…あれこれと、こうしたらどうかああしたらどうかと、作戦を考えてみたものの。
「…結局、どの作戦が有効なのか分からないな」
どれも考えようによっては有効だし、考えようによっては無効なのだ。
ジュリスの言う通り、適材適所、ケースバイケースってことだな。
「それぞれの得意不得意ってものがあるからね。少しでも自分にとって有利な戦況に持っていくしかないね…」
と、シルナがまとめた。
「…そういうことだな」
やれやれ。これじゃあ何の為のミーティングなのやら。
「とにかく、苦手な戦いだけは避けよう。不利な状況は変わらないんだから、せめて少しでも得意な戦いに持ち込もう」
「…それを許してくれる相手だと良いがな」
対戦相手のことなんて何も分からない俺達に対して、アーリヤット皇国側は俺達の得意不得意をある程度把握している。
当然、俺達にとって苦手な戦いに持ち込むよう、対戦相手を選んでくるはずだ。
そんなただでさえ不利な状況の中で、俺達に出来ることと言ったら…。
…せめて、少しでも自分の弱みに付け込まれるのではなく、強みを活かせる戦局に持っていくことだな。
それが出来たら良いのだが…。
…いや、出来るかどうかじゃなくて、やるのだ。
やらなきゃ負ける。
「誰が決闘に選ばれるか、誰が対戦相手になるかは分からない。でも皆、どんな戦況になっても、くれぐれも焦らないで。逃げ回っても防戦一方でも構わない。最後に勝てば良いんだから」
シルナは十人の代表達に向かって、そうアドバイスした。
格好良く勝つ必要はない。
どんなに惨めな勝利だろうが、卑怯な…勝利は、国の代表としてあまり好ましくないかもしれないが…。
どんな勝ちでも、勝ちは勝ち。最終的に勝てばそれで良いのだ。
負けるよりマシ。
「それから、もう一つ…一番大切なことを伝えておくね」
…一番大切なこと?
「…って、何だよ?」
「命を大事に。皆、何があっても死なないで。負けるのは一向に構わないけど、命を落とすのだけはやめて」
シルナは真剣な顔で、皆に向かってそう言った。
…成程。
確かに、それは一番大切なことだな。
国の危機を救うのは大切だが、仲間の命を守るのはもっと大切だ。
一人の仲間を守れない奴に、国を守れるはずがない。
「負けそうになったら投降しても良いんだよ。どんな形であれ戦闘不能になれば、それで勝敗は決まるんだから。命をかける必要はない。負けて帰っても良いから、生きて帰ろう。これは約束だよ」
シルナにしては珍しく、有無を言わせない口調であった。
…こう言われちゃ、約束、破る訳にはいかないな。
「…うんざりするほど甘い人だな」
ルディシアの一言である。
そう思うだろ?
普段から甘いものばっか食べてるからな。
「でも、それがシルナなんだよ」
甘さを捨てられないが故に、シルナは強いんだと思う。
状況は不利だが、この仲間達の顔を見ていると、俄然何とかなりそうな気がしてくるから不思議だな。
こうして。
いよいよ、ルーデュニア聖王国とアーリヤット皇国、両国の命運を懸けた決闘が、幕を開けた。
決闘が行われる会場となったのは、ミナミノ共和国の首都にある、国立競技場である。
この場所を指定したのも、勿論ナツキ様である。
他所の国を決闘の開催国に、しかも国立の建物を決闘会場に選ぶとは。
指定するナツキ様もナツキ様だが、引き受けるミナミノ共和国も大概だよ。
まぁ、ナツキ様は他所の国を決闘の会場にすることなど、何とも思ってないだろう。
最悪、ミナミノ共和国の国立競技場を破壊したとしても。
決闘にかかる諸費用は全て、賠償金も含めて、負けた方が支払う羽目になる。
ナツキ様は負けるつもりなんて欠片もないんだから、自分の懐が痛む心配もしてないだろう。
戦う前から勝った気になりやがって。良い気なもんだ。
目に物見せてくれるからな。
そんなナツキ様は、優雅に競技場の観客席の一番良いところに座って、俺達の撞着を待っていた。
「…来たか。ルーデュニア聖王国の負け犬共」
俺達の姿を見た、ナツキ様の第一声がこれである。
聞いたか?負け犬だってよ。
自分が万が一負けるかもしれないとは、微塵も思っていないご様子。
そりゃまぁ、ここまで自分に有利な条件ばかりが揃ってたら、勝ち誇りたくなるのも無理ないけども。
お高く留まりやがってよ。今に見てろよ。
「随分と余裕だね。どっちが負け犬か、やってみなきゃ分からないと思うけど」
「…ふん」
