「俺の中の1番は、何を犠牲にしても彼女ですから。」
蓮は隠す事無くそう言って父を驚かす。

「…そうか。」

「だから、この社宅…貸し出してくれてありがとうございます…。」
蓮が突然頭を下げる。

突っぱねていた分、父に礼を伝える事は勇気のいる事だから、少しぎこちなさは否めない。

「長く空き家になるよりよっぽどいい。好きに使ってくれて構わない。」

そんな蓮に戸惑い内心驚きながら、初めて心の内を見せてくれたような気がして、少しの嬉しさを感じた。

「あの、お待たせしました。」

ダイニングテーブルに、ほとんどの料理を並べ終え心菜が2人を呼ぶ。

「ああ、この匂いはカレーか?」
席に着くなり父が言う。

「あの…何を作ろうかと迷ったんですけど…庶民的過ぎて…お口に合うと良いんですが…。」
カレーをトレーに乗せて運びながら心菜は心配そうだ。

「心菜のカレーは絶品だから大丈夫だ。」
蓮が心菜が運んでいたトレーを取り上げ、代わりに運んでくれる。

「ありがとう。」

2人並んで父の前に座りいただきますと手を合わせる。父はそんな2人の様子を見ながら、似合いじゃないかと自然とそう思う。

「君達の仲を引き裂くような事をして申し訳なかった。」
父は食べる前にそう言って、いただきます。と、手を合わせ食べ始めた。

蓮は信じられないと言うふうに、心菜と顔を見合わせて驚き顔を見せる。

「もう、気にしないでください。
こうして蓮さんとも再会出来ましたし、今はとても幸せですから。」
心菜は微笑みを浮かべる。

しばらくの間、感想もないまま父はカレーを食べ続けるから、心菜はそれをハラハラした気持ちでずっと伺っている。

やっと口を開いた父が、
「しかし、心菜さんは料理が上手だな。
この前の惣菜も美味かったが、カレーがこれほど味わい深いとは、うちの家政婦に欲しいぐらいだ。」

蓮がその一言に鋭い目線を投げつけ素早く反応する。
「そんな言い方心菜に失礼だ。」
と、父を咎める。

「いや、私は別に…
毎日心菜さんの手料理を食べられたらと思っただけで…配慮が足らず、すまなかった。」
素直に自分の非を認め謝る父に、蓮は驚きの目を向ける。

「全然気にしてません。それに、私の料理なんて独学ですし、プロの人には敵いませんから。」
心菜が慌てて否定して、その場の雰囲気を和らげる。

「いや、君の手料理はなかなかのものだ。」
心菜はお口に合ったようで良かったと、ホッとする。

「カレーにこれは溶き卵か?」
父は心菜のカレーのレシピが気になるらしく、しばらく材料や作り方に質問が続き、心菜はそれを丁寧に答えながら、しばらく和やかな時間が続いた。

「ちなみに、このコンソメスープとサラダは蓮さんが作ってくれたんですよ。」
微笑みと共に心菜が言うから、父は驚き手を止める。

「蓮が料理するのか?」
信じられないと言う目を向ける。

「蓮さんはとても器用で何でも出来ちゃうんです。」
心菜は嬉しそうに話す。

今日の心菜の一番の目的は、蓮と義父が少しでも歩み寄って仲直りしてもらう事だから、蓮の良い所を沢山アピールしたいと張り切る。

「蓮さんて、お料理は教えたら一度で完璧に作れるようになりますし、洗濯だって綺麗に畳んでくれるんです。」

「蓮が洗濯を畳むのか⁉︎」
父から見た蓮は、サバサバしていて無駄を嫌う、愛想の無い淡白な人間だったから、自分で家事をやると言う事は想像も付かなかった。

自分の息子ながら、今までその本質を知ろうともしなかった自分の愚かさを痛感する。

「俺だって家事くらいやります。」
蓮は父と目線を合わす事無く、カレーを食べ続けながらそう呟く。

「…そうか。それは…凄いな。」
父が初めて蓮を褒めるような言葉を吐くから、蓮は信じられないと言う目を父に向け、心菜に目線を送り怪訝な顔をしている。