次の日。
 私はまた、昨夜の出来事を、今日は涼子さん手製のお弁当をつつきながら、佳乃に話して聞かせた。
 私が喋っている間、佳乃は退屈そうな態度はとらない。
 いや、そうではないかな。
 過去のことを知っているからこそ、こんな話をする私に、興味がある様子だと言えばいいだろうか。
 夢は夢だから、どんな反応が返ってくるのか少しばかり怖くはあったけれど、佳乃は意外にも楽しそうに、まるで自分のことのように喜んでくれた。

「へえ。じゃあ、弾けたんだ。良かったじゃん」

「夢だけどね。こっちだと、相変わらず楽譜を見ると気持ち悪くなっちゃう」


「夢でも何でも良いじゃん。理想の自分、なりたい自分ってやつに、一度でもなれたってことでしょ? 最高じゃん?」

「まぁ、それはそうなんだけど」

 あまりに当然のように言うものだから、却ってこっちの方が少し恥ずかしい。

「でもまあ、安心したよ」

「安心? 何に?」

「いやほら、ピアノの話ってさ、陽和の前じゃタブーだって思ってたから。それだけ嬉しそうに話すってことは、そういうことなんだなって思ってさ」

「あー、あはは、まぁ、うん。ごめん、迷惑かけてたよね」

「何回心臓が飛び出ることかと」

「うわっ、うそほんとごめん」

「うそうそ、大丈夫。そう怯えなさんな」

 佳乃は悪戯に笑い飛ばすと、また優しく微笑んだ。

「でも、ちょびっとだけ心配してたのは本当。ほら、中学の頃にさ、陽和のお母さんがピアニストだって知った子が、合唱コンの伴奏を無茶ぶりしたことあったでしょ? でもあの頃って、今よりうんと臆病って言うか、自分からもの言えなかったじゃん。で、断り切れなくて、読めもしないのに無理やり読もうとして――」

「吐いて保健室送りになりましたとさ、てね。ほんとごめん。あの時は」

「違う違う、そうじゃなくてさ。そんなこともあったって知ってるからこそ、陽和が今こうしてピアノの話をして笑ってるってことが、私はめっちゃ嬉しいって話!」

 佳乃はとにかくも明るく笑って言った。

「たとえこっちでは弾けなくてもさ、大好きなお母さんがやってるピアノの話が出来るのって、やっぱりそれだけで幸せなことだと思うから。ほんと、良かったじゃん。例え弾いたのが夢の中でも、こっちの陽和も変わったよ」

「――うん、そうかも。確かに、ちょっと変わって来たかな。ほんとありがとね、佳乃」

「さーあ? 別に私はお礼を言われるようなことはしてないんだけどなー」

 わざとらしい言い方に、私も乗っかって茶化してみる。
 ふと視線が交錯するとおかしくなって、予鈴が響く教室で、私たちは笑い出した。