夕方18時、時間ぴったりに玄関チャイムが鳴る。

緊張の面持ちでインターフォン越しに義父に挨拶をする心菜を、目を細めて蓮は優しげな眼差しで見守っていた。

だけど、もし一言でも心菜を傷付ける言葉を吐いたなら容赦しないと、まだ、父に対して警戒心は解いていない。

「こんばんは、お邪魔させてもらうよ。」

思いがけず穏やかな声で入って来た父を見て、蓮は鋭い目線を投げかけ、それでも無愛想に頭を下げる。

「どうぞ。お忙しい中ありがとうございます。夕飯は蓮さんと2人で用意させて頂きました。
お口に合うと良いのですが…。」
心菜が遠慮がちにそう言う。

「先日食べた惣菜が美味しかったから、今回も楽しみだ。」
フッと笑った父を物珍しそうに、蓮は遠目で見つめている。

父からホテルの最高級クッキーの詰め合わせを手土産にもらい、心菜は嬉しそうにお礼を言い、蓮にわざわざ報告してくる。

「ここの焼き菓子凄く美味しいって、先輩看護師さんから聞いていたので嬉しいです。」

心菜は喜びを隠さず、嬉しそうに蓮に話しているするその姿を見て、父も思わず笑顔になる。

長い間社長をしていると、媚びたり、揚げ足を取ったり、時に言葉の攻撃を受けたりと、人間の嫌な部分ばかりを見て来た父にとって、こんなにも純粋で素直で、穢れない人間がいるのだなと心菜に会う度、自分自身が浄化されていくような、不思議な感覚を感じていた。

そして蓮もきっと同じように感じていて、彼女のそんな魅力に惹かれたのだと、今ではよく分かる。

「ご用意が出来るまで、ソファでお待ち下さい。」
心菜がお茶の支度をする為、キッチンに向かう。
この場は父と蓮2人きりになる。

「お前も忙しいな。日本から1週間もしないうちに戻って来るとは。」
先に口を開いたのは父の方だった。

「…誰にちょっかいかけられるか分からないので、1人にはして置けないんです。」

表向きの顔で蓮が皮肉を言うが、父は気にも止めず話を続ける。

「体調的にも微妙な時期だしな。
出産はそれでも日本の方が良いのではないか?お前だって、ずっとこっちでは仕事がし難いんじゃないか?」

蓮は表情を変えず、
「産み月前には日本に帰るつもりです。俺の仕事はどこでだって可能ですから、問題なくこなせています。」
と、聞かれた事を淡々と答える。

「心配しなくてもお前との約束を守るし、二度と2人の仲を引き裂くつもりはない。」
父は苦笑いしながら、少しでも蓮が態度を軟化させてくれないかと模索しているようだ。

「じゃあ、わざわざ俺のいない間に、家に来なくてもよかったんじゃないですか?」
そんな蓮はまだ、警戒心を解く事はない。

「お前も俺以上に用心深い男だな。」
と呟く。