神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

――――――…一方、その頃。



聖魔騎士団魔導部隊隊舎の裏庭にて。





「ねこー。待て〜」

「あっ、いた…!」

この付近にベリクリーデがいるという目撃情報を受け、探しに来たら案の定。

ベリクリーデは桜の木に寄りすがって、枝をゆさゆさ揺すっていた。

見つけたぞ。あの馬鹿。

「ベリクリーデ!こら!何やってんだお前は!」

「わっ、びっくりした」

背後から声をかけると、ベリクリーデはびくっ、と身体を震わせた。

その拍子に。

「あっ…!」

桜の枝が、ガサガサと音を立て。

一匹の猫が飛び出し、枝を伝って隊舎の塀の向こうを飛び越えていった。

危ないところだった。逃げ延びたな。

「あ〜…。逃げちゃった…」

がっくり、と肩を落とすベリクリーデである。

残念そうなところ済まんな。

お前が野良猫を追い回していると聞いて、慌てて駆けつけた次第だ。

猫が無事に逃げ延びて良かった。

…それなのに。

「ジュリスが驚かすから〜」

何故か俺が責められている。不思議。

「あの猫を捕まえて、ソーセージにしようと思ったのに…」

「…何をしようとしてるんだよ、お前は…」

聞いたことあるか?猫ソーセージ。

想像しただけで、動物愛護団体的なところが黙ってなさそうだ。

「野生の肉は新鮮だよ。捕まえて、捌いて、ミンチにして、腸詰めにしようと思ったの」

何故そう思った?

猫を見て「可愛い!」と思う人はいても。

「ソーセージにしよう!」と思う奴は、お前くらいのものだろうよ。

本当に無事に逃げ延びられて良かった。

「でね、それをジュリスに食べさせてあげようと思って」

俺の為だったのかよ。

なんつーの?お前のその…好意?は嬉しいんだけど。

「俺は一度たりとも、猫ソーセージを食べたいと言った覚えはないぞ」

「…やっぱり犬の方が良かった?」

そういう問題ではない。

猫だから嫌だとか、そうは言ってない。

あぶねぇよ。一歩間違ったらこいつ、今度は野良犬を見つけて追い回しそうだ。

いや、過去に既に追い回してたけどな。

犬肉でバーベキューするんだとか言って。本当危ない奴だよ。

「良いかベリクリーデ。今後一切、お前は野生の動物を捕まえるな」

「えっ」

えっじゃねぇよ。

食肉用に処理された肉以外、決して口にするな。

「駄目なの…?」

「あぁ。駄目だ」

「毛虫も駄目?」

「毛虫も駄目だ」

「…そっか…」

…。

…何で毛虫?

