こうして。
マシュリは結局、誰にも何にも罰せられることはなく。
「かりかり。もぐもぐ。かりかり…」
「…」
一心不乱に、高級カリカリを摘んでいた。
美味いの?それ…。
チョコ摘んでるときのシルナみたいだから、多分美味しいんだろう。
それは良いけど、マシュリの姿でカリカリ食うなよ。
ちゃんといろりの姿、猫の姿で食べてくれ。
この絵面だけ見たら、一心不乱に猫用カリカリを貪ってるクレイジーな人間にしか見えない。
…まぁ、良いか。
生徒も言ってたけど、ちゃんと帰ってきたんだし。
あのまま神竜族の長に殺されて、二度と戻ってこなかったら。
今頃俺達、こんな呑気にはしていられなかった。
「良かった。マシュリ君、何も罰を受けずに済んで…」
目の前で拷問を見せられるんじゃないかと、ハラハラしていたのだろう。
シルナはホッとしたようにそう言って、安心してチョコレートを食べ始めた。
「今日はチョコとクルミたっぷりの、さっくさくチョコビスコッティだよ」
あ、そ。
嬉しそうで何より。
学院長室の中では、マシュリがカリカリをカリカリ言わせながら食べ。
シルナがビスコッティをカリカリ食べているという、異様なカリカリの光景が広がっていた。
シュール。
「羽久も食べよう、ビスコッティ。ほら」
「いや、俺は別に…」
「じゃあ、こっち食べる?美味しいよ、このカリカリ。仄かなマグロの香りが…」
「そっちはもっと要らねぇよ」
それは猫用だよ。誰が食べるか。
それよりも。
生徒に罰を与えるなと言われたから、罰を与えるつもりはないけど。
でも、ちゃんと言っておくべきことがある。
「あのな、マシュリ。この際、もう…出ていくなとは言わないよ。散歩だろうと、猫の集会だろうと、行きたいところに行ってくれば良い」
お前は多分、本能的に一箇所に留まることを嫌うんだろうし。
猫の集会とか、しょっちゅう行ってるみたいだからさ。
別に行ってくれば良いよ。好きなところに。
「え、良いの?集会行っても…」
「良いよ。この際、もう好きなところに行けば良い」
「…そっか。それは助かるよ…。この間集会で、来年の役員に選ばれたばっかりだから」
猫の社会に、役員なんてあんの?
世知辛っ…。
「何処行っても良いから…そのときはちゃんと、行ってきますって俺達に言ってから行って来い」
そのときは俺も、行ってらっしゃいって見送るから。
「そして必ず、ただいまと言って帰ってこい」
それが、出掛けても良い条件だ。
この場所がマシュリの居場所で、家で、帰ってくる場所なんだからな。
――――――…ただいまと言って帰ってこい、か。
そんなこと…初めて言われた。
天下の何処にも、僕の居場所なんて…帰る場所なんて、ないと思ってたのに。
ずっと自分の居て良い場所を探して、冥界や現世を彷徨い続けてきた。
何処に行っても、気持ち悪い、バケモノと石を投げられ。
『半端者』と呼ばれて、どんな種族からも迫害された。
ようやく手に入れた大切な人も、この手で引き裂いてしまった。
こんなどうしようもない存在に、居場所なんて出来るはずがないと思っていたのに。
…今はこうして、「ちゃんと帰ってこい」って怒られてる。
「勝手に居なくなられたら、探しに行くのが大変なんだからな」
「…」
何度僕が勝手に出ていこうと、帰ってくるまで待っていてくれる。
それどころか、僕を見つけるまで探しに来てくれる。
アーリヤット皇国の『HOME』のように、僕の力を利用するんじゃなくて。
ただ、僕というどうしようもない存在を、必要としてくれた。
僕のありのままの姿を受け入れ、共に同じ罪を背負い、共に生きると誓ってくれた。
これが…家。
僕がずっと欲しかった、帰るべき場所。
…この居心地の良い場所を、今度こそ僕は守ってみせる。
バケモノ、『半端者』と呼ばれたこの姿で。
心の中でそう誓って、僕は初めて。
自分の異形の姿が、少し誇らしく思えた。
…スクルト、君には見えていたんだろうか。
僕が生きる…この明るく、美しい未来が。
もう、自ら命を捨てるような真似はしない。
この罪の姿でも、異形のバケモノでも…守ってもらった命を、粗末にはしたくない。
守ってみせる。全て。
初めて出来た仲間達も、居場所も。
そして、君が守ってくれた未来を。
END
ここからあとがきです。宜しくお願いします。
神殺しのクロノスタシスⅤ、後編、終了です。
後編っつーか、ほぼⅥだな。
当初の予定では、前編の方をクロノスタシスⅤとして普通に投稿する予定だったんですが。
どうも話のキリが悪くて、前編後編に分けてみたんですが…。
あまり意味がなかったような気がするぞ。
何だかんだ、まだ話のキリ悪いですしね。
え?じゃあ何でキリの良いところまで書かないのかって?
