引き続きウンディーネの恋バナを聞いていると、扉を叩く音が聞こえてきた。

「どうぞ」

 返事をすると扉が開き、フレデリクが入ってくる。
 ここに来たのはどうやら、明るい話をしに来たわけではないようだ。仏頂面なのは変わらないけど、いつもより元気がなく、どこか不安そうだもの。

 家族のことでなにかまたあったのかしら?

「いらっしゃい、どうしたの?」
「モーリアのことで、お話があるんです」

 なるほど、ディディエのことを心配してくれているのね。
 世話焼きなフレデリクは同級生たちをいつも気にかけてくれているんだけど、とりわけディディエのことは放っておけないようで、なにかとそばにいようとしているから、だからこそ、彼の変化に気づいたんだわ。

 もしかしたら、と期待してしまう。
 フレデリクが動いてくれたら、ディディエの暴走は阻止できるんじゃないか、と。

 だって、ゲームのディディエは孤独と不安に負けて魔力を制御できなくなっていたんですもの。
 仲間がいれば止められるのかもしれない。

「わかったわ。空いてる席に座って話を聞かせてくれるかしら?」
 
 ひとまず彼の話を聞くのが先だ。
 椅子に座るように促して、紅茶を淹れてあげた。

「モーリアさんに、なにかあったの?」
「実は、最近塞ぎこみがちで、話しかけても上の空なんです」
「それは心配ね。私からもそれとなく話しかけてみるわ」
「ありがとうございます。俺が尋ねてみても、あいつは話してくれないんです。きっと、俺には言えないことなんですよ」

 フレデリクの表情は曇っている。
 ディディエのことを大切に想ってるからこそ、話してもらえないとやきもきしてしまうわよね。

「気にかけてくれてありがとう。モーリアさんはまだ話すには心の準備ができていないだけかもしれないわ。だからジラルデさんはこれからも見守ってあげて。いつでも話を聞いてあげられるように、ね?」
「もちろんです。あいつには笑っていて欲しいので」

 女子生徒が聞いたら惚れそうなことを言ってくれるわね。
 それに、眉間の皺を解いて柔らかな表情で話すフレデリクは、さすがは攻略対象と言わせしめるくらい破壊力がある。

 ギャップだわ。
 普段は強面のヤンキーがもふもふの生き物を見て微笑んでいたら萌えるあれと一緒よ。
 一人で納得していると、フレデリクは立ち上がった。いまから剣術部の練習が始まるそうで、その前にどうしても相談したくて立ち寄ってくれたらしい。

「やっぱりメガネに話して正解でした。メガネなら俺たちの話を真剣に聞いてくれるってわかっていましたから」
 
 そう言い残して準備室を出て行った。

 フレデリクの言葉がじぃんと胸に染み渡る。生徒から頼りにされるのはもちろん、信じてくれているのが嬉して、やりがいを感じて密かに喜びを噛みしめた。

 と、教師としての醍醐味を味わっていたところ、ウンディーネが小突いてくる。

「彼、騎士になりそうな顔をしているわね」 
「ええ、騎士を志望している子よ」
「ふぅ~ん、いい顔してるわね」
「生徒に手を出したら許さないわよ」
「出さないわよ。堅物そうだからタイプじゃないわ」
「……」

 うちの生徒をなんて目で見てくれているんだこの精霊は。
 しっかり者のフレデリクの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたくなった。 

    ◇

 翌日、ディディエは学校を休んでいた。体調不良らしい。
 昨日フレデリクが言っていたことも気になるし、受け持ちの授業まで時間があるから、朝礼後にお見舞いに行くことにした。

 寮母さんに言って通してもらうと、ディディエはベッドで本を読んでいた。私の顔を見るなり、おどおどとした表情になる。

 彼をこれ以上不安にさせないように、努めて明るい声で話しかけることにした。

「モーリアさん、体調はどう?」
「少し、気分が悪くて。あ、あの、最近、悪い夢を見るんです。それであまりよく眠れなくて」
「悪い夢を……もしかして、なにか不安なことがあるのかしら? 夢は心に作用されるようですし」

 すると、ディディエの視線がすっと下がってゆく。

「不安なことは、たしかにあります」

 掌をギュッと握りしめて震える姿は痛々しい。
 夢の中で見たディディエと同じように、握りしめた手の色が変わっている。

「もしまた以前みたいに魔力が暴走したらどうしようって、もしまた誰かを傷つけてしまったら、僕はなにもかも諦めないといけないんじゃないかと思ってしまうんです」
「そんなことないわ。あなたはいま、自分の魔力を扱えるように勉強しているところだもの。前より上手く調整できるようになっているはずよ」
「そうだといいんですけど」

 ディディエはまだ下を向いている。まるで目を合わせるのを恐れているかのようで。
 どうかゲームの中のディディエのように、他人との間に壁を作ってしまわないで、と思っても伝えることができないのがもどかしい。

 彼の気持ちを前向きにできるきっかけがあったらいいんだけど。

「できる限り力になるから、なんでも相談してね」

 師団長がサラに教えに来る日にでも捕まえて魔術のコントロールについて聞いてみようかしら。
 思いつく限りの対策を考えていると、ディディエはおずおずと顔を上げた。

「え、えっと、お願いが、あるんです」
「あら、なにかしら?」
「先生の実家に連れて行っていただけませんか?」
「私の実家? どうして?」
「ベルクール領は優秀な薬師がたくさんいるって、魔法応用学の授業でファビウス先生が言っていたんです。薬師の仕事について知りたいので、自分の目で見に行きたいんです」

 どうしてノエルが授業中に私の実家の話をするのよ?
 薬師は魔法応用学に関係ないぞ?

 心の中でノエルに抗議してみる。どうりで昨日、生徒たちがやたらニヤついて「こんどはいつファビウス先生と里帰りするんですか?」って訊いて来たわけだわ。

 後で本人に問い質そう。

 ノエルのことは置いておいて、ディディエも進路のことで悩んでいるのね。確かに学園の中にいるだけでは実際の仕事のことなんてわからないだろうし、そういう機会を作るのも教師の役目よね。

 うん、お父様に持ちかけてみよう。

「わかったわ。休みに時間を貰えるよう実家に聞いてみるわね」

 ディディエはホッとした表情になって、目を合わせてくれた。
 このままなにごとも起こらずに彼が将来の夢に近づけたらいいんだけど。
 
 そうとなれば先手必勝だ。

 イベントが起こるより先にディディエの不安を解消するべく、寮を出るとすぐに準備室に戻って、お父様への手紙を書いた。