声のあとに聞こえたのは、バサッと資料が地面に落ちる音だった。とたんにふたりの学生は密着させた顔面を離した。

「あぁ、えっと。なんかごめんね」
 口を半開きにして棒立ちするその男性は、気まずそうにメガネを触った。
 
 音也は舌打ちした。「じゃぁね、直」と小声でそっと告げる。
「今の見なかったことにしてよね。やべぇー先生」と口角をあげて去った。


 淡い斜陽に照らされた放課後の校舎は、ひっそりかんとしている。その場にとり残された女子学生と青年……。

「あの。君、大丈夫?」
 彼の問いかけに、直は応答しようとしたが出来なかった。彼女はシャツの胸元をぐしゃりと握りつぶしてその場にひざをついた。

「泣いてるの?」
 直のそばへやってきた彼は、様子をのぞき込んでいる。メガネに彼女の由々《ゆゆ》しい姿が反射した。

「あぁ、あぁ、あぁ、」ともだえるように、直は口を開けていた。呼吸を激しく乱し始めると、眼球がうきでて落ちそうなほど、目をむきだした。まるでのどが焼けるように痛い。
 眉をハの字にさせて口を手でふさいでいると、誰かが背中をさすった。
「大丈夫だから。落ち着きなさい」