神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

「被告人、ならぬ被告猫。判決を言い渡す」

下校時刻後の学院長室にて。

マシュリを床に座らせ(何故か体育座り)、俺は裁判官を務めていた。

横でシルナが、「あわわわわ…」とか呟いてるが、それはまぁ無視して。

神竜族の長に裁かれたり、俺に裁かれたり、今日だけでマシュリ、二回も判決受けてるな。

神竜族からは俺達が助け出したが、俺達から助け出してくれる人はいないから、潔く自分の罪を認めてもらうぞ。

キメラだとか、神竜族だとかいう罪はマシュリのものではない。

マシュリの罪はただ一つ。

俺達に何も言わず、勝手に自分で背負い込んで、俺達の前から居なくなることだ。

これは大罪だぞ。

今回という今回は、もう堪忍袋の緒が切れた。

よって、通りすがりの生徒を何人か捕まえて、この脱走猫いろりに対し、どのような罰を与えるべきか意見を求めてきた。

「生徒5人に、いろりのお仕置きについて聞いてみたところ…」

えー、まず一人目の生徒の返事は。

「え?罰?そんなの必要ないですよ。帰ってきてくれたんだから良いじゃないですか」

とのこと。

あっけらかんとしてんな。

帰ってきたんだから良いだろうとか、そういう問題じゃないと思うんだよ。

続いて、二人目の生徒は。

「罰なんか与えたら可哀想ですよ。猫なんだから、たまに脱走するくらい良いじゃないですか」

とのこと。

猫だから、脱走するくらい何でもないというご意見。

確かにそうなのかもしれないけど、この猫、実は中身猫じゃないから。

更に、二人目の生徒の隣にいたお友達、三人目の生徒は。

「そうそう。帰ってきたのに罰なんか与えたら、もう帰ってこなくなりますよ」

とのこと。

帰ってこなくなったら困るな。確かに。

そして、四人目の生徒は。

「えっ、いろりちゃんに罰?可哀想ですよそんなの!」

とのこと。

ストレートにドン引きされた。

動物虐待だと思われてるのか。それは心外だ。

最後に、五人目の生徒は。

「脱走したことに罰を与えるんじゃなくて、帰ってきたことに対してご褒美を与えては?」

とのこと。

成程、その発想はなかった。

頭良いね君。

よって、以上五人の意見を総合し、いろり…ならぬ、マシュリの処罰を決めた。

「…帰ってきたことを褒めろって言われたから、高級カリカリ買ってきてやったよ」

罰を与えるつもりだったのに、これじゃご褒美じゃん。

うちの学院の生徒が、揃って皆優しくて良かったな。
こうして。

マシュリは結局、誰にも何にも罰せられることはなく。

「かりかり。もぐもぐ。かりかり…」

「…」

一心不乱に、高級カリカリを摘んでいた。

美味いの?それ…。

チョコ摘んでるときのシルナみたいだから、多分美味しいんだろう。

それは良いけど、マシュリの姿でカリカリ食うなよ。

ちゃんといろりの姿、猫の姿で食べてくれ。

この絵面だけ見たら、一心不乱に猫用カリカリを貪ってるクレイジーな人間にしか見えない。

…まぁ、良いか。

生徒も言ってたけど、ちゃんと帰ってきたんだし。

あのまま神竜族の長に殺されて、二度と戻ってこなかったら。

今頃俺達、こんな呑気にはしていられなかった。

「良かった。マシュリ君、何も罰を受けずに済んで…」

目の前で拷問を見せられるんじゃないかと、ハラハラしていたのだろう。

シルナはホッとしたようにそう言って、安心してチョコレートを食べ始めた。

「今日はチョコとクルミたっぷりの、さっくさくチョコビスコッティだよ」

あ、そ。

嬉しそうで何より。

学院長室の中では、マシュリがカリカリをカリカリ言わせながら食べ。

シルナがビスコッティをカリカリ食べているという、異様なカリカリの光景が広がっていた。

シュール。

「羽久も食べよう、ビスコッティ。ほら」

「いや、俺は別に…」
 
「じゃあ、こっち食べる?美味しいよ、このカリカリ。仄かなマグロの香りが…」

「そっちはもっと要らねぇよ」 

それは猫用だよ。誰が食べるか。

それよりも。

生徒に罰を与えるなと言われたから、罰を与えるつもりはないけど。

でも、ちゃんと言っておくべきことがある。

「あのな、マシュリ。この際、もう…出ていくなとは言わないよ。散歩だろうと、猫の集会だろうと、行きたいところに行ってくれば良い」

お前は多分、本能的に一箇所に留まることを嫌うんだろうし。

猫の集会とか、しょっちゅう行ってるみたいだからさ。

別に行ってくれば良いよ。好きなところに。

「え、良いの?集会行っても…」

「良いよ。この際、もう好きなところに行けば良い」

「…そっか。それは助かるよ…。この間集会で、来年の役員に選ばれたばっかりだから」

猫の社会に、役員なんてあんの?

