面談を終えて準備室で一息ついていると、ノエルがやって来た。
 入ってくるなりセザールの進路のことを聞いてきたから、先ほどまでの彼との話を伝えた。

「そうか、クララックの悩みが解決できて良かったよ」

 ノエルはホッとした表情になってティーカップに口をつける。
 もしかしたら進路希望調査書のことを話す前からセザールのことを気にかけてくれていたのかもしれない。ゲームの中のノエルはセザールの弱点を見つけてつけ込んでいたけど、目の前にいるノエルはセザールのことを心配して、解決したら喜んでくれている。これは本当に大きな変化だと思う。

 きっとセザールのイベントは起こらないだろう。
 回避できてよかった。

 達成感に似た気持ちが胸を満たして、鼻歌交じりに月刊『魔術師の薬箱』を開く。視線を感じて顔を上げるとノエルと目が合った。

「どうしたの?」
「別に。嬉しそうだから見ていただけ」
「ふふふ、いまの私は幸せいっぱいだからノエルに分けてあげたいくらい」
「っそれは、あり、が、とう」

 なぜかたどたどしくお礼を言ってくれる。コホンと咳払いしてからいつも通りのノエルに戻ったけど。

「ねえ、ノエルは進路を決める時、どうだった?」

 ちょうど進路の話題を話していたし、ノエルの過去を知りたいし、それとなく聞いてみた。じつは学生時代のノエルのこともずっと気になっていたのよね。

「僕の場合は、」

 そうノエルが話しかけた時、ノックする音が聞こえた。扉を開けてみると、浮かない顔をしたイザベルが立っている。
 久しぶりにここに来てくれたけど、どうやら遊びに来たわけではなく深刻な話がありそうだ。

 なんだか、嫌な予感がした。

「セラフィーヌさん、どうしたの?」
「先生にお話したいことがありますの」

 声にも元気がなくて、思い詰めているようにも言える。ゆっくりと話してもらうためにも、ひとまず中の椅子に座ってもらった。
 ちょうどノエルが紅茶を淹れてくれて、席に着いたイザベルにティーカップを手渡した。イザベルは両手でティーカップを包み込んで、深呼吸する。

「先生、魂喰らいの魔術書を、ご存知でして?」
「ああ、最近やたら耳にする噂だね」
「”魂喰らいの魔術書”? なにそれ?」

 ノエルは知っているみたいだけど、私はまったく聞いたことがなかった。
 いかにも魔法世界にありそうな恐ろしい本の名前だけど、そんなものがこの学園にあるの?

「読むと魂を引き込まれる本と噂されていますの。ただの噂だと思っていたんですけど、最近は妙な事ばかり起こっていますから、不安で……」

 そういえば近ごろ、貧血で倒れる生徒が多いと医務室のドーファン先生が言っていた気がする。それに、急に喧嘩を始める生徒が増えたとグーディメル先生が怒っていたっけ。

 もしそれらが全て本のせいだったら……考えるだけでも恐ろしい。

「魂喰らいの魔術書は黒い本で、古代リベル語が書かれているという噂ですの。鍵付きで簡単には読めないようになっていて、鍵穴に魔力を注ぎ込んで認められた者だけが読めると言われているから、力試しで探している生徒もいるらしいですわ」
「古代リベル語はシーアに昔あった王国の言語だね。シーアが関わっていそうで物騒だな」
「シーアが? どうやってここに本を?」
「本を目的の場所に飛ばすくらいの魔術なら朝飯前だろう」
「そんな……この学園には結界があるはずなのに」

 シーアが絡んだ危険な本。そう聞いて思い当たるものがある。もしかして、ゲームでセザールが手を出した闇魔法の本かも。
 あの本はサラの光魔法じゃないと対抗できないほど強い魔力を持っているし、なにより、読んでいるうちに本の中に飲み込まれてしまうかもしれないから生徒たちが危ない。

 セザールが手にすることなく済んで安心していたけど、本の脅威があるのには変わりなかっただなんて。
 改めて、この世界はシナリオの支配を受けていると思い知らされた。

 それなら、これ以上の被害が出る前に防がないといけないわ。

「校内の本を調べる必要があるわね」
「それなら僕が調べておくよ。幸いにも来週末には客人としてここに滞在するからね。時間はたっぷりある」
「ダメよ。休むための滞在でしょう?」

 この社畜黒幕は目を離したらすぐに働こうとするから困る。
 ジロッと睨んだところで効果はなくて。

「婚約者は年中無休だ。レティシアが無茶をする前に対処しておくよ」
「まあっ、素敵! ベルクール先生への愛を感じますわ!」

 思い立ったかのようにむずむずしてしまうキザな台詞を吐かれたものだから顔が熱くなった。一方で年頃の女の子であるイザベルはこのキザな台詞に恋愛小説を彷彿とさせたようで、すっかりはしゃいでいる。

 イザベル、お願いだからこのことは誰にも言わないでね。婚約した時みたいにみんなに追及されたら恥ずかしすぎて蒸発するから。