さてさて、ノエルの休日も気になるけど、いまはセザールの進路問題が優先事項だ。
 白紙のままでは彼の気持ちがわからないから、なにか手がかりを見つけて面談に臨みたいところ。

 朝のホームルームが終わって生徒たちが移動教室の準備をしているところ、セザールに声をかけた。

「クララックさん、進路のことで話がしたいから放課後は教室に残ってね」
「……わかりました」

 セザールは珍しく、バツが悪そうな顔をしている。
 鬼畜メガネの彼らしくない。きっとそれほどまでに、進路のことで悩んでいるみたいね。

 すると、その様子を見ていたらしいドナが、手を叩いて笑い出した。

「優等生のクララック様がお呼び出しか! なにをやらかしたんだ?」

 日ごろセザールにコケにされている腹いせなのか、ニヤニヤとしながら煽っている。
 
「バルテさん、あなたにも話しておきたいことがありますからね。二人とも放課後は残るように」
「はぁ? なんでだよ?!」
「思い当たることが、あるでしょう?(圧)」

 昨日書いたことを今日にはもう忘れてしまっているらしいドナくんは、怒ったところでどこ吹く風といった顔で、こめかみに指をあてて考え込んでいる、フリをしている。

 その様子じゃあ、これっぽっちも覚えていないでしょうね。

「あなたも進路のことで話がありますからね。このクラスから世界を滅ぼす魔王を生み出すわけにはいきませんもの」
「あー! あれね!」

 冗談で言ったつもりはなかったんだけど、生徒たちがドッと笑い始める。
 自分のことで笑いがとれて気を良くしたのか、お調子者のドナは声高に魔王になる意気込みを述べ始めた。

「呆れた。まさか本当に書いていたとは」

 セザールが溜息をつくのが聞こえた。
 真剣に悩んでいる君にとっては信じられないようなことよね。

 文字通り呆れかえっているセザールだけど、奔放なドナが得意げに話し始めるのを、羨ましそうに見ていた。

   ◇

 放課後に公開授業のことで急な打ち合わせが入り、教室を離れた。
 セザールとドナには待っておくように言い残してきたから、打ち合わせが終わって急いで向かうと、二人は廊下に出て待っていた。そこにはオルソンも一緒にいて、ドナと冗談を飛ばし合っている。

 この三人、仲良しだったのか。

 鬼畜メガネと敵国のスパイと奔放な問題児。
 頭か胃が痛くなるようなメンバーだな。私が学生なら間違いなく絡まれたくないメンツだ。

「遅くなってごめんなさい。じゃあ、バルテさんから始めましょうか」
「ちぇ~っ、さっさと終わらせてくれよ。部活があるんだしさ」

 ドナは口を尖らせてブツブツと文句を溢し始めた。
 誰のせいでこのお説教時間ができたと思っているんだい?

 そう言ってやりたいところだが、言い返せばドナの思う壺だろう。延々と話が長くなりそうだから、この挑発に乗ってはいけない。
 
「はいはい、それならサクッと終わらせましょ」
「え~! 俺もレティせんせに面談された~い!」

 なにを思ったのか、オルソンが馴れなれしく肩に腕を回して絡んでくる。

 おだまり、スパイ王子。
 注意したのにまたもや名前で呼んでくるなんて、すっかり舐められてしまったもんだ。

 その生活態度、ビシバシと指導してやるからな。心しておけよ。

「ドルイユさん、何度も言っているけど、先生や目上の人に対して話すときは口調を正しなさい」
「えー? 俺はレティせんせのこと特別に思ってるから名前で呼びたいんだけどなぁ」
「ははは! ファビウスのライバルになるじゃん!」

 オルソンの冗談にケタケタと笑っていたドナが、ピタリと笑うのを止めた。まるでメデューサに睨まれたかのように、口を開けたまま固まってしまっている。彼の視線は私の背後に注がれていて。

 一体なにを見ているのかしら、と振り返って確認しようとしたところ、禍々しい気配を背後に感じ取って、体が反射的に飛び上がった。

「ドルイユ、僕の婚約者になにをしているのかな?」
「ノ、エル?」

 ノエルの低く穏やかな声がしたかと思うと、廊下の空気が氷点下まで急激に下がっていった。