「被告人、ならぬ被告猫。判決を言い渡す」
下校時刻後の学院長室にて。
マシュリを床に座らせ(何故か体育座り)、俺は裁判官を務めていた。
横でシルナが、「あわわわわ…」とか呟いてるが、それはまぁ無視して。
神竜族の長に裁かれたり、俺に裁かれたり、今日だけでマシュリ、二回も判決受けてるな。
神竜族からは俺達が助け出したが、俺達から助け出してくれる人はいないから、潔く自分の罪を認めてもらうぞ。
キメラだとか、神竜族だとかいう罪はマシュリのものではない。
マシュリの罪はただ一つ。
俺達に何も言わず、勝手に自分で背負い込んで、俺達の前から居なくなることだ。
これは大罪だぞ。
今回という今回は、もう堪忍袋の緒が切れた。
よって、通りすがりの生徒を何人か捕まえて、この脱走猫いろりに対し、どのような罰を与えるべきか意見を求めてきた。
「生徒5人に、いろりのお仕置きについて聞いてみたところ…」
えー、まず一人目の生徒の返事は。
「え?罰?そんなの必要ないですよ。帰ってきてくれたんだから良いじゃないですか」
とのこと。
あっけらかんとしてんな。
帰ってきたんだから良いだろうとか、そういう問題じゃないと思うんだよ。
続いて、二人目の生徒は。
「罰なんか与えたら可哀想ですよ。猫なんだから、たまに脱走するくらい良いじゃないですか」
とのこと。
猫だから、脱走するくらい何でもないというご意見。
確かにそうなのかもしれないけど、この猫、実は中身猫じゃないから。
更に、二人目の生徒の隣にいたお友達、三人目の生徒は。
「そうそう。帰ってきたのに罰なんか与えたら、もう帰ってこなくなりますよ」
とのこと。
帰ってこなくなったら困るな。確かに。
そして、四人目の生徒は。
「えっ、いろりちゃんに罰?可哀想ですよそんなの!」
とのこと。
ストレートにドン引きされた。
動物虐待だと思われてるのか。それは心外だ。
最後に、五人目の生徒は。
「脱走したことに罰を与えるんじゃなくて、帰ってきたことに対してご褒美を与えては?」
とのこと。
成程、その発想はなかった。
頭良いね君。
よって、以上五人の意見を総合し、いろり…ならぬ、マシュリの処罰を決めた。
「…帰ってきたことを褒めろって言われたから、高級カリカリ買ってきてやったよ」
罰を与えるつもりだったのに、これじゃご褒美じゃん。
うちの学院の生徒が、揃って皆優しくて良かったな。
こうして。
マシュリは結局、誰にも何にも罰せられることはなく。
「かりかり。もぐもぐ。かりかり…」
「…」
一心不乱に、高級カリカリを摘んでいた。
美味いの?それ…。
チョコ摘んでるときのシルナみたいだから、多分美味しいんだろう。
それは良いけど、マシュリの姿でカリカリ食うなよ。
ちゃんといろりの姿、猫の姿で食べてくれ。
この絵面だけ見たら、一心不乱に猫用カリカリを貪ってるクレイジーな人間にしか見えない。
…まぁ、良いか。
生徒も言ってたけど、ちゃんと帰ってきたんだし。
あのまま神竜族の長に殺されて、二度と戻ってこなかったら。
今頃俺達、こんな呑気にはしていられなかった。
「良かった。マシュリ君、何も罰を受けずに済んで…」
目の前で拷問を見せられるんじゃないかと、ハラハラしていたのだろう。
シルナはホッとしたようにそう言って、安心してチョコレートを食べ始めた。
「今日はチョコとクルミたっぷりの、さっくさくチョコビスコッティだよ」
あ、そ。
嬉しそうで何より。
学院長室の中では、マシュリがカリカリをカリカリ言わせながら食べ。
シルナがビスコッティをカリカリ食べているという、異様なカリカリの光景が広がっていた。
シュール。
「羽久も食べよう、ビスコッティ。ほら」
「いや、俺は別に…」
「じゃあ、こっち食べる?美味しいよ、このカリカリ。仄かなマグロの香りが…」
「そっちはもっと要らねぇよ」
それは猫用だよ。誰が食べるか。
それよりも。
生徒に罰を与えるなと言われたから、罰を与えるつもりはないけど。
でも、ちゃんと言っておくべきことがある。
「あのな、マシュリ。この際、もう…出ていくなとは言わないよ。散歩だろうと、猫の集会だろうと、行きたいところに行ってくれば良い」
お前は多分、本能的に一箇所に留まることを嫌うんだろうし。
猫の集会とか、しょっちゅう行ってるみたいだからさ。
別に行ってくれば良いよ。好きなところに。
「え、良いの?集会行っても…」
「良いよ。この際、もう好きなところに行けば良い」
「…そっか。それは助かるよ…。この間集会で、来年の役員に選ばれたばっかりだから」
猫の社会に、役員なんてあんの?
