『こんにちは…。久しぶりだね、元気そうでなにより。』
Dr.ライアンは英語でそう言って、少し元気が無い笑顔をみせる。

『最近は悪阻も減って体調も良いです。
Dr.ライアンは少しお疲れ気味ですか?』
心菜は気遣う。

『いや…俺は…
どうやら失恋したみたいで…
ずっと現実を知る勇気が無くて…なかなか来れなかったんだ。』

人の恋愛感情に鈍い心菜はまだ気付かない。

ライアン先生が失恋なんて、こんなにモテそうな人なのに?と、他人事のように思っている。

『何か、暖かい物でも飲みますか?』

気休めかもしれないが心菜は心配顔で微笑み、ライアンを少しでも励まそうとする。

ライアンは軽く笑い、

『君は何も気付いて無いんだな…。
俺は君が好きなんだ。君に出会った時からずっと、君と君のお腹の子に恋している。』

そう言って、手に持って居た花束を心菜に差し出す。

ここで心菜はハッとする。

わ、私!?
少しの間びっくりしてパチパチと瞬きを繰り返し、目線が揺れる。

全く気付かなかった…。

こっちに来てからずっと、この子と2人どう生きて行こうかと必死だったから、心に余裕なんてこれっぽっちも無かった。

だから彼の好意はボランティア精神なんだとしか思っていなかった…。

心菜は一瞬固まり、そして意を決したかのように頭を下げる。

「ごめんなさい…。今まで全然気付かなくて…。私、好きな人がいるんです。」

日本語で一気にそう伝え、下げた頭をなかなか上げられないでいる。

『君の心に誰かいる事は、会った時から気付いていたよ…。
だけど、抑えきれなかったんだ。君を好きになる事を止める事なんて出来なかった。』

カフェには常連客が数人と、新規の客もいる。彼等は皆、息を潜めこの先の成り行きを見守るばかり。

『本当に、気付かなくて…ごめんなさい。』
心菜は今までの自分の無礼を思い、申し訳なさを感じてしまう。

だけど、それでも目の前に差し出された薔薇の花束を受け取る訳にはいかない。

花束を切なげに見つめるばかりだ。

『知ってるよ。ハンナから聞いた。
日本からフィアンセが迎えに来たんだろ?
なんで…もっと…なんでもっと早く、そいつは迎えに来なかったんだ?
身重なココを…1人にして…。』

ライアンは薔薇の花束をぎゅっと握りしめて、怒りとも取れる感情を露わにする。

『ライアン先生、私がいけないんです。
彼に何も言わず、逃げるように此処に来たから…。私が悪いんです。』
慌てて心菜は否定する。

「だけど…そんな風にココをさせた、その男が1番悪いだろ?」
今度は日本語で、ライアンは心菜に訴える。

心菜はたじろぐ。

こんなに真剣で真っ直ぐな彼を見たのは初めてで、少し怖いと感じてしまう。
…何と伝えたら良いのか迷い、言葉を探す。

「Are you Dr.Rian?」

2人の間に急に影が出来、心菜を守るように割って入る人物が1人。

えっ!?と心菜もライアンも瞬時に見上げる。

「I'm her fiancé. If you have an opinion, please contact me directly.」
(私が彼女の婚約者です。意見があるなら、私に直接お願いします。)

彼は流暢な英語で、ライアンを見据える。

「…蓮さん…。」
心菜の胸には安堵と共に不安がよぎる。

今度はライアンが目を見開き固まる番だった。

この男、知ってる。

日本に留学していた時、何度か観た事がある。街中の広告塔や、TVの中で…。

「ホウジョウ…レン…。」
ライアンはそう呟き思わず後ずさりする。

なぜ、北条蓮がこんな所に?
なぜ、ココは彼の何…?
彼がココのフィアンセ!?

ライアンの頭はショックと混乱で既に上手く働かなくなっていた。

ライアンだって、今までいくつもの手術をこなし、外科医として経験を積んで来た自負がある。誰よりも冷静に、その場の状況を判断し、対応出来る男だと自分自身が思っていた。

『ここでは、店の邪魔になります。外で話しましょう。』

蓮はこの場にいる誰よりも冷静に、落ち着き払った声でライアンにそう告げ外に促す。

「……蓮さん…。」
心配な心菜はつい、蓮を止めてしまう。

蓮は力強く頷き返し、笑みを浮かべて心菜を安心させる。