「そうではなくて、あ、あの佐倉さんが、あのとき、」

「……」




慌てた私はパッと顔を上げる。と、するり、




「え……佐倉さん……?」




ポケットにしまわれていたはずの綺麗な指先に再び私の右手は捕らわれた。不意打ちのそれに私に為す術はない。されるがまま、流されるのみ。




「佐倉さん、あの……」

「俺の忘れ物、届けに戻って来たんだろ」

「いやあの、」

「俺の体温、返してもらおうと思って」

「……、」




忘れ物なんて言ったからだ。返しているように見えなくもないこの状況。外にいるせいで佐倉さんの体温に先ほどよりも意識が集中して火傷してしまいそう。


これじゃ、意味ないじゃんか。と佐倉さんの顔を見つめれば、あの時と同じ泣きそうな顔をする。


ほら、それですよ。佐倉さん。




「佐倉さん、」

「なに?ちょっとは俺のこと意識した?」

「どうして、」

「は?」

「どうして、泣きそうな顔をしてるんですか?」




絡められた指先を、遠慮がちにきゅっと握り返してみる。私が問えば佐倉さんは一瞬、眉根を寄せた。