そんなことしたら、あなた…。前・中・後編の三部作になってしまうじゃないですか。
今、それもアリかもしれないと思ってしまった自分がいる。
まぁ、そういう細かいところは未来の自分に任せますよ。
とにかく今の私、何も考えずに一心不乱に書きたいこと書いてるだけなんで。
その後のことは何も考えてないんです。本能で執筆するな。
そもそも本当はですね、クロノスタシスを書く予定はなかったんです。
あれは確か、お正月にエロマフィア第7段を投稿した直後のこと。
次は新作のオリジナル作品を書く予定で、話の案を色々考えたりまとめたりしてたんですけど。
そのとき頭の中に、こう…シルナが現れたんですよね。
ルレイアの、「ちょっと通りますよー」みたいなノリで。
シルナがチョコケーキ持って、「一緒に食べない?」みたいなノリで話しかけてきてんですよ。
あんな美味しそうなチョコケーキを持ってこられたら、そりゃあクロノスタシス書かずにはいられないでしょう?
…と、いうのはまぁ比喩でして。
要するに、クロノスタシスのネタが思いついたから、ネタが新鮮なうちに書いてしまおうと思った訳ですね。
そこで出てきたのが、マシュリなんですが…。
今回のクロノスタシスⅤ後編は、ほぼマシュリの話です。
ちなみに私、一心不乱でただ書きまくっていたから、全く確認してないんですけど。
今、これ何ページなんですかね。
…うん。意外と短いじゃん、ってことにしよう。
多分300ページくらいだろう。体感それくらいだから、きっとそう。
さて、それじゃあ前置きがだいぶ長くなってきましたが。
そろそろ、登場人物の紹介をしようかな。
登場人物の紹介って言っても…もう紹介することが何もないんで。
今作から登場した新キャラ、皆大好き猫ちゃんのマシュリだけ解説しますね。
えー、じゃあマシュリの解説…って言っても。
猫です。灰色の猫です。可愛いだろ?
実は、人間とケルベロスのキメラです。
更に更に、神竜バハムートとかいう、中二病全開な設定もある。
当初は人間とケルベロスのキメラというところまでで、神竜の血を引いているという設定は後付けで考えました。
と言っても、ストーリー中盤くらいで既に決めてましたけど。
何で竜なのかって?
…なんか格好良くないですか?竜…。
クロノスタシスシリーズは、中二病全開のファンタジーとして書いてるんで、設定もりもりにしても良いかなーって思って。
ついでに言うと、最初にマシュリが人間と魔物のキメラである、という設定を決めるとき。
結構悩んだんですよ。三日くらい。
何のキメラにしようかなって。
候補は色々あったんです。
ケルベロスを始めとして、グリフォンとかヒュドラとか、ユニコーンとかマーナガルムとか。
ウロボロスとか、オルトロスもあったな…。
確か、一番最初の設定ではマーナガルムと人間のキメラだったような。
とにかく、いかにも格好良い伝説の生き物の名前をいくつも挙げて、あれでもないこれでもないと、ひたすら悩んでいた記憶があります。
マシュリが猫の姿に『変化』出来るという設定が先に決まってたので、やっぱり猫っぽい伝説の生き物にするべきかなと思って。
あれこれ悩んで、色々考えて、考え過ぎて段々頭が回らなくなってきたんで。
結局、ケルベロスに決まりました。
しかし、何でケルベロスにしたんだろうな…?