「じゃあ今度は、飼い猫を襲うね」

違う。そうじゃない。

野生じゃなかったら良いとか、そういう問題じゃないんだよ。

飼い猫って、それはもっと駄目だ。

飼い主さんを泣かせるな。
時間をかけて、こんこんと説教を繰り返し。

とりあえずベリクリーデが大人しくなったので、俺はようやく一息つけた。

いや、全然油断出来んけどな。

シュニィよ、やっぱり俺はネクロマンサーの見張りは無理だ。

ベリクリーデを見張ってないと、俺が目を離した隙に、何をやり始めるか分かったもんじゃない。

あぁ。身体がもう一つ欲しい気分だ。

…それなのに。

「あぁ。あの猫欲しかったなー」

まだ言ってる。

「ジュリスも見た?毛がつやつやしてて、美味しそうだったよね」

毛並みが綺麗なことを「美味しそう」と表現するのは、お前だけだろうな。

「まぁ…野良猫にしては綺麗だったな」

もしかしてあれ、野良猫じゃなくて飼い猫だったのかもな。

つくづく逃げられて良かったと思うよ。

飼い主さんを泣かせるところだった。

「でも、何でここに迷い込んたんだろう。初めて見たよ」

「…そういやそうだな」

俺も聖魔騎士団に入ってから、しばらく経つが。

魔導隊舎の敷地内に猫が迷い込んだのは、初めて見た。

一応、そこそこの警備はしているはずなのだが…。一体何処から入ってきたのやら。

「まぁ、猫って奴は気まぐれな生き物だからな」

「そっか。困ったもんだねー」

「お前が言うか」

お前の気まぐれぶりと言ったら、前世が猫だったんじゃないかと思うくらいだぞ。

「また会えるかな?あの猫ちゃん」

「…もう会わなくて良いよ…」

猫のソーセージ騒ぎなんて、もう二度と御免だ。
―――――――…ネクロマンサー、ルディシア・ウルリーケが正式にルーデュニア聖王国に亡命することが決まり。

ようやく肩の荷が下りた、その矢先。

ある日の放課後。





「よーしよし、ほらほらいろりちゃ~ん、おやつだよ〜」

学院長室では、シルナが気持ち悪い猫撫で声を出して、いろりの背中を撫で回していた。

「可愛いね〜、おやつあげるよほら。お食べ〜」

「…」

俺はそんな様子を見て、思った。

「これが猫じゃなくて人間だったら、完全に犯罪ですね」

俺の代わりに、ナジュが代弁してくれた。

「全くだ」

犯罪臭がぷんぷんする。

見ろよ。何処からどう見ても、女の子に言い寄る気持ち悪いおっさんだ。

通報してぇ。

「羽久が私に失礼なこと考えてる気がするけど…いろりちゃんが可愛いから良いや〜」

「そうかよ」

お前がそんなに猫好きだとは思わなかったよ。

まぁ、いろりは特別かもな。

賢い猫だし、全然人見知りしなくて、むしろ人懐っこい性格だし。

猫に興味がなくても、いろりは特別可愛らしく見える。

それはシルナにとってだけではなく、生徒達にとってもそうらしく。

生徒達の中でも、最近はいろりの話題で持ちきり。

学内にプチブームを起こしているいろりである。

更に、猫にハマっている生徒の中には。

「来たよー」

「ねこまんま持ってきたよ」

すぐりと令月が、お茶碗を片手にやって来た。

お茶碗の中には、鰹節をかけた白米が入っていた。

出た。猫の定番飯。

令月とすぐりの元暗殺者組も、何だかんだ猫を可愛がっている生徒の一人である。

まぁ、この二人は最初にいろりを保護して、隠して飼っていたメンバーだからな。

特別、いろりに対して思うところがあるのだろう。

そして。

「ねこまんまか…。気持ちは分かるけど、人間の食べ物はあんまり食べさせちゃ駄目だよ。猫の身体には良くないから」

と、天音が言った。

天音もまた、いろりが可愛いらしく。

こうして放課後に学院長室にやって来ては、マッサージとかブラッシングとか、いろりを構ってやっている。

何だろう。天音がいろりを可愛がっているところを見ると、ほっこりするんだよな。

シルナが同じことをしてると犯罪に見えるのにな。不思議だよな。

これを「日頃の行い」と言うのかもしれない。

が、それを良く思わない者もいる。

「全く…。イーニシュフェルト魔導学院の学院長ともあろう者が、猫にうつつを抜かすとは…」

書類を届けに来たイレースが、気色悪い声で猫を甘やかすシルナを見て、吐き捨てるようにそう言った。

いろりの魅力を前にしても、イレースは全く動じない。

果たして、イレースには「デレる」ということがあるのだろうか。

だが、「今すぐその猫を追い出しなさい」と言わない辺り。

これでも一応、イレースなりに譲歩していると言えるのかもしれない。
思い思いのやり方で、いろりを構ってやっていたそのとき。

突如として、学院長室の扉が開いた。

「入るよ」

「ん?」

生徒の誰かがいろりを探しに来たのか、と思ったが。

