神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

死体を、単なる肉体の器と見立て。

その器に、本人の魂を宿すことによって、その人を蘇らせた訳だ。

二十音に邪神の魂を降ろして、二十音の肉体ごと邪神を滅ぼした…あの方法と似てるね。

成程、いかにも私が考えそうな方法だ。

しかも、それが成功してるんだから…さすがはイーニシュフェルトの「聖賢者様」と言ったところか。

本人の死体を用意するのは困難だけど、他人の死体なら比較的簡単に手に入るもんね。

家族にお金を払って買ったのか、研究に協力してくれている人に提供してもらったのか…。

とにかく、若くて新鮮で、出来るだけ損傷の少ない死体を用意し。

その中に、蘇らせたい人物の魂を宿らせる。

そうすることで私は、里の族長を生き返らせた。

正気の沙汰とは思えないが、私はこの世界で、見事その偉業を成し遂げたのだ。

…一体、何の為に?

偉業を成し遂げることで誰かに褒められたかったのか、それとも偉業を成し遂げた自分の自尊心を満足させる為か。

いずれにしても、この世界の私は本当の私ではない。それは確かだ。

本当の私が、このような「善人」であるはずがないのだから。

「族長様、聖賢者様がいらっしゃいました」

珠蓮君は、生き返った族長が住んでいる家の扉を開けた。
 
その家は、かつて族長が住んでいた家と全く同じ外装だった。

そして、中にいる人物も。

「おぉ…。シルナ・エインリー、来たのか」

家の中には、大きなベッドが置かれ。

そこに、見知らぬ若い男性が横たわっていた。

知らない顔をしているのは当然だ。…全く関係のない、他人の死体を使っているのだから。

だけど、肉体の器などどうでも良い。

肝心なのは、中身だ。

全く知らない人の顔をしているけど、その中身は私のよく知る人物のもの。

イーニシュフェルトの里の族長…そして、ヴァルシーナちゃんの実の祖父。

名を、ヴァストラーナ・クルスという。

感動の再会…と言ったところか。

もう二度と…会うことはないし、合わせる顔もないと思ってたんだけどね。

まさか、幻覚の世界で再会する羽目になるとは。

…いや、これは現実じゃないのだから、正確には再会したとは言えないのだろうか?
私の内心の葛藤をよそに、ヴァストラーナ族長は嬉しそうに、私の訪問を歓迎した。

「よく来たな、シルナ・エインリー…。いや、今はイーニシュフェルトの聖賢者と呼んだ方が良いか」

「…」

「あの小さかった若造が、よくもまぁこれほど立派になったものよ。…そうなるだろうとは思っていたがな。昔から、お前には天性の才覚があった。この世の救世主となり得る器がな」

