「だって途中でいなくなって、ずっと戻って来なかっただろ」
「それは、トイレだっていったでしょ」
「それだけ?」
「そうだよ」
「今週の日曜日さ、なんか予定ある?」
「ううん。ないよ」
「おれの家にこない?」
 その質問に直は返事ができない。音也は彼女の近くへ一歩ふみだした。直はあとずさったが、背後はコンクリートの壁だった。
「ね。家こない?」
 ——これは俗に若者言葉でいう『壁ドン』というやつである。音也が手をつくと直は黒目をわずかにそむけた。
「まだ、予定わからないよ」と細い声で答えると、彼は「うん。わかった」とほほえんだ。それから直のあごに手をおいて顔をむけさせる。これが俗に若者言葉でいうところの『あごクイ』というやつである。
 あぁ、もう、今日は最悪だ。と、直は思った。案の定、キスをされた。彼の唇が自分の唇にまとわりつくあいだ、ずっとスカートのすそをにぎりしめていた。もしも、彼の舌が入ってくるかと思うと、恐怖で鼓動が不規則に強く打ちつける。
 自分の心臓は、発作を起こしているに苦しく、痛かった。あとどれくらいたえられるだろうか…………。
 
「うあ!」