図書館の周りでは先生たちと黒いローブを羽織った魔術師たちが並び、防御魔法を使って黒い手から校舎を守っている。魔術師の中にはブレーズ様の姿もあった。

 ブドゥー先生の話によると、図書館に黒い手が現れたのはほんの数刻前のことらしい。
 急に辺りが暗くなって窓の外を見てみれば、空を覆うほど大きな黒い手が何本も、図書館から伸び出ていたそうだ。
 それから程なくして魔術師団の一行が現れて防御魔法を展開してくれたから、校舎までは広がってこなかったらしい。

 魔術師たちが察知してから駆けつけたにしては不自然なほど早すぎると思う。
 もしかしたら、師団長があらかじめ待機させていたんじゃないかしら。

「中には誰がいるんですか?」
「ファビウス先生と師団長、あと、リュフィエさんとアロイス殿下とクララックさんです。逃げてきた生徒が言うには、リュフィエさんたちは黒い手が現れたのと同時に飛び込んできたらしくて」

 やっぱり……悪い予感が的中してる……。

 というのも、サラは庭園で話をして以来、光使いとして周りの期待に応えたいと燃えているのよね。
 そんな時にいかにも闇の力がこもってそうな本の噂を聞いたら、そりゃぁ飛び出していってしまうんじゃないかと思っていたところだった。

 でも、アロイスとセザールが一緒について行ったのはどうしてだろう?
 アロイスは王子として見過ごせなかったのかな。

 それじゃあ、セザールは?

 ゲームのシナリオから外れてきているから、彼の意図がわからないわ。

「三人の元に行きます」

 メインキャラクターだからって必ず無事とは限らない。だってウィザラバは、残酷なバッドエンドがあるゲームだもの。

「ダメです! 中は危険なんですから!」
「その危険な場所に生徒たちがいるのに放っておけませんよ!」

 ブドゥー先生は心配してくれているけど、ここで立ち止まるわけにはいかない。私みたいなただのモブにできることなんて限られているけど、サラたちやノエルが無事に戻ってこれるように少しでも力になりたい。

 なんとかして、中に入らないといけないわ。

 だけどブドゥー先生が通せんぼしていて、進ませてくれそうにない。睨み合いのようになっていると、不意に背後から肩を掴まれた。

「セザールが、中にいるんですか?!」

 振り向くと、若い男性の魔術師が立っている。知らない人だけど、どこかセザールに似ている顔立ちで。

「あなたは――クララックさんですか?」
「元、ですね。今は師団長の家に迎えてもらってルーセルを名乗っています」

 そうだったんだ……。
 ゲームでは出てこなかったから知らなかったけど、実の親に勘当されてから師団長の息子になるだなんて、メインキャラ並みの急展開ね。

「あの、さきほど話していたことは本当ですか?」

 セザールのお兄様、ニコラ様は先ほどブドゥー先生が言っていたことを聞きつけて来たようだ。

「ええ、クララックさんは図書館の中にいるようなんです。だから私は、助けに行きたいんですけど……」

 チラっと様子を窺うと、ブドゥー先生は眉根を寄せて「ダメです!」と言ってくる。

「生徒の命が優先です! あの子たちになにかあってはいけません!」
「中にはファビウス先生と師団長がいるんですから、二人に任せましょう!」
「あの、私も一緒に行きます。セザールがご迷惑をおかけしているんで、兄として責任もって迎えに行きたいんです」
「魔術師様もダメです! あの黒い手からはすごく嫌な気配がするんですよ。危ないとわかっていて通すわけにはいきません!」

 ブドゥー先生は誰も図書館に近づけさせるつもりがなさそうだ。
 心配してくれているブドゥー先生には悪いけど、私だって生徒たちが心配で、不安でしかたがない。

 こうなったら突破するしかないわね。
 
 隙をついて飛び込もうとしたその時、グーディメル先生が騒ぎを聞きつけて現れてしまった。

 まずいわ。
 先生も反対するはずだから、なんとか抜け出さないと。

 ブドゥー先生が事情を説明している内にと思って足音を忍ばせて下がっていると、グーディメル先生が大きく咳払いして制してきた。
 ギロリと睨んでくる緑色の瞳と目が合えばいつも、逃げられなくなる。私が学生の頃からグーディメル先生はオリア魔法学園にいるんだけど、当時からやたら厳しくて、苦手な先生だ。

「私も行こう」
「えっ?!」

 グーディメル先生は、反対すると思っていた。

 ついでに言えば、反対されるだろうから今から動きを封じてやろうと思っていたのに、自分もついて行くとまで言うもんだから、拍子抜けしてしまう。

「ベルクール先生、その手の動きはなんですか?」
「べべべ別に、意味なんてありませんよ?」

 足を凍らせてやろうとか、土に穴をあけて落とそうだとか、思ったりしていませんからね。

 努めて人畜無害な顔をして見せたけど、先生の眼力は緩んでくれなかった。

 こうして、私はグーディメル先生とニコラ様と一緒に図書館の中に入ることにした。