「さっき一瞬がっかりしたろ」
「うっ……噂でセキュリティのすごい豪邸って聞いていたので」
「これはダミーだからな」
朔夜さんの笑みは大人の色気が漂っていて、胸が高鳴ってしまう。
「え……何ここ」
そんな中、階段を降りると漫画やテレビでしか見たことがないような、豪華な一室になっていた。
高そうな絵画や花瓶が並んでいたり、シャンデリアや金の置物まで……まるで本当に豪邸だ。
「お前のために用意したんだ」
「……私、の?」
「カンナは金が好きだったからな」
お金が好き……⁉︎
まあもちろん嫌いではないけれど、そんな改めて言われると恥ずかしくなる。
カンナって一体誰なのだろう。
「じゃあまずは自己紹介からだな。俺は朔夜、歳は19」
「じゅ、じゅうきゅ……⁉︎ もっと年上かと思ってました」
「よく言われる」
「それで無法地帯の中で一番強いんですか?」
「まあ一応。じゃあ次はお前」
「あ、はい! 私は花咲乙葉、18歳の高校三年です!」
「昔はここに住んでいたのか?」
「はい! 今は地元を離れているんですけど、高校一年の冬頃までこっちで過ごしていました」
「……俺がカンナと連絡がつかなくなった時期と一致するな」
「え……じゃあ、本当に私がカンナさん? なんですか……?」
「俺が聞きてえぐらいだ」
「難しい問題ですね……」
うーん、と考えてけれど、もちろん答えなど出るはずもなく。
「まあいい。今はただ、お前の無事が確認できて安心した。この俺に偽名なんか使いやがって」
突然、朔夜さんに抱きしめられる。
たくましい腕が背中にまわされ、ふたりの距離がゼロになり、ドキドキしてしまう。
「ちょ、あの……」
その時ふと気付いた。
私を抱きしめる朔夜さんの手が微かに震えていることに。
きっとカンナさんとの間に、私が知らないようなことがあったのだろう。
ただ、その震えている手からは、あまり良い別れ方ではなかったのだろうと察せられた。
「これからはこっちに戻ってくるのか?」
「あ、いえ……受験が早く終わって、冬休みに時間があったので地元に遊びに来ただけです」
「ふーん。で、この後はどうするんだ?」
「数日ホテルで泊まって帰る予定です」
親の転勤で地元に家はもうない。
そのため数日間、ホテルに泊まって地元の友達と遊び尽くした後、帰る予定だった。
「じゃあ別にいいな」
「いい……とは?」
なんだか嫌な予感がする。
そう思った時にはもう、朔夜さんはニヤッと悪そうな笑みを浮かべていた。
「その冬休みが終わるまで、ここで泊まれ」
「なっ……は、話聞いてました⁉︎」
「文句あるのか? 本当はずっとそばにおきたいのに我慢してやってるんだ」
無茶苦茶で乱暴な人。
そう思う一方で、縋るような姿にノーと言えなくなる。
「……わかりました。ですが、条件があります」
「条件?」
「カンナさんに対する気持ちはわかりましたが、私はカンナさんではなく乙葉なので、別の人間として接してください」
朔夜さんの接し方からして、恐らくカンナさんとは親密な関係だったのだろう。
今のように抱きしめられたり、触れられたりするのは、あまり経験のない私にとって刺激が強すぎる。
この条件は飲んでもらわないとと思い、じっと朔夜さんを見つめた。
けれどあまりにカッコ良すぎて、すぐに目を逸らしてしまう。
「……乙葉」
「は、はい」
「じゃあ決まりだな」
どうやら朔夜さんは条件を飲むようで、あっという間に冬休みの自由を奪われてしまう。
けれど私は心のどこかで、予測できない今後に期待を抱いていた。
目が覚めると、見知らぬ天井が視界いっぱいに映った。
「……へ」
勢いよく起き上がると、私は誰かの寝室にいた。
大きなダブルベッドはふかふかで気持ちよく、一流ホテルに負けず劣らずな気がする。
寝ぼけていた私はゆっくりと状況を整理し、昨日のことを思い出した。
そうだ、私……昨日無法地帯の男集団に襲われそうになったところを、朔夜さんという謎の美青年に助けられ、冬休みの間は彼の家で過ごすことになっなのだ。
昨日はあまりに濃い一日で疲れていたのもあり、お風呂に入ってすぐ寝た記憶が蘇る。
「それにしても豪華な寝室……そういえばお風呂もすごかったな」
ここは朔夜さんの住む家のようで、古びた外観からは想像できないほど、この地下にある家は豪華絢爛だった。
じっとするのは落ち着かず、ベッドから降りると、突然寝室のドアが開いた。
「……起きていたのか」
朝から心臓に悪いほどかっこいい朔夜さんが現れる。
昨日の危なさが垣間見えるスーツ姿から一転、シャツにズボンというラフな姿は、爽やかで絵になる。
「あ……おはよう、ございます」
「……ああ。昨日はよく眠れたか?」
イケメンで優しく、気遣いもできるとは完璧だ。
それだけで胸が高鳴ってしまう。
「しっかり眠れました! お気遣いありがとうございます」
「それならよかった。腹は空いているか?」
「い、いえ! 今日はどこか予定があるんですか? 私も友達と出かけ……きゃっ⁉︎」
お腹が空いていると言ってしまえば用意してくれるのかもしれないけれど、そこまでお世話になるわけにはいかないと思い、やんわり拒否した。