…死体とは思えないくらい、饒舌に喋るんだね。

しかも、私のことをべた褒め。

あの族長が、だよ。

私のやることなすこと、一度として認めてくれなかったような人が。

あの族長が私を褒めるなんて、とても信じられなくて。

見た目だけじゃなくて、やっぱり中身も別人なんじゃないかと疑うほどだ。

だけど…昔の私を知ってるってことは、この族長には過去の記憶があるのだ。

じゃあやっぱりこの人は、ヴァストラーナ族長のそっくりさん…とかではなく。

本物の、ヴァストラーナ族長の魂を宿しているのだ。

魔導科学では、その人の本質は肉体ではなく、魂だと考えられている。

いくら肉体が別人のものだろうと、中身がその人のものなら、それはその人本人だと考える。

実際ヴァルシーナちゃんも、この人を「お祖父様」と呼んでいた訳だし。

珠蓮君も他の皆も、この人を族長だと思っている。

だけど、私はどうしても…この人がヴァストラーナ族長だとは思えなかった。

ただの死体だ。

死体が喋ってるに過ぎない。

「見事邪神を討ち滅ぼし、我ら一族の悲願を果たしたそうだな」

その死体が、なおも私に話しかけ続けた。

あぁ。

そうらしいね。この世界では。

「全て、ヴァルシーナから聞いた。邪神を滅ぼした後、国を造って魔導師を養成する学院を開き、この里を再建したと」

「…はい」

そうみたいだね。

私は全く記憶がないけど。

「よくぞ使命をやり遂げた。ここに至るまで、数多くの労苦があっただろう」

「…」

「だが、お前はやり遂げたのだ。己の使命を果たし、イーニシュフェルトの聖賢者の二つ名に恥じない働きをした。シルナ・エインリー。お前は我ら一族の誇りだ」

…誇り、誇りだって。

…それは皮肉か。

カンニングで百点満点を取ったテストを、褒められているようなもどかしさ。

決して私の功績じゃないのに、何故私が褒められているのか。

私は決して、族長の思っているような人間ではない。
あの族長が、私に対してべた褒めとは。

本当にあのヴァストラーナ族長なのかと、疑いたくなる。

実際、この人はヴァストラーナ族長ではない。

だってここは幻の世界であって、本物の族長は、今もイーニシュフェルト魔導学院の土の下に眠っているのだ。

思い出してみると良い。

ルディシア君が土の下から掘り起こした、本物の族長の死体と相対したとき。

あのとき、鋭い眼光で私を睨んでいた…族長の憎しみに燃える目を。

あれが、あれこそが本物だ。

今目の前にいる族長は、ハクロとコクロが私に見せている幻。

…そんなことは分かっている。

分かってるけど…考えずにはいられない。

私は、こんな風に褒めてもらえることを、心の何処かで期待していたのだろうか。

よくやった、よくぞ使命を果たしたと。 

そう言ってもらって、皆に聖賢者だと持て囃されて、褒められて期待されて。

あなたは素晴らしい人だと、そう認めて欲しかったのだろうか。

その欲望が、この世界を作り出しているのだろうか。

二十音をこの手で殺した代償が、これなのか。

…満たされない。

これじゃ満たされないよ。私は。

「それから…これもヴァルシーナから聞いたのだが」

「…はい?」

「お前は、再建されたこのイーニシュフェルトの里を、外の世界に開かれた場所にしたいと考えているそうだな」

…そうなの?

でも…確かに、私ならそう思ってもおかしくないかもしれない。

私は昔、元のイーニシュフェルトの里にいた頃から。

閉じられた里の世界を、もっと外に広げようと考えていた。

里の人間は決して、外の世界と交流してはならない。

長老達が考える、このような古めかしい価値観を変えようとしていた。

里にいた頃は、私がいくら意見を述べても、若造の言うことだと聞き入れてもらえなかった。

しかし、今は。

私のような若造の意見に反対する長老達は、族長を除いて一人もいない。

そして、墓から蘇った族長自身でさえも。

「ヴァルシーナや、ここにいる珠蓮を通じて、外の世界と交流すると良い。若者の方が受け入れられやすいだろう」

里が外の世界と交流するなんて許さない、ではなかった。

「もう少し里の再建が進んだら、外の人間を招き、外との交流を深めよう。少しずつな」

私は、思わず耳を疑った。

あの族長が、外の世界と交流することに対して、これほど前向きな発言をするなんて。

「…どうしてですか?」

幻と会話をしても仕方ないと分かっているのに、私はそう聞き返していた。

「里が外と交流することを…あれほど反対されていたのに…」

「…そうだな。以前は、お前の意見には耳を貸さなかった。今でも我は、個人的には外の世界と関わりを持つのは反対だ」

やっぱり。 

でも、族長は反対しているのに…何故私の意見を優先させようとするのだろう?
「だが、この新たなイーニシュフェルトの里は、お前が再建させたものだ。そして我は、一度は死んだ身。墓の下から蘇ったに過ぎん」

…自分がゾンビだっていう自覚はあるんだ。一応。

おまけに、私に蘇らせてもらったという負い目と言うか…恩くらいは感じているらしい。

殊勝なことだ。

「里のこれからの方針は、お前やヴァルシーナや…若者が決めるべきだ。この老人の役目は、お前達若者が困ったときに横から口を挟むことくらいよ」

「…」

「何より、立派に役目を果たしたお前だ。この里の未来を託すに相応しい。思うように、存分に腕を振るうが良い。きっとお前なら、世界を救ったように、このイーニシュフェルトの里をも、大きく発展させることが出来よう」

…族長からの、全幅の信頼。

初めて見る、族長の微笑み。

こんなものが…私の欲しかったものなのか。

二十音をこの手で殺してまで、手に入れたかったものなのか?

これで、二十音を失った私の欠落を埋めようと?

