にのまえ、ひとみ。
 一、仁三。

 あの手紙に書かれたいたものと、同じ名前だ。
 正しく分かってしまったてから、動悸が収まらない。
 一さんは何とも言えない表情で頬を掻きながら、私の顔をたまに伺いつつ言葉を選ぶ。

「さて、どこから話したものかな」

 彼の言葉に、私は考える。
 けれど、まず真っ先に浮かぶのは、一つしかない。

「色々と事情がお有りでしょうから、多くは聞きません。教えて欲しいのはただ、箱の中身についてだけです」

 私の言葉に、一さんはお腹に溜まっていた空気を全部吐き出すかのように大きく息を吐くと、また姿勢を整えた。
 ゴーサインのようにも思えたそれに、私も一歩、大きく踏み込む。

「お聞きします。どうしてこの箱の中には、臍の緒が『二つ』も入っているのですか?」

 桐の箱の中には、人の産まれた証が入っていた。
 二つも、だ。
 過程で保存されている臍の緒とは出産時、赤子に数センチだけ残して切断され、時間とともに赤子から自然と取れたものだ。
つまりは赤子一人につき、普通であれば一本。わざわざ何個にも切断して保管しておくことなど、通常ある話ではない。
 どこで聞きかじったかは忘れてしまったけれど、私はそんな話を知っていた。だからこそ、臍の緒が二つもあることに驚愕し、動揺してしまったのだ。
 私の知らないところで何かがあって、しかしその証だけは丁寧に残されている。不思議に思わない筈がない。

「美那子の身籠った子が、二人。君と、そしてもう一人、確かに存在していたからさ」

 一さんが答える。
 何となく、予想はしていた。
 けれど一さんがそれを口にしたことで、パズルのピースが一つ、繋がる音が聞こえた気がした。

(…………そっか)

 どうして、夢の中だけで現れるのか。
 どうして、私の名前を知っているのか。
 どうして、昔のことまで知っているのか。

 そして――どうして、臍の緒が二つもあったのか。

 これでようやく説明がつく。
 まだまだ得なければならない情報は多いけれど、大きく息を吐き出せるだけの余裕も出て来た。

「双子だった。君と、もう一人の子とは。あの子は――」

「陽向、という名前では?」

 被せるように放った私の一言に、一さんは言葉を止めてしまった。急に割って入って来て驚いたから、というわけではない。
 まったく。陽向くんも、面倒な言い方をしたものだ。

「陽向……そ、そうだ。いや、どうして君が知っている?」

 やっぱり。
 夢の中で彼は、何となくそう名乗った風に言っていたけれど、そうじゃなかった。
 寧ろ、偽りない自己紹介そのものだったのだ。
 何かの理由があって、陽向くんは亡くなっている――そういうことなのだろう。

「美那子か、それか涼子さんに聞いたのかい?」

 私は首を横に振る。

「会ったことがあるんです。話したことも。信じてはもらえないかもしれませんが」

「信じてはって、そりゃあそうだろう…! だって彼は……陽向は、産まれて来ることすら叶わなかったんだから」

 一さんの言葉に、私は心臓が固まったような心地を覚えた。

「――――え?」

 思わず一さんの顔を見る。
 どこかのタイミングで亡くなっていることは分かった。けれど、産まれてもいないというのは、どういうことなのだろう。
 産まれていなければ、たとえ夢の中だとしても、あれほどまでに現実味のある人物像を作り出せようものか。
 それ以前に声だって。いや、もっと前――なら、臍の緒が二つもあるのは……?

(…………いや、違う)

 この世にうまれ落ちてはいるけれど、産まれて来れなかったんだ。

(陽向くんも言ってた。自分でも自分がどんなのか分からない、って)

 産まれて来ることも叶わなかったから、自分で自分のことを認識出来ていないんだ。

「陽和。今日は早く帰らないといけないのかな?」

「え? い、いえ、そんなことはありませんけど……」

「良かった。自宅にしているマンションがすぐ近くなんだ。込み入った話だからね。今日のところはもう出るとしよう。君の知りたいことは、そこで凡そ説明出来ると思う」

 一さんの提案に、私は考えることもなく頷いた。
 この話、私は正しく知らなければならないことだから。