やって来たのは、生徒ですらなかった。

「ルディシアじゃないか」

「うん」

今では正式に亡命者と認められたルディシアが、学院長室に現れた。

「あっ、いろりちゃん〜!」

見知らぬ人物がいきなりやって来たことで、警戒したのか。

それとも単に、シルナに撫で回されることに耐えられなくなったのか。

あるいは…ルディシアが纏う、特有の「死の匂い」を野生の本能で察したからか。

いろりは、するりとシルナの手をすり抜けて窓の外に出ていった。

がっくり、と肩を落とすシルナ。

逃げられたな。

「…いろり?何それ」

「猫だよ。最近学院に来て、マスコットキャラみたいに可愛がってるんだ」

首を傾げるルディシアに、天音が説明した。

「ふーん」

興味なさそうなルディシアである。

ルディシアは生きている者よりも、死んでいる者の方に興味があるんだろうから。

「猫の世話か…。呑気なもんだね」

全くだよ。

「まぁまぁ…。精神衛生の為に、時にはリラックスも必要だよ」

「そうそう、天音君の言う通り。さぁ、丁度良いや、ルディシア君。一緒におやつを食べよう!」

早速、シルナのおやつタイムだ。

仕方ないな。イーニシュフェルト魔導学院の学院長室を訪ねるというのは、そういうことだ。

何人たりとも、シルナのお菓子攻撃を免れることは出来ない。

何なら、学院に来客が来てもチョコ菓子勧めてる始末だからな。

みっともないからやめろって、再三言ってるのだが。

今のところ、全く聞く耳を持たないシルナである。

「今日のおやつは〜、美味しい美味しいチョコタル、」

「どうですか。この国にはもう慣れました?」

「うん。気持ち悪いくらい親切な人ばっかで…本当気持ち悪いよ」

だ、そうだぞ。

「分かる。僕も最初来たときは、そう思ってましたから」

と、ナジュ。

そんなこと思ってたの?お前。

親切にされたなら、素直に喜んどけよ。

「食客っていうのは名目で、俺を監視したいんだと思ってたけど…」

「予想以上に自由が効くから、逆に居心地悪いんですよね」

「うん」

ルディシアは現在、聖魔騎士団の食客という立場で、聖魔騎士団に迎え入れられている。

ルディシアの実力なら、正式に聖魔騎士団魔導部隊に入っても、充分やっていけるとは思うのだが。

しばらくは大人しくしておいた方が良いだろう、というシュニィの計らいである。

ルディシアがルーデュニア聖王国に寝返ったことを知って、アーリヤット皇国がどう動くか…まだ分からないからな。

身を隠すという意味でも、しばらくは食客扱いということになった。

その方が良いだろう。ルディシアにとっても、新しい祖国に慣れる時間が必要だろうから。
「…ねぇ、ねぇ聞いてよ。チョコタルトなんだよ今日のおやつは。ねぇ。美味しいチョコタル、」

と、シルナが何か呟いてるような気がしたが。

「それであなた、今日は何しに来たんです?」

シルナの話などどうでも良いとばかりに、イレースが尋ねた。

実際どうでも良いしな。

「…天音君。皆がね、皆して私のこと無視するんだ。酷くない…!?いろりちゃんまで逃げるし。酷くない…!?」

「あ、はい。その、えーと…そうですね」 

天音に慰めてもらっていた。

よし、放っとこう。

世の中、シルナのおやつより大事なことは山ほどある。

ルディシアが学院を訪ねてきた理由、とかな。

「別に特別な理由はないよ。暇潰しに来ただけ」

「それなら帰りなさい。子供の暇潰しに付き合っている暇はありません」

イレース、一刀両断。

身も蓋もないとはこのこと。

お前な…少しくらい相手してやれよ。忙しいのは分かるけど…。

折角、紆余曲折ありながらも、ルーデュニア聖王国に根を下ろす気になったのに。

ひねくれたルディシアが、また出ていったらどうするんだ。

すると、ナジュが横から口を挟んだ。

「まぁまぁ、そう言わず付き合ってあげましょうよ。どうやら彼、言いたいことがあるようですし」

…言いたいこと?

…って、何だ?

「そうだよ!いくら忙しくても、チョコタルトを食べていく時間くらいはあ、」

「言いたいこと?何です。さっさと言いなさい」

シルナには絶対に喋らせないという、固い意志を感じる。

「…天音君。イレースちゃんがね、私の話を聞いてくれない」

「そ、そうですか…。げ、元気出してください」

天音がいて良かったな。面倒臭いだろうに、いつもちゃんと慰めてくれてさ。

天音は優しい奴だよ。

「ってゆーかさー。ずっと気になってることがあるんだけど」

…と、横槍を入れてきたのはすぐりである。

こいつ、令月と一緒に、ちゃっかりチョコタルトをもぐもぐしている。

別に食べたきゃ食べれば良いけど…。どうせシルナのおやつだし。

「君、こんなとこにいていーの?」

…え?

