命を分けた双子の、もう一人。
二人で創り上げている意識の世界。
現実世界でも、身体症状なく読めるようになって来ていた楽譜。
諸々のことを話して聞かせるには、下校の時間は短すぎる。
いつもよりゆっくりと歩きながら、私は佳乃と道を行く。佳乃は静かに、時に茶々や相槌を入れながらも、とても真面目な様子で聞いてくれた。
「随分とまぁ、まだ高校生だっていうのに色々抱えちゃってたものだよね、ほんと。よく笑ってられるよ、あんた」
「我ながらね。ほんと、新年と言うか新年齢を迎えてからこっち、色々と起こり過ぎだって話だよ」
「でも結果、案外楽しそうにしてるじゃん? 充実してるって感じ」
佳乃が笑いながら言う。
佳乃には、今の私がそう見えてるんだ。
「……うん、そうかも。多分、目標が出来たからだと思う」
「目的もなく生きて来た人間が、ようやく生きる意味を見つけた、みたいな? ドラマとか映画みたいな展開だ」
「そんなに劇的じゃないよ。あと、別にそこまでもぬけじゃないから。いい大学行きたいとか、作家になりたいとか、私だって色々夢くらいは持ってるんだから」
「へぇ、あんた作家になりたいんだ」
「え? あ、あー……」
口にしてしまったからには、私はすぐに観念して頷いた。
「現実逃避、なのかな。ピアノと離れてからは、小説とか創作の世界が大好きになったの。で、次第に私もそういう素敵なものを生み出せたらな、って」
「あー、確かに陽和、出会った頃なんか特に本の虫だったわ。放課後一緒に遊んでる時も、たまに一人で本を読み耽ってた」
「それはほんとにごめんなさい」
「あはは、いいっていいって! 別にそれが退屈だとか、嫌だとか思ったこともないからさ。でも、今思えば、二人で何か一緒のことして遊んでる時より、本を読んでる時は、ちょっと寂しそうだった。ううん、虚しそう、かな」
「あー……うん、じゃあやっぱり逃避だ。ごめんね、無駄な心労かけて」
「べっつにー。今こうして笑ってるなら、それでいいんじゃん?」
佳乃はあっけらかんとして言うけれど、その何でもなさそうな一言に、心はいくらも救われる。
「でもなんか、そういうのいいね」
「そういうのって?」
「不思議の国のアリス、みたいな感じじゃん、まさに。ずるいなーって」
「そんなこと言われてもなぁ。自分でもよく分からないことなんだから」
「まあ、それもそっか」
それにしてもずるい、行ってみたい、と佳乃は楽しそうに話す。
「ねぇ。陽向くんってかっこいいの?」
「え、何、急に」
「いやさ、男女の双子って珍しいでしょ? どれくらい似てるものなのかなって思ってさ。陽和、目鼻立ちはっきりしてるし、かなり美人さんじゃん? それなら、陽向くんだってかっこいいのかなって」
「そういうこと素で言ってくるの、ほんとやめて。恥ずかしいから。あと、陽向には別にそんなこと考えたこともないよ」
「え、何で? 最初から双子だって分かってたわけじゃないんでしょ?」
「そうだけど……何でだろ。説明しろって言われたら出来ないな。本能で分かってたりしたのかも」
私は首を傾げて考える。
釣られたように佳乃も首を傾けて、なんじゃそりゃと笑う。
「謎の安心感があったからかな、最初から。あの空間にも、声にも。何より、ピアノのことがあったからかも。陽向のことより、最初はピアノに触れられるってことの方が幸せだったのかも」
「あはは、確かにそうだろうね。うん、ほんと、それからのあんたは幸せそうだもん」
「そこまでかな?」
「かなりね。最近は現実の方でもレッスンつけてもらえるぐらいなんでしょ? もうね、別人だよ、別人。私の知ってる陽和がいなくなっちゃったよ。あーあ、相手してくれなくて寂しいなー」
「……言い過ぎじゃない?」
「っていうのは半分冗談でね。陽和が笑ってピアノの話をしてくれてること、自分のことみたいに嬉しいし」
当然のように、作らず飾らず、安堵したように佳乃は微笑んだ。
下手に自分から踏み込んでくるような性格ではないけれども、だからこそ、ずっと気にかけてくれてもいたのだろう。
「……恥ずかしいってば」
「え、何、照れてんの? 今更? かーわーいーいー!」
「うぁーもう暑苦しい、くっつかないで…!」
私は突き放すようにして離れると、そのまま小走りで先を急ぐ。
こんな緩みきった顔、見られたらまた意地悪な顔でいじられるに決まってる。
「わわっ、ごめんごめんってば! 謝るから先行かないでよー! コンペ見に行くからさー!」
背にそんな声が掛けられる頃には、空もすっかりオレンジの顔をしていた。