イラストを検索したとき、多分一番異形っぽいのがケルベロスだったんだと思う。
で、何でケルベロスなのに、犬じゃなくて猫に『変化』するのかという当然の質問に答えておきますね。
桜崎が猫派だからです。それ以外の理由はありません。
可愛くないですか?猫。
ウサギとハリネズミの次に好きですよ。猫。
ちなみに、マシュリは猫の姿のとき、「いろりちゃん」という名前をつけられていますが。
このいろりという名前、実は結構悩みました。
マシュリ・カティアという本名は、全然悩まなかったんですけどね。
最初はいろりちゃんじゃなくて、「ろまん」ちゃんでした。
大正浪漫とか、浪漫●行とかの「ろまん」です。
ですが、字面的に「いろり」の方が可愛いかなと思って。
結果、いろりちゃんになりました。
結構可愛いと思ってる。
桜崎は猫、飼ってないんですけど。
もし猫を飼うことがあったら、いろりちゃんって名前つけようかな。
さて、そんないろり…ならぬ、マシュリ。
可愛い名前に似合わず、非常にヘビーな経歴をお持ちです。
マシュリに限らず、クロノスタシスの登場人物は大体そうだけどな。
それを差し引いても、マシュリは重い。と思う。
生まれてからずっと、冥界でバケモノ扱いされて、追い出されるようにして現世にやって来て。
そこでもやっぱり居場所がなくて、宛もなく放浪し続けて。
ようやく出会った自分の恋人、初めて出来た自分の理解者…スクルトちゃんのことですが。
そのスクルトちゃんですら、自分の手で殺してしまったという。
これは酷い。泣きますよ。
クロノスタシスⅤ前編で、マシュリの対になるように登場したルディシアと比べたら、めちゃくちゃ重いですね。
しかしルディシアはあれだな。…消えたな。存在感が。
理由を一言で説明すると、何で登場させたのか自分でも疑問に思うほど、あの人は書きにくいからです。
決闘の代表団に入れるかどうかも悩むくらい、ルディシアは書きにくい。
ルディシアも一人称が「僕」で、マシュリと被るという理由で。
今作では、ルディシアの一人称は「俺」に統一されています。
まぁルディシアは、あれだよ。
珠蓮君みたいに、たまーにちょろっと出てくる枠にしよう。
レギュラーメンバーにはなれない。ごめんな。
さて、話がちょっとズレましたか。
マシュリは実に色んな生き物に『変化』可能で、マシュリの『変化』コレクションを開催してみたいと、一人で勝手に思っています。
とは言っても、姿形を取り繕ってるだけで、本当にその動物に変身出来る訳ではありません。
かなり高性能なコスプレしてるようなもんです。
従って、いろりの姿に『変化』はしても、本当に猫になっている訳ではありません。
それなのに、マシュリが猫缶とかちゅちゅ〜るとかに飛びついているのは…。
…多分、マシュリの趣味だな。
マシュリにとって猫の姿になることは特別なんです。
スクルトちゃんとの思い出だからな。
猫の他にも、色々な姿に『変化』可能です。
ただ本人が言っているように、猫より小さい生き物にはなれません。
翼のある生き物も苦手です。神竜は別だけど。
ユニコーン、一反木綿、のっぺらぼう、ぬりかべetc.色々なれます。
なんか妖怪に偏ってるような気がしますが、それは気の所為です。
他にも色々な生き物に『変化』出来るので、これから披露するのが楽しみですね。
果たしてこれから、マシュリがどのような生き物に『変化』するのか…。乞うご期待。
って、特に期待されてない気もしますが、それも気の所為です。
マシュリはルディシアの百倍は書きやすいんで、多分今後もガッツリ出てくると思いますよ。
それにしても、神様にイーニシュフェルトの里に、ヴァルシーナちゃんに。
ジャマ王国に、アーリヤット皇国と、今度は神竜族か…。
改めて考えてみると、シルナ達って本当、敵が多いよなぁ。
敵が多い分、味方も多いんで何とかなってますけど。
しかも、今回のアーリヤット皇国との対決、まだ終わってないですから。
決闘が終わったというだけで、完全に和解した訳ではありません。
決闘のその後について、次回作のクロノスタシスで描くことになりそうですね。
いやはや恐ろしい。何が恐ろしいって、広げた風呂敷を畳むのが大変。