「どういう意味だよ?すぐり…」

「だって、その人自分の国を裏切ってきたんでしょ?」

「報復されるんじゃないの?」

すぐりと令月が、当たり前のような顔をしてそう言った。

…お前らの常識では、それが当たり前なんだろうな。

それは理解出来るけど…。

「確かに、今のところアーリヤット皇国からは音沙汰なしですね」

「ルディシアさんが裏切ったこと、バレててもおかしくないでしょうに。まだ気づいてないんでしょうか?」

「気づかれたら…やっぱり何か言ってくるかな?戻ってこいとか…」

イレース、ナジュ、天音の順でそう言った。

戻ってこい…と言われるくらいなら可愛いもんだろ。

最悪…、

「戻ってこいじゃないでしょ。裏切り者は死の制裁を受ける。それだけだよ」

…敢えて口に出さないようにしていた「最悪」を、令月は躊躇いなく口にした。

…容赦ないよな、お前ら。

だが、令月とすぐりの二人もまた、己の生まれ故郷を裏切った身。

今だって、いつ報復として『アメノミコト』の刺客が送られてくるか分からない。

そんな二人の言葉なら、重みが違うというものだ。
「そのアーリヤット皇国?ってところの王様は、そこのところどーなんだろーね?」

「…どうだろうな…」 

『アメノミコト』の流儀と同じく、裏切り者は地の果てまで追っていき、死の制裁を与えるか。

それとも…去る者は追わずのスタイルを貫くのか。

是非とも後者であって欲しいものだが。

でも、『HOME』…だっけ?

ルディシアがいた組織は、『アメノミコト』ほど規律がガッチガチに固まった組織じゃないという印象を受ける。

実力があれば、国籍関係なく招かれるし。

ルディシアのように、暇潰しがてらに他所の国に潜入することを、当たり前のように許してるんだから。

そのノリで、裏切り者も許してくれないものか。

「さぁ。ただ、もう二度とアーリヤット皇国の土を踏むことは出来ないだろうね」

ルディシアは、あまりにさらっとそう流した。

…。

…結構重いこと言いやがる。

「帰ったら…どうなるんだ?ナツキ様の前に引っ立てられて処刑か?」

「良いとこ追放じゃない?俺を殺すのは簡単じゃないって知ってるんだから」

ルディシアを追い立てて処刑する労力を使うより、二度とアーリヤット皇国の土を踏ませない…か。

実質国外追放処分だな。

「そんな甘いの?」

「ゆるゆるじゃん」

…まぁ、令月とすぐりはそんな反応になるよな。

確かに、『アメノミコト』に比べたら緩いにも程があるが。

でも、国を追放されるって結構重い罪だからな。

殺されないだけマシではあるけども、国外追放だって軽い罪ではない。

それに…。

「国外追放はあくまで希望的観測だ。もしかしたら、予想以上にナツキ様がルディシアの裏切りに腹を立てて、刺客を送り込んでくる可能性もある」

ナツキ様がどう動くか、今のところ誰にも分からないのだから。

「前例はないのか?『HOME』から裏切り者が出たことは…」

「俺も知らない。『HOME』に入って、まだそんなに経ってないから」

「あ、そ…」

じゃ、ますます分からないな。

こちらからお伺いを立てる訳にはいかないし…。

しばらくは、ナツキ様の出方を伺うしかないな。

「…ただ、一つ忠告しておきたいんだけど」

と、ルディシアが言った。

忠告?

そういや、さっきルディシアは「言いたいことがある」って言ってたな。

その話か?

「俺に対する刺客は分からないけど、ルーデュニア聖王国に…それから、イーニシュフェルト魔導学院に対する刺客は、これからも来ると思うよ」

「…何?」

またお前…聞き捨てならないことを。

一難去ってまた一難とは、このことである。
「あの皇王が、一度で諦めるとは思えない」

何だと?

一度で諦めろよ。

「俺を送り込んで駄目だったから、今度は別の…『HOME』の軍人を送り込んでくるかもしれないね」

「…マジかよ…」

ルディシア並みの化け物が、またやって来るって言うのか?

