「映画とかドラマでキスしてるところとか、密着してたりするシーンを見てるだけでもしんどいんです。心臓発作みたいに、どきどきして気持ち悪くなる。友達との恋バナにもついていけない。音也と付き合うようになってから、変な幻覚も見るんです。この前もトイレで見たんです。私は、みんなにこのことをずっと隠してる」

「君、恋はするの?」 
「……恋? 恋ってなんですか。そんなこと訊かないでよ。……もう私には、なにもわからない。わからないの!」
「あのさあ、君……」
「恋するってキスすること? 抱きあうこと!? 恋人の家に行くこと? それでセックスするってこと!?」
「ねぇ、ちょっと落ち着いてくれる」

 息切れ寸前で直は我に返った。パニックになった彼女は、言葉を機関銃のように吐き捨てていた。
「やっぱり私は、壊れてるんだ……」と打ちひしがれて救いようのない顔をしている。
 
「君は病気じゃない。ただ性愛を持たないだけの普通の人間だよ」
「せ……性愛をもたないってなに?」
「『無性愛者』のこと」
「ムセイアイシャ?」