お父様は生徒を迎えるのに乗り気で、すぐに返事をくれた。

 薬師たちも若い世代に興味を持ってもらえるのは嬉しいらしく、二つ返事で応じてくれたという。そこで夏季休暇を利用して、薬師になりたい生徒たちを連れて行って職業体験をさせることにしたんだけど、悲しいことに、薬師は地味な職業であるため希望生徒はディディエだけで。

 予想してはいたけど、こんなにも極端だと泣けてくる。
 名門と言われるオリア魔法学園の生徒たちの大半は騎士とか魔術師を目指すのよね。

 落ち込んでいるとフレデリクが、自分も気になるからと手を挙げてくれた。するとアロイスやイザベルも、将来のために薬師の仕事を見ておきたいと言って参加してくれることになった。あと、イザベルが行くなら私も、とサラも名乗り出る。

 理由はどうであれ、興味を持ってもらえて薬師たちは喜んでくれるはずだわ。全力で可愛がってくれる気がする。

 連れて行く生徒たちが決まってひと安心だ。
 あともう一人、お父様からぜひ連れてくるようにと言われた人物がいる。

 それが――。

「ノエル、お父様がぜひ来てくれと言っているんだけど、予定空いてる?」
「ああ、もう空けておいた」

 準備室にやって来たノエルは事もなげに返してくる。
 お父様から私に連絡が来る前に知っていたような素振りなんだけど。もう空けておいたって、もうすでにお父様とこの件について話していたってことよね?

 なんてこった。
 お父様と黒幕(予備軍)の根回しがすでに済んでいるんですけど。

 実家にまで見張りが増えていそうで身が震えた。

   ◇

 それから期末試験を越えて夏季休暇に突入した。

 大半の生徒がすでに帰省してしまった学園は静かで、そんな中、グリフォンの馬車が車輪の音を賑やかに立てて着地する。

 私はノエルとフレデリクとディディエと一緒に馬車に乗り込む。
 実家の領地を目指して出発すると、馬車はしばらく地面を走ってから大空へと飛び立った。

 夏雲の合間を通り抜けていく景色は見ていて楽しい。窓から入り込んでくる涼しい風に当たりながらフレデリクと話していると、不意にディディエの頭ががくんと下がる。

「寝ているわね」
「ええ、このところ睡眠不足みたいなんです。夜中に魘されていることも増えてきました」

 フレデリクは夜中にディディエが苦しそうに呻いているのを何度も見かけたのだという。

「悪い夢を見るって言っていたわ。領地に着いたら気持ちを落ち着かせる薬草で紅茶を淹れてあげましょう」

 お屋敷に着いたらソフィーに言おう。きっとすぐに用意してくれるわ。

 見守っていると、ぐったりと背もたれに体を預けて眠っているディディエの眉が微かに動く。

「ごめんなさい。僕のせいで」

 か細い声で、寝言が口から零れ出る。

「みんなを傷つけるつもりはないんです。本当です。誰も傷つけたくないんです。だけど、どんなに頑張っても魔力が扱いきれなくて、」 

 うっすらと汗をかき始めたディディエは苦しそうで、フレデリクが肩を叩くけど起きる気配がない。
 どんな夢を見ているのかはわからないけど、彼の言葉から察すると、魔力の暴走への不安が起因しているようだ。

「本当なんです。もう誰も傷つけたくないんです」

 震えるディディエの手を握る。
 夏だというのに手は冷たい。

「わかっているわ。魔力の調整ができるように、先生と一緒に頑張っていきましょう?」

 ディディエの震えがピタリと止まる。ゆっくりと瞼が持ち上がり、寝ぼけ眼で見上げると、私たちに見守られているのに気づいたらしく、頬を赤くして慌てて座りなおした。

 恥ずかしそうに下を向くディディエの頭の上に、ノエルが手を置く。

「モーリア、悪夢に効くおまじないをしよう」
「え?! ノエルっておまじないを信じてるの?!」

 ノエルの口からおまじないという言葉を聞ける日が来るとは思わなかった。おまじないみたいな不確かなものは信じないと思っていたのに。

「魔術省の仕事柄、教えてもらうことが多いんだよ。おまじないの中には理にかなったものもある。例えば何者かが意識に介入しようとしているなら、魔力の干渉を断ち切るものとかね」

 ノエルが呪文を唱えると、ピリと音がして、ノエルの手とディディエの頭の間に閃光が走った。