…そんな馬鹿な話があるものか。

「…分かりました。期待に添えるよう精進致します」

私は機械的に口を動かして、思ってもいないことを族長に伝えた。

…そして。

「ですが…一つ、お尋ねしたいことがあります」

「何だ?」

「もしも…もしも、ですよ。私が役目を果たせず、邪神を討ち滅ぼすことも、あなたを蘇らせることもせず、あまつさえ…邪神を守る為に正義から背を向けていたとしたら」

元の世界の私がしたことを、今のあなたが知ったら。

その時、果たして。

「あなたは…私に何と言っていたでしょう?」

「何を世迷い言を。お前としたことが…。さては、自信をなくしたか?」

「…どうかお答えください」

「そんなものは決まっている」

と、ヴァストラーナ族長は鼻を鳴らし、吐き捨てるようにこう言った。

「己の役目を果たせぬ人間に、生きる価値などない」




…予想して通りの言葉ではあった。

図らずもそれは、アーリヤット皇王の口癖と同じだった。
 
その言葉が、私の心に突き刺さった。
族長の家を後にしてから。

私は珠蓮君に頼んで、再建されたイーニシュフェルトの里を案内してもらった。

細部に細かな違いがあれど、里の景色は、私の記憶にあるものと同じだった。

やっぱり、わざと里の風景を再現しているのだろう。

懐かしさは、やっぱりなくて。

それよりも、先程族長から言われた言葉が、頭の中をぐるぐると回っていた。

生きている価値などない…か。

そんなの分かっている。自分が一番良く分かっている。

だけど、私は他に…どうすれば良かったというのだ?

己の孤独や苦しみを無視して、己の役目を忠実に果たすべきだったと?

二十音を邪神ごと、この手で殺せば良かったと?

私の孤独を埋めてくれた、唯一の存在を?

そして、その結果手に入れたものは何だ?

二十音は既に、この世界には存在していない。私が殺したから。

その代わり、私は世界を救った英雄として誰からも褒め称えられ。

聖賢者様と呼ばれ、救世主として扱われ。

ヴァルシーナちゃんに慕われ、ヴァストラーナ族長の誇りになった。

これが、私の求めていたもの?

これが、二十音の代わりに手に入れたもの?