世知辛っ…。

「何処行っても良いから…そのときはちゃんと、行ってきますって俺達に言ってから行って来い」

そのときは俺も、行ってらっしゃいって見送るから。

「そして必ず、ただいまと言って帰ってこい」

それが、出掛けても良い条件だ。
 
この場所がマシュリの居場所で、家で、帰ってくる場所なんだからな。
――――――…ただいまと言って帰ってこい、か。

そんなこと…初めて言われた。

天下の何処にも、僕の居場所なんて…帰る場所なんて、ないと思ってたのに。

ずっと自分の居て良い場所を探して、冥界や現世を彷徨い続けてきた。

何処に行っても、気持ち悪い、バケモノと石を投げられ。

『半端者』と呼ばれて、どんな種族からも迫害された。

ようやく手に入れた大切な人も、この手で引き裂いてしまった。

こんなどうしようもない存在に、居場所なんて出来るはずがないと思っていたのに。

…今はこうして、「ちゃんと帰ってこい」って怒られてる。

「勝手に居なくなられたら、探しに行くのが大変なんだからな」

「…」

何度僕が勝手に出ていこうと、帰ってくるまで待っていてくれる。

それどころか、僕を見つけるまで探しに来てくれる。

アーリヤット皇国の『HOME』のように、僕の力を利用するんじゃなくて。

ただ、僕というどうしようもない存在を、必要としてくれた。

僕のありのままの姿を受け入れ、共に同じ罪を背負い、共に生きると誓ってくれた。

これが…家。

僕がずっと欲しかった、帰るべき場所。

…この居心地の良い場所を、今度こそ僕は守ってみせる。

バケモノ、『半端者』と呼ばれたこの姿で。

心の中でそう誓って、僕は初めて。

自分の異形の姿が、少し誇らしく思えた。

…スクルト、君には見えていたんだろうか。

僕が生きる…この明るく、美しい未来が。
もう、自ら命を捨てるような真似はしない。

この罪の姿でも、異形のバケモノでも…守ってもらった命を、粗末にはしたくない。

守ってみせる。全て。

初めて出来た仲間達も、居場所も。





そして、君が守ってくれた未来を。

























END

ここからあとがきです。宜しくお願いします。

神殺しのクロノスタシスⅤ、後編、終了です。

後編っつーか、ほぼⅥだな。

当初の予定では、前編の方をクロノスタシスⅤとして普通に投稿する予定だったんですが。

どうも話のキリが悪くて、前編後編に分けてみたんですが…。

あまり意味がなかったような気がするぞ。

何だかんだ、まだ話のキリ悪いですしね。

え?じゃあ何でキリの良いところまで書かないのかって?

そんなことしたら、あなた…。前・中・後編の三部作になってしまうじゃないですか。

今、それもアリかもしれないと思ってしまった自分がいる。

まぁ、そういう細かいところは未来の自分に任せますよ。

とにかく今の私、何も考えずに一心不乱に書きたいこと書いてるだけなんで。

その後のことは何も考えてないんです。本能で執筆するな。

そもそも本当はですね、クロノスタシスを書く予定はなかったんです。

あれは確か、お正月にエロマフィア第7段を投稿した直後のこと。

次は新作のオリジナル作品を書く予定で、話の案を色々考えたりまとめたりしてたんですけど。

そのとき頭の中に、こう…シルナが現れたんですよね。

ルレイアの、「ちょっと通りますよー」みたいなノリで。

シルナがチョコケーキ持って、「一緒に食べない?」みたいなノリで話しかけてきてんですよ。

あんな美味しそうなチョコケーキを持ってこられたら、そりゃあクロノスタシス書かずにはいられないでしょう?

