平日にもかかわらず、院内は大変な賑わいを見せていた。
 ゲストとして呼んだ奏者の出番は、もう終わってしまっている。
 エントランス、そして中庭は、今はただ、穏やかな時間に包まれていた。
 中庭で腰を降ろして食事を摂ったり、桜を眺めてうっとり和んだり、帰り支度に動いたりしている。

 ピアノの周りには、今は誰もいない。
 私はそっと、蓋の閉まったグランドピアノへと歩み寄った。

 優しくそっと撫でるようにして触れてから、蓋を開け、腰を降ろす。
 大きく、何度か深呼吸を重ねてから、鍵盤に指を添えた。
 触ったことの無い、年季の入った感触に聊か戸惑いつつも、第一音目、完璧な掴みを得た。
 大丈夫。弾ける。

 そう、確信した刹那――意識が半分、夢の中へと引っ張られた。