さっきの先輩の言葉を思い出した。
“僕は体温高いので大丈夫です”
「先輩、本当に体温高いですね。先輩の手がカイロみたいです」
私が言うと、ぱっとカイロを私の目の前に置いた先輩は何度も何度も眼鏡を上げる仕草をする。
あれ?なんか耳や首が赤い?もしかして、熱でもある?手が温かかったのもそのせい……?
「先輩、首真っ赤ですけど大丈夫ですか?もしかして熱!?」
「いや、っ!」
すっと先輩の首筋に手を伸ばせば、ビクッと震える。先輩が急に大きく動いたことで私の伸ばした手が先輩の眼鏡のレンズに当たってしまった。
「わー、先輩すみません!」
「いえ、僕のほうこそすみません。ね、熱はないので大丈夫です」
「本当ですか?ならよかったです。すみません、眼鏡レンズに指紋ついちゃいましたか?」
私が問えば先輩はするりと眼鏡を外す。
あ、やっぱり綺麗なぱっちり二重。というかとっても綺麗なお顔。普段眼鏡をしててもかっこいいオーラはあったけれど。
「わぁ、柾先輩!とってもかっこいいですね!」
「か、かっこいい……」
「はい!眼鏡外すとイケメン度がさらに上がります!」
「………!」
目の前で目を見開いた先輩の顔がみるみる赤に染まっていく。
なんとなくつられて私の顔も熱くなる。普段クールな先輩がこれは間違いなく照れている!
バッと顔を背け、すごいスピードで眼鏡をかけた先輩は前髪をくしゃくしゃにしてまた瞳を隠してしまった。
真っ赤な先輩に可愛いななんて思って、もっと見ていたかったななんて、思って。
さっきまで寒かったのが嘘みたいに、体がぽかぽかする。なんで……?
「そ、そんなことより」
「……」
「は、早く問題を解いてください」
「……はい」
先輩に促され問題集を見つめたけれど、真っ赤な先輩がちらついて、ドキドキする。
あれ?どの公式を使えばいいんだっけ……?
「えっ/&_#@あ、
(桃さんが僕の手を握って#&@/、@&/あーーーーっ!!
「あ、私の手冷たかったですよね、すみません」
「………
(こちらこそありがとうございます!もう手、洗いません!!なんならこの手で僕が温めます!)」
「わぁ、柾先輩!とってもかっこいいですね!」
「か、かっこいい……
(かっこいい、かっこいいっ!!桃さんの瞳に映る僕がかっこいい!母上、この顔に産んでくれてありがとう!!!)」
「はい!眼鏡外すとイケメン度がさらに上がります!」
「………!
(はぁ、ドキドキで心臓が壊れそうです……。あなたといる時の僕の体温は上昇しっぱなしです…)」
ホームルーム終了後、背後で私のポニーテールをおもちゃにする人物が、ひとり。
「蒼くん、私のポニーテールはおもちゃじゃないんだけど!」
「いやー、こう揺れてると、さらに揺らしたくなるというか、なんというか」
「なにそれ!」
「桃、なんか昨日から楽しそうだね?」
「え?」
リュックの中にノートやペンケースを詰めていれば突然、蒼くんに言われた言葉。
「一昨日は、補習嫌だーってため息ついてたのに」
私って、そんなに分かりやすい?
でも楽しいのは事実だ。
「なんか最近、勉強が楽しくて!」
「え!」
「勉強して理解して、問題解けるのが嬉しいの!いままでちんぷんかんぷんだった計算とか」
「へー、すごい!補習の効果バリバリ出てんじゃん!確かに昨日も数学のとき答えてたもんな!」
「そー!柾先輩がすごく分かりやすく教えてくれるから!」
「え、柾先輩って空野先輩!?」
「そーだよ!」
「空野先輩って、無口で怖くね?」
「そんなことないよ!教え方とっても分かりやすいし、」
そこまで言って、パッと昨日の柾先輩を思い出した。
“照れて可愛いところもあるよ”そう言おうとしてやめた。
思い出してまた私の顔も熱くなる。
「ふーん」
蒼くんは聞いてきたくせに、興味のなさそうな返答。
というか、柾先輩ってやっぱり有名なんだなぁ。
荷物を詰め終え「じゃ私、補習行ってくるね」と席を立とうとすればツンッと引かれたポニーテール。
あれ、私のポニーテールはリードでもないのだけど。
「蒼くん?ひっぱら、」
「俺も行く!」
「え?」
「俺も一緒に補習行く!」
「え、でも部活は?」
「今日、休みだから!」
ニカっと八重歯を見せて笑った蒼くん。
連れて行ってもいいのかな?ひとり増えたら柾先輩教えるの大変?でも、きっと優しい柾先輩は迷惑だなんて言わないだろうな。
「じゃ、一緒に行こう!」
「よっしゃ!」
ふたりで図書室に迎えば、カウンターにはすでに柾先輩がいた。
「先輩、こんにちは!」
「桃さん、こんにちは」
「今日もよろしくお願いします!」
「……?」
カウンター越しに挨拶をすれば、先輩の視線が蒼くんに向いたのが分かった。
「あの先輩、今日はクラスメイトの蒼くんも一緒に補習を受けさせていただいてもいいですか?」
「原田 蒼です!空野先輩よろしくお願いします!」
「…………はい。よろしくお願いします」
ニカっと笑う蒼くんに、いつものように抑揚のない柾先輩の返事。
「先輩、すみません急に連れてきてしまって」
「とんでもないです。桃さんの頼みでしたら」
「ありがとうございます!」
今日も変わらず長い前髪に黒縁眼鏡な柾先輩。
ふと、またあの顔が見たいなと思っていれば「どこでやるんですか?」という蒼くんの声で我に返った。
なに、考えてるんだろ、私……。
「では今日は3人なので、長机のほうでやりましょうか。生徒がきたら委員の仕事は僕がしますので」
「はい!お願いします」
先輩の提案で、今日はカウンターから1番近い長机で勉強をすることになった。私の右隣に蒼くん。机を挟んだ向かいに柾先輩。
「では、今日は英語です。僕が問題を作ってきたので、英文を訳していってください」
「分かりました」
「予備で2部用意しておいたので、原田くんもどうぞ」
「え、先輩すげー!ありがとうございます!」
先輩からプリントを受け取った私たちはしばらくプリントと睨めっこ。
並んだ英文を見つめるけれど、ちんぷんかんぷん。
ちらりと視線を上げると私の前で本を読む柾先輩。
そのまま隣に視線を向ければ、蒼くんの瞳とこんにちはをした。
「桃、ここ分かる?」
「え、いや分からない……」
んー、と眉根を寄せた蒼くんがトントンとプリントの3問目を指差す。