…と、いうのはまぁ比喩でして。

要するに、クロノスタシスのネタが思いついたから、ネタが新鮮なうちに書いてしまおうと思った訳ですね。

そこで出てきたのが、マシュリなんですが…。

今回のクロノスタシスⅤ後編は、ほぼマシュリの話です。

ちなみに私、一心不乱でただ書きまくっていたから、全く確認してないんですけど。

今、これ何ページなんですかね。

…うん。意外と短いじゃん、ってことにしよう。

多分300ページくらいだろう。体感それくらいだから、きっとそう。

さて、それじゃあ前置きがだいぶ長くなってきましたが。

そろそろ、登場人物の紹介をしようかな。

登場人物の紹介って言っても…もう紹介することが何もないんで。

今作から登場した新キャラ、皆大好き猫ちゃんのマシュリだけ解説しますね。

えー、じゃあマシュリの解説…って言っても。

猫です。灰色の猫です。可愛いだろ?

実は、人間とケルベロスのキメラです。

更に更に、神竜バハムートとかいう、中二病全開な設定もある。

当初は人間とケルベロスのキメラというところまでで、神竜の血を引いているという設定は後付けで考えました。

と言っても、ストーリー中盤くらいで既に決めてましたけど。

何で竜なのかって?

…なんか格好良くないですか?竜…。

クロノスタシスシリーズは、中二病全開のファンタジーとして書いてるんで、設定もりもりにしても良いかなーって思って。

ついでに言うと、最初にマシュリが人間と魔物のキメラである、という設定を決めるとき。

結構悩んだんですよ。三日くらい。

何のキメラにしようかなって。

候補は色々あったんです。

ケルベロスを始めとして、グリフォンとかヒュドラとか、ユニコーンとかマーナガルムとか。

ウロボロスとか、オルトロスもあったな…。

確か、一番最初の設定ではマーナガルムと人間のキメラだったような。

とにかく、いかにも格好良い伝説の生き物の名前をいくつも挙げて、あれでもないこれでもないと、ひたすら悩んでいた記憶があります。

マシュリが猫の姿に『変化』出来るという設定が先に決まってたので、やっぱり猫っぽい伝説の生き物にするべきかなと思って。

あれこれ悩んで、色々考えて、考え過ぎて段々頭が回らなくなってきたんで。

結局、ケルベロスに決まりました。

しかし、何でケルベロスにしたんだろうな…?

