◇
人間の友だちができた。
長い間生きてきて、初めてのことだ。なんせ、これまでは人間たちにとって私は畏怖の対象であったから、友人として対等に話そうとしてくれる者はいなかった。
だから、レティシアに会いに行くときは恋をしたとき以上に、ワクワクしてしまう。
今日はレティシアとなにを話そうかなんて考えているといつの間にか失恋のことを忘れてしまっていたわ。
けれど問題なのは、湖からオリア魔法学園までの道のりがなんと遠いこと。人間らしく乗合馬車で行ってみたけど、妖精の通り道を使ってもいいかもしれない。
軽い気持ちで妖精の通り道を使ってレティシアがいる準備室に行ってみると、部屋には妖精たちがいるだけ。
「あれ? レティシアはどこにいるの?」
『レティシアいない~』
『ノエルと実家にいるの~』
「ええ~っ?! そんなの聞いてな~い!」
学園が休みになるということは聞いていたけど、レティシアがいないなんて教えてくれなかったわ。
落ち込んでいると妖精たちが数人で手紙を持ってくる。レティシアが書いてくれた手紙らしい。
生徒たちの将来のために領地の薬師たちに会わせること、数日は不在になることが書かれていた。
私が来るかもしれないと思って書いてくれた気持ちは嬉しいけど、休みだからいつもよりもうんと喋れると期待して来ていただけに、気持ちは沈んでしまう。
「ちぇ~、せっかくだし学園の中を探検してから王都に行ってイイ男でも見つけようかしら」
ただそれだけのことだった。
もとより人間たちが作った”学園”というものには興味があったし、あり余る時間を潰すために準備室を出た。
◇
オリア魔法学園の敷地は広くて、街を歩いているような気分になってしまう。その上、王族や貴族の子息が多いためか、庭は王宮のように美しく手入れされている。
歩いていると気のよい庭師たちが声をかけてくれて、摘んだばかりの花を分けてくれた。その香りを楽しみながら奥まった場所にある庭園を散策していると、独特な魔力の気配を感じた。
「ノエルの魔力だわ」
生きとし生けるものが強く惹かれてしまう力、月の力を感じるのよね。魔術を使ったのか、魔力の中には別の力も加わっている。
「なにをしたのかしら?」
気の向くままに魔力を感じる方へ足を運ぶと、大輪の花が咲く生垣の下に人が倒れていた。近づいてみると顔がよく見えた。
レティシアたちと初めて会った時に一緒にいた男のようだ。燃えるような赤褐色の髪が印象的だったから覚えている。
月の力の気配はこの男から感じ取れる。それってきっと、ノエルの魔術を受けたってことよね?
仲間なのにどうして魔術をかけたのか、想像もつかないけど、喧嘩でもしたのかしら?
「ちょっと、しっかりしなさいよ。こんなところで寝てると風邪ひくわよ」
「ううっ……」
声をかけても呻くだけで目を覚まさない。どうやら眠らされているみたいで、彼の意識を遠くに感じる。この状態だと、かけられた魔術が消えるのを待つしかないわね。
「しかたがないわね。暇だからつき合ってあげるわ」
そう、ただの暇つぶしだ。
だってこの人、見るからに私の好みではないもの。
前に見かけたときは人好きのする笑顔を浮かべていたけど、どこか胡散臭いし陰湿そうな奴だなと思っていたし、ノエルと同じで隙がなさそう。なにより、こいつは騎士じゃない。力仕事を知らない文官らしい、ひょろっこい体つきをしているから。
「だから、レティシアがいない間は話し相手になってよね」
彼の顔にかかる髪を払ってあげると、魘されて眉根を寄せている彼の表情は明らかに弱っているように見えて。
「なんだ、あんたもそんな顔するのね」
なぜかその表情に見入ってしまった。
人間の友だちができた。
長い間生きてきて、初めてのことだ。なんせ、これまでは人間たちにとって私は畏怖の対象であったから、友人として対等に話そうとしてくれる者はいなかった。
だから、レティシアに会いに行くときは恋をしたとき以上に、ワクワクしてしまう。
今日はレティシアとなにを話そうかなんて考えているといつの間にか失恋のことを忘れてしまっていたわ。
けれど問題なのは、湖からオリア魔法学園までの道のりがなんと遠いこと。人間らしく乗合馬車で行ってみたけど、妖精の通り道を使ってもいいかもしれない。
軽い気持ちで妖精の通り道を使ってレティシアがいる準備室に行ってみると、部屋には妖精たちがいるだけ。
「あれ? レティシアはどこにいるの?」
『レティシアいない~』
『ノエルと実家にいるの~』
「ええ~っ?! そんなの聞いてな~い!」
学園が休みになるということは聞いていたけど、レティシアがいないなんて教えてくれなかったわ。
落ち込んでいると妖精たちが数人で手紙を持ってくる。レティシアが書いてくれた手紙らしい。
生徒たちの将来のために領地の薬師たちに会わせること、数日は不在になることが書かれていた。
私が来るかもしれないと思って書いてくれた気持ちは嬉しいけど、休みだからいつもよりもうんと喋れると期待して来ていただけに、気持ちは沈んでしまう。
「ちぇ~、せっかくだし学園の中を探検してから王都に行ってイイ男でも見つけようかしら」
ただそれだけのことだった。
もとより人間たちが作った”学園”というものには興味があったし、あり余る時間を潰すために準備室を出た。
◇
オリア魔法学園の敷地は広くて、街を歩いているような気分になってしまう。その上、王族や貴族の子息が多いためか、庭は王宮のように美しく手入れされている。
歩いていると気のよい庭師たちが声をかけてくれて、摘んだばかりの花を分けてくれた。その香りを楽しみながら奥まった場所にある庭園を散策していると、独特な魔力の気配を感じた。
「ノエルの魔力だわ」
生きとし生けるものが強く惹かれてしまう力、月の力を感じるのよね。魔術を使ったのか、魔力の中には別の力も加わっている。
「なにをしたのかしら?」
気の向くままに魔力を感じる方へ足を運ぶと、大輪の花が咲く生垣の下に人が倒れていた。近づいてみると顔がよく見えた。
レティシアたちと初めて会った時に一緒にいた男のようだ。燃えるような赤褐色の髪が印象的だったから覚えている。
月の力の気配はこの男から感じ取れる。それってきっと、ノエルの魔術を受けたってことよね?
仲間なのにどうして魔術をかけたのか、想像もつかないけど、喧嘩でもしたのかしら?
「ちょっと、しっかりしなさいよ。こんなところで寝てると風邪ひくわよ」
「ううっ……」
声をかけても呻くだけで目を覚まさない。どうやら眠らされているみたいで、彼の意識を遠くに感じる。この状態だと、かけられた魔術が消えるのを待つしかないわね。
「しかたがないわね。暇だからつき合ってあげるわ」
そう、ただの暇つぶしだ。
だってこの人、見るからに私の好みではないもの。
前に見かけたときは人好きのする笑顔を浮かべていたけど、どこか胡散臭いし陰湿そうな奴だなと思っていたし、ノエルと同じで隙がなさそう。なにより、こいつは騎士じゃない。力仕事を知らない文官らしい、ひょろっこい体つきをしているから。
「だから、レティシアがいない間は話し相手になってよね」
彼の顔にかかる髪を払ってあげると、魘されて眉根を寄せている彼の表情は明らかに弱っているように見えて。
「なんだ、あんたもそんな顔するのね」
なぜかその表情に見入ってしまった。