二人で創り上げている意識の世界。
現実世界でも、身体症状なく読めるようになって来ていた楽譜。
諸々のことを話して聞かせるには、下校の時間は短すぎる。
いつもよりゆっくりと歩きながら、私は佳乃と道を行く。佳乃は静かに、時に茶々や相槌を入れながらも、とても真面目な様子で聞いてくれた。
「随分とまぁ、まだ高校生だっていうのに色々抱えちゃってたものだよね、ほんと。よく笑ってられるよ、あんた」
「我ながらね。ほんと、新年と言うか新年齢を迎えてからこっち、色々と起こり過ぎだって話だよ」
「でも結果、案外楽しそうにしてるじゃん? 充実してるって感じ」
佳乃が笑いながら言う。
佳乃には、今の私がそう見えてるんだ。
「……うん、そうかも。多分、目標が出来たからだと思う」
「目的もなく生きて来た人間が、ようやく生きる意味を見つけた、みたいな? ドラマとか映画みたいな展開だ」
「そんなに劇的じゃないよ。あと、別にそこまでもぬけじゃないから。いい大学行きたいとか、作家になりたいとか、私だって色々夢くらいは持ってるんだから」
「へぇ、あんた作家になりたいんだ」
「え? あ、あー……」
口にしてしまったからには、私はすぐに観念して頷いた。
「現実逃避、なのかな。ピアノと離れてからは、小説とか創作の世界が大好きになったの。で、次第に私もそういう素敵なものを生み出せたらな、って」
「あー、確かに陽和、出会った頃なんか特に本の虫だったわ。放課後一緒に遊んでる時も、たまに一人で本を読み耽ってた」
「それはほんとにごめんなさい」
「あはは、いいっていいって! 別にそれが退屈だとか、嫌だとか思ったこともないからさ。でも、今思えば、二人で何か一緒のことして遊んでる時より、本を読んでる時は、ちょっと寂しそうだった。ううん、虚しそう、かな」
「あー……うん、じゃあやっぱり逃避だ。ごめんね、無駄な心労かけて」
「べっつにー。今こうして笑ってるなら、それでいいんじゃん?」
佳乃はあっけらかんとして言うけれど、その何でもなさそうな一言に、心はいくらも救われる。
「でもなんか、そういうのいいね」
「そういうのって?」
「不思議の国のアリス、みたいな感じじゃん、まさに。ずるいなーって」
「そんなこと言われてもなぁ。自分でもよく分からないことなんだから」
「まあ、それもそっか」
それにしてもずるい、行ってみたい、と佳乃は楽しそうに話す。
「ねぇ。陽向くんってかっこいいの?」
「え、何、急に」
「いやさ、男女の双子って珍しいでしょ? どれくらい似てるものなのかなって思ってさ。陽和、目鼻立ちはっきりしてるし、かなり美人さんじゃん? それなら、陽向くんだってかっこいいのかなって」
「そういうこと素で言ってくるの、ほんとやめて。恥ずかしいから。あと、陽向には別にそんなこと考えたこともないよ」
「え、何で? 最初から双子だって分かってたわけじゃないんでしょ?」
「そうだけど……何でだろ。説明しろって言われたら出来ないな。本能で分かってたりしたのかも」
私は首を傾げて考える。
釣られたように佳乃も首を傾けて、なんじゃそりゃと笑う。
「謎の安心感があったからかな、最初から。あの空間にも、声にも。何より、ピアノのことがあったからかも。陽向のことより、最初はピアノに触れられるってことの方が幸せだったのかも」
「あはは、確かにそうだろうね。うん、ほんと、それからのあんたは幸せそうだもん」
「そこまでかな?」
「かなりね。最近は現実の方でもレッスンつけてもらえるぐらいなんでしょ? もうね、別人だよ、別人。私の知ってる陽和がいなくなっちゃったよ。あーあ、相手してくれなくて寂しいなー」
「……言い過ぎじゃない?」
「っていうのは半分冗談でね。陽和が笑ってピアノの話をしてくれてること、自分のことみたいに嬉しいし」
当然のように、作らず飾らず、安堵したように佳乃は微笑んだ。
下手に自分から踏み込んでくるような性格ではないけれども、だからこそ、ずっと気にかけてくれてもいたのだろう。
「……恥ずかしいってば」
「え、何、照れてんの? 今更? かーわーいーいー!」
「うぁーもう暑苦しい、くっつかないで…!」
私は突き放すようにして離れると、そのまま小走りで先を急ぐ。
こんな緩みきった顔、見られたらまた意地悪な顔でいじられるに決まってる。
「わわっ、ごめんごめんってば! 謝るから先行かないでよー! コンペ見に行くからさー!」
背にそんな声が掛けられる頃には、空もすっかりオレンジの顔をしていた。