イラストを検索したとき、多分一番異形っぽいのがケルベロスだったんだと思う。

で、何でケルベロスなのに、犬じゃなくて猫に『変化』するのかという当然の質問に答えておきますね。

桜崎が猫派だからです。それ以外の理由はありません。

可愛くないですか?猫。

ウサギとハリネズミの次に好きですよ。猫。

ちなみに、マシュリは猫の姿のとき、「いろりちゃん」という名前をつけられていますが。

このいろりという名前、実は結構悩みました。

マシュリ・カティアという本名は、全然悩まなかったんですけどね。

最初はいろりちゃんじゃなくて、「ろまん」ちゃんでした。

大正浪漫とか、浪漫●行とかの「ろまん」です。

ですが、字面的に「いろり」の方が可愛いかなと思って。

結果、いろりちゃんになりました。

結構可愛いと思ってる。

桜崎は猫、飼ってないんですけど。

もし猫を飼うことがあったら、いろりちゃんって名前つけようかな。

さて、そんないろり…ならぬ、マシュリ。

可愛い名前に似合わず、非常にヘビーな経歴をお持ちです。

マシュリに限らず、クロノスタシスの登場人物は大体そうだけどな。

それを差し引いても、マシュリは重い。と思う。

生まれてからずっと、冥界でバケモノ扱いされて、追い出されるようにして現世にやって来て。

そこでもやっぱり居場所がなくて、宛もなく放浪し続けて。

ようやく出会った自分の恋人、初めて出来た自分の理解者…スクルトちゃんのことですが。

そのスクルトちゃんですら、自分の手で殺してしまったという。

これは酷い。泣きますよ。

クロノスタシスⅤ前編で、マシュリの対になるように登場したルディシアと比べたら、めちゃくちゃ重いですね。

しかしルディシアはあれだな。…消えたな。存在感が。

理由を一言で説明すると、何で登場させたのか自分でも疑問に思うほど、あの人は書きにくいからです。

決闘の代表団に入れるかどうかも悩むくらい、ルディシアは書きにくい。

ルディシアも一人称が「僕」で、マシュリと被るという理由で。

今作では、ルディシアの一人称は「俺」に統一されています。

まぁルディシアは、あれだよ。

珠蓮君みたいに、たまーにちょろっと出てくる枠にしよう。

レギュラーメンバーにはなれない。ごめんな。
さて、話がちょっとズレましたか。

マシュリは実に色んな生き物に『変化』可能で、マシュリの『変化』コレクションを開催してみたいと、一人で勝手に思っています。

とは言っても、姿形を取り繕ってるだけで、本当にその動物に変身出来る訳ではありません。

かなり高性能なコスプレしてるようなもんです。

従って、いろりの姿に『変化』はしても、本当に猫になっている訳ではありません。

それなのに、マシュリが猫缶とかちゅちゅ〜るとかに飛びついているのは…。

…多分、マシュリの趣味だな。

マシュリにとって猫の姿になることは特別なんです。

スクルトちゃんとの思い出だからな。

猫の他にも、色々な姿に『変化』可能です。

ただ本人が言っているように、猫より小さい生き物にはなれません。

翼のある生き物も苦手です。神竜は別だけど。

ユニコーン、一反木綿、のっぺらぼう、ぬりかべetc.色々なれます。
 
なんか妖怪に偏ってるような気がしますが、それは気の所為です。

他にも色々な生き物に『変化』出来るので、これから披露するのが楽しみですね。

果たしてこれから、マシュリがどのような生き物に『変化』するのか…。乞うご期待。

って、特に期待されてない気もしますが、それも気の所為です。

マシュリはルディシアの百倍は書きやすいんで、多分今後もガッツリ出てくると思いますよ。

それにしても、神様にイーニシュフェルトの里に、ヴァルシーナちゃんに。

ジャマ王国に、アーリヤット皇国と、今度は神竜族か…。

改めて考えてみると、シルナ達って本当、敵が多いよなぁ。

敵が多い分、味方も多いんで何とかなってますけど。

しかも、今回のアーリヤット皇国との対決、まだ終わってないですから。

決闘が終わったというだけで、完全に和解した訳ではありません。

決闘のその後について、次回作のクロノスタシスで描くことになりそうですね。

いやはや恐ろしい。何が恐ろしいって、広げた風呂敷を畳むのが大変。

でも、書いてて飽きないんですよね、クロノスタシスは。

むしろ、次々と書きたいことが浮かんでくる。まるで全盛期のエロマフィアのようだ。

とはいえ、次はちょっと間を開けて。

書きそびれてた、オリジナル作品を先に書こうかなと思います。

その前に、長いこと投稿しそびれてる新作を投稿するのが先だな。

書きたいことを書きたいだけ書いて、書いた後長らく放置してしまうせいで、公開予定作品が溜まっていく一方です。

桜崎の悪い癖だな。

ともあれ、定期的に何かしら作品を投稿しに出没してるので、つかず離れず、たまーに思い出して様子を見に来てくだされば。

桜崎にとって、これ以上の喜びはありません。

そんな優しい読者様とは、一緒にチョコケーキ食べながら語り合いたい気分だな。

どのキャラが好き?とか。どんなキャラが流行りなの?とか。

私、流行りのアニメとか漫画とか全然読まない人間なんで。巷で今何が流行ってるのか知らないんですよ。

流行に置いていかれてる系作者、桜崎です。

そんな桜崎の次回作ですが、さっきオリジナル作品を書くって言いましたね。

今のところその予定なんですが、毎度のことながら、挫折したらやっぱりクロノスタシスの続きになりそう。

あ、それとこの後、節分のときに思いついたジュリスとベリクリーデの短編がちょろっとあります。

気が向いたら、お口直しに読んでいってください。

相変わらず私、ジュリスとベリクリーデが好きなんですよね。

あまりにもこのカップルが好きなんで、次回作のオリジナル作品も、この二人をオマージュした作品になる…予定です。

挫折してなかったら、そのときまた会いましょう。

それでは、また会う日までさようなら。

何だかいつもと違う挨拶ですが、たまには良いかなーって。
――――――…それは、2月のある日のこと。







「ねぇねぇ、ジュリス。節分って知ってる?」

唐突に、ベリクリーデがそんな質問をしてきた。





…節分だと?

「明日ってね、節分の日なんだよ」

と、何故かドヤ顔で教えてくれるベリクリーデ。

「いや…別に、知ってるけど…」

何でドヤ顔なんだ?

俺が知らないとでも思ったのか?