それで折れてくれないのが朔夜さんのようで、何故かお姫様抱っこされる。
「え、あの朔夜さん……⁉︎」
「なんだ」
さも当然のように抱き上げられ、昨日案内されたリビングに連れていかれる。
そこには朝ごはんが用意されていて、テーブルの前に座らされた。
「遠慮せずに食べろ。ここはもうお前の家でもあるんだから」
「……うっ」
「何か不満か?」
「不満ですよ。早速昨日決めた条件フル無視じゃないですか」
無法地帯の支配者に対してこんな口の利き方は良くないとわかっているけれど、思わず突っ込まずにはいられない。
それに朔夜さんが私に優しすぎるから、ついついその事実を忘れて気が抜けてしまう。
「俺は乙葉相手に接してるつもりだったが……気に入らないのならすまなかった」
「あ、あ、謝る必要はないです! こんな風にもてなしていただけて嬉しいです!」
「……そうか。それなら良かった」
ふっと色気ダダ漏れの微笑みに、心臓を射抜かれる。
これは……危険だ。危険すぎる。すでに朔夜さんに夢中になってしまいそう。
意識しないように、私はご飯を食べることに集中する。
「このパン美味しい……!」
「好みは同じなのか」
「……? 何か言いましたか?」
口に運んだ塩パンのあまりの美味しさに感動していると、朔夜さんがボソッと呟いた。
うまく聞き取れず聞き返したけれど、朔夜さんは「なんでもない」と言って答えてくれなかった。
「乙葉、今日は友達と遊ぶって言ってたか?」
「はい! せっかく帰省したので、友達と遊びまくるんですよ!」
「はあ……その予定とやらはいつまで入ってんだ?」
朔夜さんは残念そうな、不機嫌そうにも受け取れる表情で私に質問する。
毎日遊びに出かけて、夜寝る時だけこの家に泊まりにくるはさすがに迷惑かなと思い、慌てて口を開く。
「すみません……! やっぱり迷惑ですよね。今日からはホテルに泊まるので安心してくださ……」
「迷惑なわけないだろ。予定ばっかでお前との時間が全然ないのが不服なだけだ」
なっ……なんてかわいいの⁉︎
これはつまり、拗ねているってことだよね?
ギャップのある姿に、思わず胸がキュンとする。
「冬休みが終わるギリギリまで帰らないことにしたので、数日以降はフリーです! 私! その時は相手してくれますか?」
「……ん、じゃあ数日我慢すればお前の時間は全部俺のもんだな」
朔夜さんが満足気に笑い、尊さのあまり胸が苦しくなる。
これは心臓に悪い……そこまで私との時間が欲しいって、もうなんか夢みたいだ。こんなイケメンから求められる日が来るなんて。
ホクホクした気持ちのまま準備をして、部屋を出ようとした時、朔夜さんに呼び止められる。
「送っていく」
「そんな、申し訳ないので大丈夫です!」
「この辺りをひとりで歩くなんて危ないだろ」
「あっ……」
そうだ、ここは無法地帯。
昨日のように悪い人たちがたくさんいると思うとゾッとした。
「二度とお前を危険な目に遭わせたりしない。絶対に守るから安心しろ」
頭をぽんぽんされ、ドキッとしてしまう。
朔夜さんにそんな風に言われて、胸が高鳴らない方がおかしい。
先程のかわいい姿とは違い、今度はかっこよすぎて恐怖心なんてものは一瞬で飛び去ってしまった。
まだ会って一日しか経っていないけれど、すでに朔夜さんの虜になりそう。
「わっ、今日はバイクなんですね」
「普段はバイクが多いな。昨日がたまたま車だっただけで」
「そういえば車も運転手さんもいなくなってますね。どこに行ったんですか?」
「まあ……色々」
言葉を濁され、あまり聞いてはいけないのかと思い、大人しく朔夜さんの後ろに乗らせてもらう。
バイクに乗るのは初めてで、朔夜さんと密着状態なのもあり、なんだかドキドキした。
*
朔夜さんと別れた後は、変な感覚になった。
実は今までずっと夢を見ていて、目が覚めたような、そんな感覚。
友達に話したら少しは現実感が湧くかと思ったけれど、無法地帯の男と関わっているとか信じてもらえないだろう。
逆に敬遠されるかもと思い、あえて話していない。
「それでさ……」
「あははっ、そんなことあったね!」
今日も友達とたくさん遊んでたくさん話し、満喫していた。
思い出話に花を咲かせていると、ふと友達のミカが「そういえば」と少し言いにくそうに口を開く。
「乙葉がまだこっちにいる時に、乙葉らしき人とすっごいイケメンが一緒にいるのを見かけたんだけど、あれってまさかの彼氏だったの?」
「……え? それっていつ頃の話?」
過去に恋人がいたことはあったけれど、いずれも中学時代の話でミカも相手を知っていたはずだ。
まるで今の言い方じゃ、ミカが知らない相手と付き合っていたように思い、疑問だった。
「私が見たのは高校入ってすぐ辺りかな。でも中学の時から見たことあるって友達もいて、何人か目撃者がいるよ。もうすっごいイケメンだった! 明らかに年上の、大人の男性って感じで」
思わずガタッと、持っていたグラスの音を立ててしまう。
ふと頭に浮かんだのは朔夜さんの姿。