シルナが言い返しても、鼻で笑ってる始末。
何とも傲慢な王様だ。
「愚かだな、シルナ・エインリー…。その程度の安い言葉しか出てこないのか?」
それどころか、シルナを挑発する始末。
「あのとき俺の手を取っていれば、こんな負け戦に臨まずに済んだものを…。…今からでも遅くない。俺の前に這いつくばって許しを請うなら、この決闘を考え直してやらんこともないぞ」
だってよ。
強そうな言葉ばっかり言ってるから、なんか段々弱く見えてきた。
「君の方こそ、必死だね」
しかし、シルナはナツキ様の戯れ言など、全く意に介さなかった。
「自分のお膝元の国で、自分に有利なジャッジをする審判を立てて、決闘のルールも自分で勝手に決めて…。そんな有利な状況でいくら強そうな言葉を並べ立てても、少しも強そうには見えないけど」
その通り。
この人、さっきから自分が勝って当たり前みたいな顔してるけど。
実際、条件だけ見たら、あんたらが勝つのは当たり前だから。
むしろ、ここまで自分に有利な状況を作って負けたら、一生物の恥だろうってくらい。
偉ぶってんじゃねぇ。ガキかよ。
「私は君の手を取るつもりはないよ。むしろ、赤恥かかされる前に、謝るなら今のうちだけど」
「…」
ナツキ様は口元を歪めたような笑みを浮かべて、シルナの言葉を黙って聞いていた。
火花が見える。両者の間に、バチバチ燃える火花が。
これぞ決闘、って感じがしてきたな。
…すると。
ナツキ様はシルナから目を逸らし、シルナの後ろにいる…俺達、ルーデュニア聖王国の代表団の方に視線を向けた。
品定めでもするかのような視線を。
「…なんだ。腰抜けの愚妹は、決闘に立ち会いもしないのか」
…それはフユリ様のことか?
生憎あの方は、お前のように決闘を上から目線で観戦する悪趣味はなくてな。
…というのは冗談で。
「彼女も決闘に立ち会いたがっていた。けど…私が無理を言って、我慢してもらったんだよ」
フユリ様も本当は、ルーデュニア聖王国の女王として、今日の決闘を自分の目で見届けたいと仰っていた。
しかし、開催国であるミナミノ共和国は、先のサミットの最中、難癖つけてフユリ様を国内に閉じ込めていた。
決闘の場に、ナツキ様が姿を見せるであろうことは分かっていた。
ナツキ様とフユリ様を対面させたら、ナツキ様が何をしようとするか分からない。
周りは敵だらけなのだ。もしフユリ様に何かあったとき、俺達だけで守りきれる保証はない。
決闘に負けても、フユリ様がご存命なら何とでもなる。
しかし、例え決闘に勝っても、フユリ様の身にもしものことがあったら、それは負けたも同然なのだ。
決闘の結果がどうあれ、ルーデュニア聖王国が国としての体裁を保つ為に、フユリ様には安全な場所にいてもらわなければ困る。
俺達がルーデュニア聖王国を留守にしている間に、ナツキ様が差し向けた刺客が、王都セレーナに侵入しないという保証が何処にある?
フユリ様の御身を守る為に、彼女には堪えてもらった。
そして念の為に、シュニィ以下、この場にいない聖魔騎士団魔導部隊の大隊長達に、フユリ様の身辺警護を頼んできた。
彼女の代わりに、俺達が決闘を見届ける。
それで充分だ。
「フユリ様が見届ける必要はない。私達が勝って、ルーデュニア聖王国に帰って勝利を報告する。それだけだよ」
「…」
ナツキ様は、興味なさそうにシルナを一瞥し。
…それから。
「…どの面を下げて、再び俺の前に姿を現したんだか」
「…」
今度は、マシュリとルディシアの二人を睨み付けた。
…それは見過ごせないな。
「…よく言うな。先に二人を刺客に仕立て上げて、ルーデュニア聖王国に差し向けたのはあんただろ」
自分に人徳がないせいで裏切られたからって、マシュリとルディシアを責めるのはお門違いだ。
恥を知れ。
「別に責めてはいない」
嘘つけ。めちゃくちゃ責めてたじゃん。今。
精神攻撃仕掛けてきてただろ。
「お前達ごときが寝返ったところで、俺の脅威にはならない。己の役目を果たすことも出来ない、無価値な役立たずごときが」
「…!」
「任務に失敗してのこのこ戻ってきたら、その場で処刑するところだった。良かったな、命拾いをして」
そう言ってせせら笑うナツキ様に、俺は一瞬で頭に血が上った。
この男、言わせておけば…!
…しかし。
「駄目だよ、羽久。相手しちゃ駄目」
シルナが俺の肩に手を置いて、冷静に俺を制した。
…今はそれどころじゃないんだから、堪えろって?