知識でお前に負けるようなことがあったら、俺は恥ずかしさのあまり、日の下を歩けないよ。

「お前こそ、節分って何する日か知ってるのか?」

「勿論。知ってるよ」

えへん、と胸を張って答えるベリクリーデ。

ふーん…。知ってる、ねぇ…。

えらく自信満々のようだが、俺は額面通りには受け取らないからな。

今まで何度、自信満々ベリクリーデの間違った知識に騙されてきたか。

こいつの頭の中の常識は、一般人のそれとは大きく異なっていることを忘れてはいけない。

「じゃあ、何をする日なのか言ってみろ」

「…何で尋問っぽいの?」

「良いから、言ってみろって」

ちゃんとベリクリーデの口から聞いて、お前が間違っているか否か判断してやるから。

するとベリクリーデは、相変わらずえへん、と胸を張って答えた。

「豆とイワシを挟んだ恵方巻きを、自分の歳の数だけ作って、それを鬼に食べさせて鬼退治する日なんだよ」

「うっ…。…うーん…?」

なんつーか、その…。

…ベリクリーデなりに、節分を理解しようとしている、その努力は感じる。

案の定全然分かってないんだけど、節分のこと言ってるんだろうな、って理解させてくれるところが凄い。

器用なんだか、不器用なんだか…。

…とりあえず。

「…あのな、ベリクリーデ。なんか違うぞ」

「え?」

「豆とか恵方巻きとか、出てくるキーワードは間違ってないんだけどな…」

それらのキーワードが、上手く繋がってないって言うか…。

…間違ってんだよ。とにかく。

「鬼退治じゃないの?」

「いや、鬼退治は合ってるんだけど…。別に、恵方巻き食べさせて撃退する訳じゃないから」

「えっ?嫌がる鬼に、無理矢理歳の数だけの恵方巻きを、口の中に押し込むんじゃないの?」

それはそれで拷問だな。

豆を投げられるのも嫌だろうけど、無限恵方巻き地獄も最悪だ。

「ジュリスは歳がいっぱいあるから、その数だけ鬼に食べさせたら、何匹も撃退出来そうだね」

「まず、俺の歳の数だけ恵方巻きを作るのが無理だろ…」

何本になると思ってんだ?

ルーデュニア聖王国から、恵方巻きの材料が枯渇するわ。

違うんだ、ベリクリーデ。そうじゃないんだよ。

いや、あながち間違ってはいないのかもしれないけど…でも違うんだ。
えーと…何て説明してやるべきかな。

「鬼退治はするけど、やり方が間違ってる」

「えっ?」

「恵方巻きを無理矢理食わせるんじゃなくて、イワシと豆を使うんだよ」

豆とイワシは、何も恵方巻きの材料に使う訳じゃない。

あれは人間が食べるものだよ。

「何で豆なの?」

「昔の人は語呂合わせが好きでな、『魔を滅する』と書いて魔滅(まめ)と読ませて…」

「イワシは何で?」

「鬼が嫌がる匂いなんだってよ」

「ふーん…?じゃあ、やっぱりイワシを食べさせた方が撃退出来るんじゃない?だって嫌いな匂いなんでしょ?」

それはまぁ…そうなんだけど。

昔からそういうことになってるんだよ。伝統なの、伝統。

現代人の俺達には、それこそベリクリーデのように「何で?」と思うことはいっぱいあるけど。

昔の人はそうだったんだから、その伝統を大事にしてあげようぜ。

「それで、どうやって豆で鬼退治するの?」

「え?それは…投げるんだよ。豆撒き。鬼は外福は内、って叫びながら鬼に向かって豆を投げるんだ」

「どうしてそんなことするの?食べ物を投げたりしたら駄目なんだよ?」

「…」

ベリクリーデにしては非常に真っ当なことを言うもんだから、一瞬何も言い返せなくなった。

ベリクリーデの言うことの方が正しいなんて。

「イワシは?イワシも投げるの?」

「…イワシは投げないよ。吊るしておくんだよ、家の軒先とかに…」

「食べ物で遊んじゃいけないんだよ?」

「…うん…」

そうだな。お前が正しいな。

別に遊んでる訳じゃなくて、あれもそれなりの意味があってやってるんだけど…。

…食べ物を、食べる以外の用途で使うのは…確かに、罰当たりと言われても文句言えないかも。

それは昔の人に言ってやってくれ。

そう考えると、ベリクリーデが主張する「鬼退治」は、少なくとも食べ物を無駄にはしてないよな。

「そんな方法で鬼を退治するのか…。嫌だな」

嫌って言っても、それが伝統な訳だから…。

しかし、ベリクリーデは伝統なんてまるで無視をして、こう言った。

「それならもういっそ、鬼も一緒にいて良いから、一緒に恵方巻き食べようよ」

「…優しい世界だな…」

現代的で良いんじゃないの?

明日の節分で追い出された鬼がいたら、ベリクリーデのところに来いよ。

一緒に恵方巻き食べて、仲良く出来るかもしれないぞ。