使いではなくて年頃の女の子の表情をしていて、こんな無邪気な彼女に降りかかる運命のことを考えると胸が苦しくなる。自分の無力さを呪いたくなる。
それでも無力なりに、彼女や他のキャラクターたちがちゃんと幸せになれるように、この世界に抗っていきたい。
「ところでレティシア、一緒に来たあの男は誰?」
「クララックさんのお兄さんよ」
「どうして一緒にいるんだ?」
「クララックさんを助けに来たのよ」
ノエルは釈然としない顔をするけど、それ以上はなにも聞いてこなかった。
セザールとニコラ様が話しているのを見て一応は信じてくれたみたい。
「セザール、どうしてこんな無茶をしたんだ?」
「私のやるべきことだったからです」
「やるべきこと?」
「ええ、無鉄砲な同級生のおもりとか、その無鉄砲な同級生になにかあったら婚約者が悲しむからついて行った王子殿下の護衛とかです」
そう言って肩を竦めるセザールに、サラがベーっと舌を出してみせた。
「なによ! 素直に心配したって言ってくれたらいいのに!」
「はは、すみませんね。セザールは素直じゃないから、どうか大目に見てやってくれ」
ニコラ様はセザールの肩を叩く。
長らく会っていなかった二人はちっともそんな素振りを見せなくて、ニコラ様に小突かれたり頭を撫でてもらいながら話しているセザールは無邪気に笑っていた。
彼のそんな笑顔を見るのはこれが初めてだ。
和やかな空気の中、グーディメル先生が咳ばらいをすると、辺りはしんと静かになる。
「さて、そろそろ説教の時間だ。言い訳は医務室で聞いてやろう」
「グーディのケチ! ちょっとは休ませてよ!」
「リュフィエには生活態度の指導も必要だな」
「んぎゃぁぁぁぁ!」
鬼の生徒指導グーディメル先生は世界の平和より学園の秩序と品位が第一だ。
サラたちは一息つくことなく、連行されてしまった。
「ノエル、お疲れ様」
「まったく、レティシアが来るもんだから一気に疲れたよ」
「失礼ね。それならこの顔を見せないように退散させてもらうわ」
なによ、こっちは心配していたというのに。
お母さんはあなたをそんな風に育てた覚えはないわよ。
いじけた気持ちで踵を返すと、ノエルが腕を掴んで引き寄せてくる。
「レティシア、早くその黒いローブ、捨てて」
「こ、これは借りものだから捨てられないわよ!」
急になにを言い出すのかと思えば、借りものを捨てろだなんてあんまりだ。
それなのにノエルはちゃっちゃとローブを引き剥がしてきて、ニコラ様に突き出す。
「僕の婚約者に貸してくださって、どうもありがとうございました」
「あ、いえ、お礼を言われるようなことはしていません」
受け取ったニコラ様はノエルの気迫に押されてたじろいでいた。
後日、サラが師団長から聞いた話によると、ニコラ様のローブはノエルが掴んでいたところが焼けてしまって穴が空いていたそうだ。
魔術師団の技術があってもノエルの力は防げないらしい。
ノエルはやっぱり、最強の黒幕(予備軍)だ。