「疲れただろ、早く家に帰ろう。」
心菜を最後部の5列並びの席に誘導して、横になれるように肘掛けを上げる。

「お腹張ってないか?張り止め飲んだ方が良い。」
蓮は恥ずかしがって遠慮する心菜を、半ば強引に寝かせて膝枕までする。

さっきまで空港ロビーで、キャーキャーと黄色い声援を浴びていたスーパースターの筈なのに、妻の事になるとなりを潜めて、甲斐甲斐しく世話する。

その姿を初めて見るスタッフ達は、密かに驚きの目を向けていた。

そんな事などお構いなく、森元圭吾は1人淡々と蓮に歩み寄り今後のスケジュールを話し出す。

「明日から、しばらく多忙な毎日だと思って下さい。」
タブレットでスケジュールを確認しながら、森元は容赦無く言い放つ。

「日本に帰って来た実感もなにも無いな…。」
蓮は深いため息を吐きながら、それでも膝の上の心菜の髪を優しく梳かす。

「明日、午前中に音楽歌謡祭の収録があります。9時に迎えに行きますので、よろしくお願いします。」

「終わりは何時?」
不貞腐れたように蓮は聞く。

「収録後、15時に雑誌の表紙撮影、19時からアルバムのジャケット会議が入ってます。
予定通り終わったら22時くらいには帰れるかと。」

心菜は蓮の膝の上で、大人く2人の会話を聞いている。

帰って早々、行き着く間もなくスケジュールは一杯だ。蓮の体調が心配になる。

「次の休みはいつ?」
ぶっきらぼうに蓮が聞く。

「来週の心菜さんの定期検査に合わせて半日休みがあります。…あと、強いて言えば、CMのタイアップ曲のレコーディングが早く終われば…ですかね。」

「お前…鬼だな。」
蓮は呟き車窓に目を向ける。

LAで3ヶ月、羽を伸ばしたツケが今やって来た。

心菜の目線を感じて膝元に目を移す。

心配そうな心菜の目…。
苦笑いしながら、頬を撫ぜて安心させる。

「まぁ、LAで3ヶ月のんびりしたから仕方がない。これでも前の事務所よりは緩い方だ。」
心菜は、頬を撫ぜる蓮の手をぎゅっと握って

「頑張って下さい…。」
と、小さくエールを送った。