でも、書いてて飽きないんですよね、クロノスタシスは。
むしろ、次々と書きたいことが浮かんでくる。まるで全盛期のエロマフィアのようだ。
とはいえ、次はちょっと間を開けて。
書きそびれてた、オリジナル作品を先に書こうかなと思います。
その前に、長いこと投稿しそびれてる新作を投稿するのが先だな。
書きたいことを書きたいだけ書いて、書いた後長らく放置してしまうせいで、公開予定作品が溜まっていく一方です。
桜崎の悪い癖だな。
ともあれ、定期的に何かしら作品を投稿しに出没してるので、つかず離れず、たまーに思い出して様子を見に来てくだされば。
桜崎にとって、これ以上の喜びはありません。
そんな優しい読者様とは、一緒にチョコケーキ食べながら語り合いたい気分だな。
どのキャラが好き?とか。どんなキャラが流行りなの?とか。
私、流行りのアニメとか漫画とか全然読まない人間なんで。巷で今何が流行ってるのか知らないんですよ。
流行に置いていかれてる系作者、桜崎です。
そんな桜崎の次回作ですが、さっきオリジナル作品を書くって言いましたね。
今のところその予定なんですが、毎度のことながら、挫折したらやっぱりクロノスタシスの続きになりそう。
あ、それとこの後、節分のときに思いついたジュリスとベリクリーデの短編がちょろっとあります。
気が向いたら、お口直しに読んでいってください。
相変わらず私、ジュリスとベリクリーデが好きなんですよね。
あまりにもこのカップルが好きなんで、次回作のオリジナル作品も、この二人をオマージュした作品になる…予定です。
挫折してなかったら、そのときまた会いましょう。
それでは、また会う日までさようなら。
何だかいつもと違う挨拶ですが、たまには良いかなーって。
――――――…それは、2月のある日のこと。
「ねぇねぇ、ジュリス。節分って知ってる?」
唐突に、ベリクリーデがそんな質問をしてきた。
…節分だと?
「明日ってね、節分の日なんだよ」
と、何故かドヤ顔で教えてくれるベリクリーデ。
「いや…別に、知ってるけど…」
何でドヤ顔なんだ?
俺が知らないとでも思ったのか?
知識でお前に負けるようなことがあったら、俺は恥ずかしさのあまり、日の下を歩けないよ。
「お前こそ、節分って何する日か知ってるのか?」
「勿論。知ってるよ」
えへん、と胸を張って答えるベリクリーデ。
ふーん…。知ってる、ねぇ…。
えらく自信満々のようだが、俺は額面通りには受け取らないからな。
今まで何度、自信満々ベリクリーデの間違った知識に騙されてきたか。
こいつの頭の中の常識は、一般人のそれとは大きく異なっていることを忘れてはいけない。
「じゃあ、何をする日なのか言ってみろ」
「…何で尋問っぽいの?」
「良いから、言ってみろって」
ちゃんとベリクリーデの口から聞いて、お前が間違っているか否か判断してやるから。
するとベリクリーデは、相変わらずえへん、と胸を張って答えた。
「豆とイワシを挟んだ恵方巻きを、自分の歳の数だけ作って、それを鬼に食べさせて鬼退治する日なんだよ」
「うっ…。…うーん…?」
なんつーか、その…。
…ベリクリーデなりに、節分を理解しようとしている、その努力は感じる。
案の定全然分かってないんだけど、節分のこと言ってるんだろうな、って理解させてくれるところが凄い。
器用なんだか、不器用なんだか…。
…とりあえず。
「…あのな、ベリクリーデ。なんか違うぞ」
「え?」
「豆とか恵方巻きとか、出てくるキーワードは間違ってないんだけどな…」
それらのキーワードが、上手く繋がってないって言うか…。
…間違ってんだよ。とにかく。
「鬼退治じゃないの?」
「いや、鬼退治は合ってるんだけど…。別に、恵方巻き食べさせて撃退する訳じゃないから」
「えっ?嫌がる鬼に、無理矢理歳の数だけの恵方巻きを、口の中に押し込むんじゃないの?」
それはそれで拷問だな。
豆を投げられるのも嫌だろうけど、無限恵方巻き地獄も最悪だ。
「ジュリスは歳がいっぱいあるから、その数だけ鬼に食べさせたら、何匹も撃退出来そうだね」
「まず、俺の歳の数だけ恵方巻きを作るのが無理だろ…」
何本になると思ってんだ?