世知辛っ…。
「何処行っても良いから…そのときはちゃんと、行ってきますって俺達に言ってから行って来い」
そのときは俺も、行ってらっしゃいって見送るから。
「そして必ず、ただいまと言って帰ってこい」
それが、出掛けても良い条件だ。
この場所がマシュリの居場所で、家で、帰ってくる場所なんだからな。
――――――…ただいまと言って帰ってこい、か。
そんなこと…初めて言われた。
天下の何処にも、僕の居場所なんて…帰る場所なんて、ないと思ってたのに。
ずっと自分の居て良い場所を探して、冥界や現世を彷徨い続けてきた。
何処に行っても、気持ち悪い、バケモノと石を投げられ。
『半端者』と呼ばれて、どんな種族からも迫害された。
ようやく手に入れた大切な人も、この手で引き裂いてしまった。
こんなどうしようもない存在に、居場所なんて出来るはずがないと思っていたのに。
…今はこうして、「ちゃんと帰ってこい」って怒られてる。
「勝手に居なくなられたら、探しに行くのが大変なんだからな」
「…」
何度僕が勝手に出ていこうと、帰ってくるまで待っていてくれる。
それどころか、僕を見つけるまで探しに来てくれる。
アーリヤット皇国の『HOME』のように、僕の力を利用するんじゃなくて。
ただ、僕というどうしようもない存在を、必要としてくれた。
僕のありのままの姿を受け入れ、共に同じ罪を背負い、共に生きると誓ってくれた。
これが…家。
僕がずっと欲しかった、帰るべき場所。
…この居心地の良い場所を、今度こそ僕は守ってみせる。
バケモノ、『半端者』と呼ばれたこの姿で。
心の中でそう誓って、僕は初めて。
自分の異形の姿が、少し誇らしく思えた。
…スクルト、君には見えていたんだろうか。
僕が生きる…この明るく、美しい未来が。
もう、自ら命を捨てるような真似はしない。
この罪の姿でも、異形のバケモノでも…守ってもらった命を、粗末にはしたくない。
守ってみせる。全て。
初めて出来た仲間達も、居場所も。
そして、君が守ってくれた未来を。
END
ここからあとがきです。宜しくお願いします。
神殺しのクロノスタシスⅤ、後編、終了です。
後編っつーか、ほぼⅥだな。
当初の予定では、前編の方をクロノスタシスⅤとして普通に投稿する予定だったんですが。
どうも話のキリが悪くて、前編後編に分けてみたんですが…。
あまり意味がなかったような気がするぞ。
何だかんだ、まだ話のキリ悪いですしね。
え?じゃあ何でキリの良いところまで書かないのかって?
そんなことしたら、あなた…。前・中・後編の三部作になってしまうじゃないですか。
今、それもアリかもしれないと思ってしまった自分がいる。
まぁ、そういう細かいところは未来の自分に任せますよ。
とにかく今の私、何も考えずに一心不乱に書きたいこと書いてるだけなんで。
その後のことは何も考えてないんです。本能で執筆するな。
そもそも本当はですね、クロノスタシスを書く予定はなかったんです。
あれは確か、お正月にエロマフィア第7段を投稿した直後のこと。
次は新作のオリジナル作品を書く予定で、話の案を色々考えたりまとめたりしてたんですけど。
そのとき頭の中に、こう…シルナが現れたんですよね。
ルレイアの、「ちょっと通りますよー」みたいなノリで。
シルナがチョコケーキ持って、「一緒に食べない?」みたいなノリで話しかけてきてんですよ。
あんな美味しそうなチョコケーキを持ってこられたら、そりゃあクロノスタシス書かずにはいられないでしょう?