目眩がしそうだ。

「そんなに人材豊富なのか?『HOME』っていうのは…」

「実力があれば、多少のならず者だろうと手当り次第に徴用してるからね」

「そうですね。こんなお子様ネクロマンサーを徴用するくらいなんですから、能力があれば性格などお構いなしなんでしょう」

イレース、お前ルディシアのことをお子様扱いしてるが。

ルディシアは多分、お前より年上だぞ。見た目が幼いってだけで。

しかし、ルディシアは完全にイレースの尻に敷かれているので、何も言い返さない。

「いくら実力主義の組織でも…最低限人柄くらいは選んで欲しいもんだよな…」

「俺はまだ物分かりが良い方だよ。まともに話通じないのもいたし」

ますます嫌な情報が増えていく。

どうするんだ?人語の通じないクマみたいな大男が攻めてきて、金棒ぶん回しに来たら。

そいつも、イレースの鉄拳で黙らせてもらおう。もうそれしかない。

「俺は自分と死体にしか興味がないから、詳しくは知らないことはないけど…」

自分と死体以外にも興味を持て。

「他にも、色んな能力を持った奴がいたよ。一筋縄では行かないと思った方が良い」

「…そうか…」

「…もしかしたら、もう君達の懐に潜り込んでるかもね?」

おい、やめろって。

今度は誰が来るって言うんだ?しばらく揉め事は勘弁だぞ。

…って、俺達がいくら平和主義を叫んでも…対するナツキ様が敵意丸出しなんじゃ、意味がないが。

「…仕方ない、シルナ」

「…うん」

シルナも俺の言いたいことが分かったのだろう。

不本意そうではあったが、こくりと頷いた。

こうなったら…次々と刺客が送り込まれてくる前に。

原因の大元を何とかするしかないな。

「明日にでも、フユリ様に会いに行ってみるよ。彼女の方から、ナツキ様を何とかしてもらおう」

事の発端は、国を跨いだ兄妹の喧嘩。

これを何とか収めれば、『HOME』の刺客に怯えることもなくなるはずだ。
翌日。




俺とシルナは、イレース達に留守を任せ。

急遽、フユリ様の宮殿に足を運んだ。

急な来訪ではあったが、フユリ様はただちにスケジュールを調整して、シルナに会う時間を作ってくれた。

顔パスみたいなものだな。

職権乱用みたいで気は進まないが、事は急を争う。

『HOME』から次の刺客がやって来る前に、何らかの対策を立てなくてはならなかった。





「シルナ・エインリー学院長。それに、羽久・グラスフィア先生も。お久し振りですね」

「フユリ様…。…ご無沙汰しております」

多忙を極めるフユリ様は、それでも俺達を前にして、微笑みを見せて挨拶してくれた。

これから俺達がアーリヤット皇国の話をしたら、フユリ様のこの笑顔は、あっという間に曇ることだろう。

そう思うといたたまれない。

が、ここまで来て話さない訳にもいかない。

覚悟を決める他ないだろう。

「今日はどうされましたか?何か…」

「…はい。実は…フユリ様のお耳に入れたいことがあります」

「…聞きましょう」

シルナは、アーリヤット皇国から来たネクロマンサー…ルディシアのことを。

順を追って、フユリ様に説明した。

案の定、フユリ様の顔から微笑みが消えた。
「…そうですか…。…兄上が…」

アーリヤット皇国の皇王…フユリ様の兄が、懐刀とも呼ぶべき『HOME』の刺客を差し向けてきたと聞き。

フユリ様は、何とも言えないという顔をして目を伏せていた。

…心中お察し致します。

兄の名前を聞くだけでも、頭が痛くなるだろうに。

「…愚兄がご迷惑をおかけしました。シルナ学院長」

「え、いや…とんでもないです」

それどころか、シルナに謝罪するとは。

こっちの方が申し訳なくなってくる。

「近頃は音沙汰もなくなったと思っていましたが…。やはり、兄は私のことを忘れてはいないようですね」

…そりゃあ、な。

向こうも並々ならぬ思いで、ルーデュニア聖王国から出ていったんだろうし。

「ですが、気になるのは…何故ナツキ様は、今行動を起こしたのでしょう?これまでは比較的…その、均衡を守っていたように思えますが」

シルナは必死に言葉を選びながら、フユリ様にそう尋ねた。

これまで大人しかったのに、何でいきなり動き出したのか。

何かきっかけでもあったのか?

「…思い当たる節はあります」

言葉を濁すかと思われたが、フユリ様は包み隠さず話してくれるようだ。

「と、言いますと…?」

「つい2ヶ月ほど前の話です…。兄上と…アーリヤット皇国貴族が主体となって、新たな国際条約の締結を、非公式に諸外国に呼びかけたんです」

えっ。

これには、俺もシルナも互いに顔を見合わせた。