なんと空虚で薄っぺらで、虚しいものだろう。

名声も名誉も要らない。私の隣にはただ、あの子が居れば良い。

他には何も要らない…。

この世界に二十音がいないのに、それこそ私が生きている理由なんて…。

そんなことをぼんやりと考えながら、私は珠蓮君に付き添われて歩いていた。

「あの…聖賢者様。大丈夫ですか?」

珠蓮君が、心配そうな顔で尋ねた。

「…え?」

「いえ、その…。先程からずっと、暗い顔をされているので…。族長様と何かありましたか?」

「…」

私があまりに浮かない顔をしているから、気になったらしい。

…だろうね。

酷い顔してると思うよ。今は…。

「お疲れですか?良かったら、今日は王都には帰らず、里にお泊りになって…。明日になってからお戻りになっては?」

「別に…何でもないよ。ちょっと気分が、」

「…?聖賢者様、どうされました?」




…その人物を見て、私は思わず足を止めてしまった。

自分の見たものが信じられなかった。

私の目の前を、ぬいぐるみを抱いた小さな子供が駆けていった。

その顔は、私の記憶にあるものと同じ。

「…二十音…!?」

あの日、座敷牢に閉じ込められていた二十音と全く同じ顔の子供が、私の目の前を走っていったのだ。
あまりにびっくりして、私は固まってしまったが。

小さな二十音は、私には全く目もくれず。

幼い子供らしく、無邪気な顔で駆けていった。

「あぁほら、そんなに走っちゃ駄目よ」

その二十音の後ろから、母親らしき女性が追いかけてきた。

追いかけてきたその母親にも、見覚えがあった。

二十音を座敷牢に閉じ込め、この化け物を引き取ってくれと私に頼んだ…。

あのときの、二十音の母親と同じ顔。

その母親が、無邪気にはしゃぐ二十音を抱き留めた。

「ご迷惑になってるじゃない。…ごめんなさい」

二十音を抱き上げて、母親はこちらに会釈した。

どうやら、私が聖賢者であることには気づいていないようだ。

二十音は無邪気な笑顔で、母親にしがみつき。

母親もまた、柔らかな笑顔を小さな二十音に向けた。

「さぁ、おうちに帰りましょうね」

そう言って、母親は二十音を抱いたまま歩き出した。

私は身動きもせず、ただ雷に打たれたように固まっていた。

…二十音。

あれは、確かに二十音だった。

この私が見間違うはずがない。

二十音が…何で、このイーニシュフェルトの里に。
 
しかも子供の姿で、母親と一緒に…外に出て。

「…聖賢者様?どうされました?」

珠蓮君が尋ねた。

私は、震える声で珠蓮君に聞き返した。

「い、今の…親子は?」

「?里が再建されたとき、新たに里の住民として移住した親子ですが…。…聖賢者様が移住の許可を出されたんですよね?」

…知らないよ、そんなこと。

何で二十音が…母親と一緒に…。

いや、何であの子が生きてるんだ?

しかも、あんな幼い子供の姿で…。

この世界の二十音は、私が邪神と一緒に殺したんじゃ…。

「確かあの親子は、魔導適性を持たないんですよね。魔導適性がない者でも、イーニシュフェルトの里に住む権利がある…。新たな里の在り方を示すモデルケースとして、あのように魔導適性のない家族を積極的に受け入れたと、そう聞いています」

と、珠蓮君が教えてくれた。

魔導適性がない…二十音。

私が近くにいたのに、私には目もくれなかった。

私を知らない、私の知らない二十音。

そのとき、私の中に一つの可能性が思い浮かんだ。

…転生。

そう、転生だ。

そういうこと。…そういうことなんだ。

あの子は二十音じゃない。死んだ二十音の…生まれ変わり。

愛されずに生まれ、望まれずに生かされていた二十音は。

邪神をその身に宿され、私に滅ぼされて死んだ後。

ようやく、自分を愛してくれる両親のもとに生まれ変わった…。

…そういう、ことだったんだ。
確証がある訳じゃない。

これはあくまで、私の仮説に過ぎない。

単なる他人の空似である可能性も、充分にある。

大体、ここはハクロとコクロが見せている、幻の世界なのだ。

幻なんだから、何でもアリだろう。

でも…何でもアリってことは、あの子が本当に私の推察した通り、二十音の生まれ変わりである可能性もあるってことだ。

…そう、そうだったんだね。

「…あはは…」

私は両手で顔を押さえ、タガが外れたように笑い出した。

だって、笑わずにいられる?こんなの。

「せ、聖賢者様…!?突然どうされたんですか?」

驚いた珠蓮君が、慌てて私に駆け寄ってきたけど。

そんなことは、私にはどうでも良かった。

笑えるよ。喜劇だよね、こんなの。

母親に抱かれて、無邪気に笑っていた二十音の顔を見た?

私のことなんて、まるで眼中になかった。

当たり前だ。さっき見た転生した二十音は、母親に愛されて育てられているのだから。

私に殺された二十音は、生まれ変わって、幸せな子供として、魔導適性も持たず。

特別な力なんて何も持たず、ただの平凡な子供として。

座敷牢に閉じ込められることも、家族に死を望まれることもなく。

今度こそ、幸せな子供として生きているのだ。

…私が、いなくても。
 
あの子はちゃんと、幸せになれたんだ。

それなのに私は、元の世界で二十音を…自分の隣に縛り付けている。

死ねば開放されるだろうに。生まれ変わって、あんなに幸せに暮らすことが出来たのに。

その可能性を、私がこの手で全部潰した。
 
何の為に?

私の為だ。

私の自分勝手な独りよがり。ただ私が一人になりたくないから。

それだけの理由で。

二十音に依存し、二十音に依存させ、神の器としての役目を押し付け。

私の罪に付き合わせ、私の身勝手の為にあの子を縛り付け…。

…私がちゃんと正しい道を選べていたら、二十音はこうして、幸せに生きられただろうに。

その可能性を、私は自分の身勝手のせいで潰してしまったのだ。

…これをどうして、笑わずにいられるだろう?
…ねぇ、二十音。私はどうしたら良い?