…と、いうのはまぁ比喩でして。
要するに、クロノスタシスのネタが思いついたから、ネタが新鮮なうちに書いてしまおうと思った訳ですね。
そこで出てきたのが、マシュリなんですが…。
今回のクロノスタシスⅤ後編は、ほぼマシュリの話です。
ちなみに私、一心不乱でただ書きまくっていたから、全く確認してないんですけど。
今、これ何ページなんですかね。
…うん。意外と短いじゃん、ってことにしよう。
多分300ページくらいだろう。体感それくらいだから、きっとそう。
さて、それじゃあ前置きがだいぶ長くなってきましたが。
そろそろ、登場人物の紹介をしようかな。
登場人物の紹介って言っても…もう紹介することが何もないんで。
今作から登場した新キャラ、皆大好き猫ちゃんのマシュリだけ解説しますね。
えー、じゃあマシュリの解説…って言っても。
猫です。灰色の猫です。可愛いだろ?
実は、人間とケルベロスのキメラです。
更に更に、神竜バハムートとかいう、中二病全開な設定もある。
当初は人間とケルベロスのキメラというところまでで、神竜の血を引いているという設定は後付けで考えました。
と言っても、ストーリー中盤くらいで既に決めてましたけど。
何で竜なのかって?
…なんか格好良くないですか?竜…。
クロノスタシスシリーズは、中二病全開のファンタジーとして書いてるんで、設定もりもりにしても良いかなーって思って。
ついでに言うと、最初にマシュリが人間と魔物のキメラである、という設定を決めるとき。
結構悩んだんですよ。三日くらい。
何のキメラにしようかなって。
候補は色々あったんです。
ケルベロスを始めとして、グリフォンとかヒュドラとか、ユニコーンとかマーナガルムとか。
ウロボロスとか、オルトロスもあったな…。
確か、一番最初の設定ではマーナガルムと人間のキメラだったような。
とにかく、いかにも格好良い伝説の生き物の名前をいくつも挙げて、あれでもないこれでもないと、ひたすら悩んでいた記憶があります。
マシュリが猫の姿に『変化』出来るという設定が先に決まってたので、やっぱり猫っぽい伝説の生き物にするべきかなと思って。
あれこれ悩んで、色々考えて、考え過ぎて段々頭が回らなくなってきたんで。
結局、ケルベロスに決まりました。
しかし、何でケルベロスにしたんだろうな…?
イラストを検索したとき、多分一番異形っぽいのがケルベロスだったんだと思う。
で、何でケルベロスなのに、犬じゃなくて猫に『変化』するのかという当然の質問に答えておきますね。
桜崎が猫派だからです。それ以外の理由はありません。
可愛くないですか?猫。
ウサギとハリネズミの次に好きですよ。猫。
ちなみに、マシュリは猫の姿のとき、「いろりちゃん」という名前をつけられていますが。
このいろりという名前、実は結構悩みました。
マシュリ・カティアという本名は、全然悩まなかったんですけどね。
最初はいろりちゃんじゃなくて、「ろまん」ちゃんでした。
大正浪漫とか、浪漫●行とかの「ろまん」です。
ですが、字面的に「いろり」の方が可愛いかなと思って。
結果、いろりちゃんになりました。
結構可愛いと思ってる。
桜崎は猫、飼ってないんですけど。
もし猫を飼うことがあったら、いろりちゃんって名前つけようかな。
さて、そんないろり…ならぬ、マシュリ。
可愛い名前に似合わず、非常にヘビーな経歴をお持ちです。
マシュリに限らず、クロノスタシスの登場人物は大体そうだけどな。
それを差し引いても、マシュリは重い。と思う。
生まれてからずっと、冥界でバケモノ扱いされて、追い出されるようにして現世にやって来て。
そこでもやっぱり居場所がなくて、宛もなく放浪し続けて。
ようやく出会った自分の恋人、初めて出来た自分の理解者…スクルトちゃんのことですが。
そのスクルトちゃんですら、自分の手で殺してしまったという。
これは酷い。泣きますよ。
クロノスタシスⅤ前編で、マシュリの対になるように登場したルディシアと比べたら、めちゃくちゃ重いですね。
しかしルディシアはあれだな。…消えたな。存在感が。
理由を一言で説明すると、何で登場させたのか自分でも疑問に思うほど、あの人は書きにくいからです。
決闘の代表団に入れるかどうかも悩むくらい、ルディシアは書きにくい。
ルディシアも一人称が「僕」で、マシュリと被るという理由で。