ルーデュニア聖王国から、恵方巻きの材料が枯渇するわ。
違うんだ、ベリクリーデ。そうじゃないんだよ。
いや、あながち間違ってはいないのかもしれないけど…でも違うんだ。
えーと…何て説明してやるべきかな。
「鬼退治はするけど、やり方が間違ってる」
「えっ?」
「恵方巻きを無理矢理食わせるんじゃなくて、イワシと豆を使うんだよ」
豆とイワシは、何も恵方巻きの材料に使う訳じゃない。
あれは人間が食べるものだよ。
「何で豆なの?」
「昔の人は語呂合わせが好きでな、『魔を滅する』と書いて魔滅(まめ)と読ませて…」
「イワシは何で?」
「鬼が嫌がる匂いなんだってよ」
「ふーん…?じゃあ、やっぱりイワシを食べさせた方が撃退出来るんじゃない?だって嫌いな匂いなんでしょ?」
それはまぁ…そうなんだけど。
昔からそういうことになってるんだよ。伝統なの、伝統。
現代人の俺達には、それこそベリクリーデのように「何で?」と思うことはいっぱいあるけど。
昔の人はそうだったんだから、その伝統を大事にしてあげようぜ。
「それで、どうやって豆で鬼退治するの?」
「え?それは…投げるんだよ。豆撒き。鬼は外福は内、って叫びながら鬼に向かって豆を投げるんだ」
「どうしてそんなことするの?食べ物を投げたりしたら駄目なんだよ?」
「…」
ベリクリーデにしては非常に真っ当なことを言うもんだから、一瞬何も言い返せなくなった。
ベリクリーデの言うことの方が正しいなんて。
「イワシは?イワシも投げるの?」
「…イワシは投げないよ。吊るしておくんだよ、家の軒先とかに…」
「食べ物で遊んじゃいけないんだよ?」
「…うん…」
そうだな。お前が正しいな。
別に遊んでる訳じゃなくて、あれもそれなりの意味があってやってるんだけど…。
…食べ物を、食べる以外の用途で使うのは…確かに、罰当たりと言われても文句言えないかも。
それは昔の人に言ってやってくれ。
そう考えると、ベリクリーデが主張する「鬼退治」は、少なくとも食べ物を無駄にはしてないよな。
「そんな方法で鬼を退治するのか…。嫌だな」
嫌って言っても、それが伝統な訳だから…。
しかし、ベリクリーデは伝統なんてまるで無視をして、こう言った。
「それならもういっそ、鬼も一緒にいて良いから、一緒に恵方巻き食べようよ」
「…優しい世界だな…」
現代的で良いんじゃないの?
明日の節分で追い出された鬼がいたら、ベリクリーデのところに来いよ。
一緒に恵方巻き食べて、仲良く出来るかもしれないぞ。
「よし、それじゃあジュリス」
「…何だ?」
それはさておき、と言わんばかりに、くるりとこちらを向いて。
「恵方巻き作ろっか」
まるで以前から約束していたかのように、普通の顔してそう言った。
…何故?
俺は何も聞いてないし、何ならこれから溜まってた書類仕事を片付けるつもりだったのだが?
「恵方巻き食べたいなら、その辺で買ってこいよ」
この日になると、大抵どのスーパーでも売ってるだろ。恵方巻き。
しかし。
「やだ。自分で作りたい」
お前のその、何にでも自分から挑戦しようとする積極的なところは、評価に値するんだがな。
それで何故、そこにいつも、俺を巻き込むんだ?
自分一人でやっとけよ…と思ったが。
こいつに何かを一人でやらせたら、周囲への被害が半端じゃない。
どうせまたあれだよ。俺のもとに部下の一人が半泣きで駆けつけてきて。
「ジュリス隊長、ベリクリーデ隊長がご乱心を…!」とか言って、連れてこられるんだよ。
そして駆けつけてみたら、そこは既にベリクリーデによって、阿鼻叫喚の地獄絵図みたいになってて。
そんな状態のベリクリーデを助けるのも、惨状と化した部屋を片付けるのも、全部俺の役目なんだ。
毎回そのパターンじゃん。俺もう、あれ飽きたよ。
あんなのもう御免だから、ベリクリーデには是非とも大人しくしておいて欲しい。
何なら、俺が恵方巻き買ってくるから。
買ってくるだけで良いなら、いくらでも買ってきてやるから。
だから、どうか大人しくしておいて欲しい。
…と、思ったが。
「材料買ってきたんだよ、ほら。豆とイワシ」
やる気満々のベリクリーデは、既に材料を買い揃えていた。
あぁ、うん。結局巻き込まれるパターンな。
はいはい、分かったよ。畜生。
溜まった書類仕事を片付ける為に、今夜は徹夜確定だな。