こんな幻の世界、何の価値もないと思っていたのに。

生まれ変わった、小さな君の姿を見て…私の心は酷く揺れ動いた。

ここは確かに、私にとっては虚しい世界だ。

でも、正しい世界だ。

誰にとっても、正しい世界。

本来元の世界も、こうであるべきだった。

私は己の役目を果たし、二十音は死ぬ。

でも生まれ変わって、私を知らない二十音になって、今度こそ愛してくれる母親のもとで、幸せに暮らしている。

二十音だけじゃない。

私が役目を果たしたお陰で、救われた人が大勢いる。

イレースちゃんも天音君もナジュ君も、令月君もすぐり君もマシュリ君も。

あのヴァルシーナちゃんでさえ、私の右腕として、私を慕い、支えてくれている。

そして、ヴァストラーナ族長も…。

皆私が正しい選択をしたことに喜び、そのお陰で救われている。

私が…自分の苦しみを押し殺して、ちゃんと正しい選択をしていれば。

きっと元の世界も、こんな風に誰もが幸せな世界だっただろうに。

今からでも遅くないって、そう言っているのだろうか。

今からでも遅くないから、お前は罪の十字架を背負って、この正しい世界で生きていけと。

例え幻でも、この正しい世界で。

私が犯した罪の、責任を取れと。

「…二十音」

こんなにも私は、君を一番大切に思っているのに。

世界にとって一番大切なことは、私の大切なこととは違うんだ。

ねぇ。二十音…私、どうしたら良いと思う?







――――――…ハクロとコクロが見せる、幻の世界にやって来て。

…シルナの存在しない、偽りの世界にやって来て、およそ一週間が経過した。

とはいえ、それはこちらの世界の時間であり。

元の世界で、どれくらい時間が経過しているのかは分からない。

もしかしたら、1分とか、一時間くらいしか経ってないのかもしれないし。

あるいは…一ヶ月、一年くらい経っているのかもしれない。

もしそれくらい経ってるんだとしたら、もう決闘終わってんな。

果たしてどうなってるんだろう。

元の世界のことも気になるが、俺はこの一週間で、この世界のことをより詳しく調べた。

…と言っても、大したことは分かっていない。

ただ、この世界にはシルナが存在していないから。

シルナの存在しないことによって、果たしてどんな風に、この国の歴史が変わっているのかを確認しただけだ。

もっと詳しく言うと…大昔に起きたという、邪神と聖神の戦争、とか。

イーニシュフェルトの里とか。神殺しの魔法とか。

大昔に起きたという聖戦、俺も口伝えでしか聞いてないけど。

神殺しの魔法を使ってあの聖戦を終わらせたのは、他でもないシルナの功績である。

この世界にシルナが存在していないのだったら、聖戦は終わらず、邪神が統べる世界になってしまう。

…はずだった。
 
それなのに、今この世界を見てみると良い。

邪神も聖神も、聖戦の話も…一度も耳にしていない。

これはどういうことなのか。

調べてみて分かった。

結論から言うと…この世界にも、一応、シルナは存在しているらしい。

ただ、俺の前に姿を現すことはない。

この世界のシルナは、俺と出会うことはない。

何だかややこしい話ばかりして、大変申し訳無いが。

この世界ではどうも、元の世界であったような、聖神と邪神の戦争は起きていないらしい。

聖戦に関する歴史の記述が、全く残されていないのである。

…まぁ、敢えて記録から抹消されているだけで、もしかしたらあったのかもしれないが。

だけど多分、聖戦が起きなかったというのは事実なのだろう。

この世界に来たときから、ずっと気になっていた。

普段、俺の中には常に…この身体の中に封印されている邪神の気配を感じていた。

いつもは、シルナが俺の身体の奥深くに邪神を封印してくれているから、気にすることはなかったが。

こうしてなくなってみると、よく分かる。

自分の中身が空っぽになったような…。

…なんつーか、内臓一つ二つ失ったような気がする。

いや、比喩だけどさ。

この世界では、俺の中に邪神がいない。

そのせいなのだろうか?…「前の」俺が出てくる気配も、全く無いのだ。

聖戦が起きなかった。俺の肉体に邪神が宿ることもなかった。

聖戦が起きなければ、神殺しの魔法が使われなかったら、俺がシルナと出会う機会はない。

俺の横にシルナがいないのは、多分それが原因なのだ。

その代わり…と言ってはなんだが。

聖戦の記述は見つけられなかったが、イーニシュフェルトの里に関する記述を見つけることは出来た。