今作では、ルディシアの一人称は「俺」に統一されています。
まぁルディシアは、あれだよ。
珠蓮君みたいに、たまーにちょろっと出てくる枠にしよう。
レギュラーメンバーにはなれない。ごめんな。
さて、話がちょっとズレましたか。
マシュリは実に色んな生き物に『変化』可能で、マシュリの『変化』コレクションを開催してみたいと、一人で勝手に思っています。
とは言っても、姿形を取り繕ってるだけで、本当にその動物に変身出来る訳ではありません。
かなり高性能なコスプレしてるようなもんです。
従って、いろりの姿に『変化』はしても、本当に猫になっている訳ではありません。
それなのに、マシュリが猫缶とかちゅちゅ〜るとかに飛びついているのは…。
…多分、マシュリの趣味だな。
マシュリにとって猫の姿になることは特別なんです。
スクルトちゃんとの思い出だからな。
猫の他にも、色々な姿に『変化』可能です。
ただ本人が言っているように、猫より小さい生き物にはなれません。
翼のある生き物も苦手です。神竜は別だけど。
ユニコーン、一反木綿、のっぺらぼう、ぬりかべetc.色々なれます。
なんか妖怪に偏ってるような気がしますが、それは気の所為です。
他にも色々な生き物に『変化』出来るので、これから披露するのが楽しみですね。
果たしてこれから、マシュリがどのような生き物に『変化』するのか…。乞うご期待。
って、特に期待されてない気もしますが、それも気の所為です。
マシュリはルディシアの百倍は書きやすいんで、多分今後もガッツリ出てくると思いますよ。
それにしても、神様にイーニシュフェルトの里に、ヴァルシーナちゃんに。
ジャマ王国に、アーリヤット皇国と、今度は神竜族か…。
改めて考えてみると、シルナ達って本当、敵が多いよなぁ。
敵が多い分、味方も多いんで何とかなってますけど。
しかも、今回のアーリヤット皇国との対決、まだ終わってないですから。
決闘が終わったというだけで、完全に和解した訳ではありません。
決闘のその後について、次回作のクロノスタシスで描くことになりそうですね。
いやはや恐ろしい。何が恐ろしいって、広げた風呂敷を畳むのが大変。
でも、書いてて飽きないんですよね、クロノスタシスは。
むしろ、次々と書きたいことが浮かんでくる。まるで全盛期のエロマフィアのようだ。
とはいえ、次はちょっと間を開けて。
書きそびれてた、オリジナル作品を先に書こうかなと思います。
その前に、長いこと投稿しそびれてる新作を投稿するのが先だな。
書きたいことを書きたいだけ書いて、書いた後長らく放置してしまうせいで、公開予定作品が溜まっていく一方です。
桜崎の悪い癖だな。
ともあれ、定期的に何かしら作品を投稿しに出没してるので、つかず離れず、たまーに思い出して様子を見に来てくだされば。
桜崎にとって、これ以上の喜びはありません。
そんな優しい読者様とは、一緒にチョコケーキ食べながら語り合いたい気分だな。
どのキャラが好き?とか。どんなキャラが流行りなの?とか。
私、流行りのアニメとか漫画とか全然読まない人間なんで。巷で今何が流行ってるのか知らないんですよ。
流行に置いていかれてる系作者、桜崎です。
そんな桜崎の次回作ですが、さっきオリジナル作品を書くって言いましたね。
今のところその予定なんですが、毎度のことながら、挫折したらやっぱりクロノスタシスの続きになりそう。
あ、それとこの後、節分のときに思いついたジュリスとベリクリーデの短編がちょろっとあります。
気が向いたら、お口直しに読んでいってください。
相変わらず私、ジュリスとベリクリーデが好きなんですよね。
あまりにもこのカップルが好きなんで、次回作のオリジナル作品も、この二人をオマージュした作品になる…予定です。
挫折してなかったら、そのときまた会いましょう。
それでは、また会う日までさようなら。
何だかいつもと違う挨拶ですが、たまには良いかなーって。
――――――…それは、2月のある日のこと。
「ねぇねぇ、ジュリス。節分って知ってる?」
唐突に、ベリクリーデがそんな質問をしてきた。
…節分だと?
「明日ってね、節分の日なんだよ」
と、何故かドヤ顔で教えてくれるベリクリーデ。
「いや…別に、知ってるけど…」
何でドヤ顔なんだ?
俺が知らないとでも思ったのか?
知識でお前に負けるようなことがあったら、俺は恥ずかしさのあまり、日の下を歩けないよ。
「お前こそ、節分って何する日か知ってるのか?」
「勿論。知ってるよ」
えへん、と胸を張って答えるベリクリーデ。
ふーん…。知ってる、ねぇ…。
えらく自信満々のようだが、俺は額面通りには受け取らないからな。
今まで何度、自信満々ベリクリーデの間違った知識に騙されてきたか。
こいつの頭の中の常識は、一般人のそれとは大きく異なっていることを忘れてはいけない。
「じゃあ、何をする日なのか言ってみろ」
「…何で尋問っぽいの?」
「良いから、言ってみろって」
ちゃんとベリクリーデの口から聞いて、お前が間違っているか否か判断してやるから。
するとベリクリーデは、相変わらずえへん、と胸を張って答えた。
「豆とイワシを挟んだ恵方巻きを、自分の歳の数だけ作って、それを鬼に食べさせて鬼退治する日なんだよ」
「うっ…。…うーん…?」
なんつーか、その…。
…ベリクリーデなりに、節分を理解しようとしている、その努力は感じる。
案の定全然分かってないんだけど、節分のこと言ってるんだろうな、って理解させてくれるところが凄い。
器用なんだか、不器用なんだか…。
…とりあえず。
「…あのな、ベリクリーデ。なんか違うぞ」
「え?」
「豆とか恵方巻きとか、出てくるキーワードは間違ってないんだけどな…」
それらのキーワードが、上手く繋がってないって言うか…。
…間違ってんだよ。とにかく。
「鬼退治じゃないの?」
「いや、鬼退治は合ってるんだけど…。別に、恵方巻き食べさせて撃退する訳じゃないから」
「えっ?嫌がる鬼に、無理矢理歳の数だけの恵方巻きを、口の中に押し込むんじゃないの?」
それはそれで拷問だな。
豆を投げられるのも嫌だろうけど、無限恵方巻き地獄も最悪だ。
「ジュリスは歳がいっぱいあるから、その数だけ鬼に食べさせたら、何匹も撃退出来そうだね」
「まず、俺の歳の数だけ恵方巻きを作るのが無理だろ…」
何本になると思ってんだ?
ルーデュニア聖王国から、恵方巻きの材料が枯渇するわ。
違うんだ、ベリクリーデ。そうじゃないんだよ。
いや、あながち間違ってはいないのかもしれないけど…でも違うんだ。
えーと…何て説明してやるべきかな。
「鬼退治はするけど、やり方が間違ってる」
「えっ?」
「恵方巻きを無理矢理食わせるんじゃなくて、イワシと豆を使うんだよ」
豆とイワシは、何も恵方巻きの材料に使う訳じゃない。
あれは人間が食べるものだよ。
「何で豆なの?」
「昔の人は語呂合わせが好きでな、『魔を滅する』と書いて魔滅(まめ)と読ませて…」
「イワシは何で?」
「鬼が嫌がる匂いなんだってよ」
「ふーん…?じゃあ、やっぱりイワシを食べさせた方が撃退出来るんじゃない?だって嫌いな匂いなんでしょ?」
それはまぁ…そうなんだけど。
昔からそういうことになってるんだよ。伝統なの、伝統。
現代人の俺達には、それこそベリクリーデのように「何で?」と思うことはいっぱいあるけど。
昔の人はそうだったんだから、その伝統を大事にしてあげようぜ。
「それで、どうやって豆で鬼退治するの?」
「え?それは…投げるんだよ。豆撒き。鬼は外福は内、って叫びながら鬼に向かって豆を投げるんだ」
「どうしてそんなことするの?食べ物を投げたりしたら駄目なんだよ?」
「…」
ベリクリーデにしては非常に真っ当なことを言うもんだから、一瞬何も言い返せなくなった。
ベリクリーデの言うことの方が正しいなんて。
「イワシは?イワシも投げるの?」
「…イワシは投げないよ。吊るしておくんだよ、家の軒先とかに…」
「食べ物で遊んじゃいけないんだよ?」
「…うん…」
そうだな。お前が正しいな。
別に遊んでる訳じゃなくて、あれもそれなりの意味があってやってるんだけど…。
…食べ物を、食べる以外の用途で使うのは…確かに、罰当たりと言われても文句言えないかも。
それは昔の人に言ってやってくれ。
そう考えると、ベリクリーデが主張する「鬼退治」は、少なくとも食べ物を無駄にはしてないよな。
「そんな方法で鬼を退治するのか…。嫌だな」
嫌って言っても、それが伝統な訳だから…。
しかし、ベリクリーデは伝統なんてまるで無視をして、こう言った。
「それならもういっそ、鬼も一緒にいて良いから、一緒に恵方巻き食べようよ」
「…優しい世界だな…」
現代的で良いんじゃないの?
明日の節分で追い出された鬼がいたら、ベリクリーデのところに来いよ。
一緒に恵方巻き食べて、仲良く出来るかもしれないぞ。