「ちっ…。…分かったよ」
…悔しいが、シルナの言う通りだ。
今挑発に乗ったら、ナツキ様の思う壺だ。
何より、俺より遥かに腹を立てているに違いないマシュリとルディシアが、我慢しているのだ。
俺が自分勝手にブチ切れる訳にはいかなかった。
何とか自制し、掴みかかるのを堪えた俺を。
ナツキ様は相変わらず、小馬鹿にしたような顔で見ていた。
この野郎…。今に見てろよ、吠え面をかかせてやる。
「…長話は無用だよ。私達は決闘をしに来たんだから」
シルナが、ナツキ様に向かってそう言った。
ナツキ様の後ろには、アーリヤット皇国側が用意した決闘の代表団十人が揃っていた。
そうそうたる顔ぶれである。
いかにも強そうに見えるのは、試験会場で周囲の人間が皆自分より頭良さそうに見える、あの現象と同じだな。
心配しなくても、向こうから見たら、俺達も充分強そうなメンバーに見えてるはずだ。
そう信じよう。
シルナが信じると言って託した仲間達を、俺も信じよう。
「決闘を始める前に、お互いこの決闘に賭けるものを確認しよう」
「そうだな」
シルナの言葉に頷き、ナツキ様は腰を上げた。
そして、決闘の条件を見届ける為に用意した、審判役を務めるミナミノ共和国の軍属魔導師を一人、立会人として呼んだ。
立会人となったミナミノ共和国の魔導師は、まだ若そうな女性で、険しい顔に冷徹な瞳の持ち主だった。
一分の隙もないし、容赦もしてくれなさそうな…。
何処か、イレースを思わせる気風である。
「私がこの度の決闘の立会を務める、マミナ・ミニアルと申します」
審判の軍属魔導師は、自らをそう名乗った。
マミナか。宜しく。
くれぐれも、公正なジャッジを頼むぞ。
「それでは、両国、決闘の条件を確認致します。まずはアーリヤット皇国皇王、ナツキ陛下」
「あぁ」
「あなたはこの決闘に、何を賭けますか?」
ナツキ様が賭けるものって言ったら、それは…。
「俺がこの決闘に勝利した暁には、ルーデュニア聖王国も世界魔導師保護条約に批准してもらう。その他、親魔導師国家を説得して、同条約に批准するよう積極的に呼びかけを行ってもらう」
そしてゆくゆくは、世界中全ての国で、ナツキ様の考えた魔導師保護条約を適応し。
アーリヤット皇国が世界の宗主国となり、魔導師を好き勝手に道具として貸し借りする世の中にする、と。
畜生。やりたい放題じゃないか。
つーか、「外交大使」2名を返還しろ、とあれだけ要求してた癖に、今は言わないのか。
やっぱりルディシアとマシュリを返せと言ってきたのは、単なる建前だったんだな。
二人を人質扱いして、ルーデュニア聖王国を悪者にする為の建前。
ルディシアとマシュリがこうして、ナツキ様の前に出てきて公然と敵対している今。
もう、二人を返せと要求したりはしなかった。
ハナから帰ってきて欲しいなんて、欠片も思ってなかったんだろう。
つくづく、自分勝手な人だ。
更に、ナツキ様の図々しい要求はこれだけではない。
「それから、一連の騒動のせいでかかった諸費用と、国民達が受けた精神的苦痛に対する慰謝料と賠償金を支払ってもらう」
そう言って提示した、賠償金の金額は。
それこそ、目玉が飛び出るほど莫大な額だった。
シルナのチョコ何箱分だ?これ。
精神的苦痛って。どの口で言ってんの?全部自分が始めたことじゃないか。
その癖、自分達が勝ったら金を寄越せ、って。
強請りか、カツアゲみたいなものじゃないか。
しかし、この多額の賠償金もまた、前座でしかない。
今回の深慮遠謀な騒ぎを起こしたナツキ様の、一番の目的は。
「そして、ルーデュニア聖王国はアーリヤット皇国に対し、正式に謝罪すること。ひいては、ルーデュニア聖王国女王は一連の騒動の責任を取って辞任してもらう」
「…」
「次の王が決まるまで、ルーデュニア聖王国はアーリヤット皇国の統治領として、アーリヤット皇国が治めることとする」
…この男、自分が何を言ってるのか理解しているのか。
フユリ様の辞任。
彼女を女王の座から引きずり降ろして、自分が代わりに、ルーデュニア聖王国を支配しようとしている。
統治領ってことは、実質植民地支配じゃないか。
ナツキ様はずっと、ルーデュニア聖王国の国王になりたがっていた。
しかし、フユリ様にその座を奪われてしまった。
それでもナツキ様は諦めず、ずっとルーデュニア聖王国に…フユリ様に復讐する機会を窺っていた。
そして今、ようやくその時がやって来たのだ。
フユリ様に全ての責任を押し付け、女王の座から引きずり下ろし。
アーリヤット皇国のみならず、ナツキ様はルーデュニア聖王国の国王に成り変わる。
ルーデュニア聖王国を、アーリヤット皇国の植民地にすることで。
彼は、かつての自分の悲願を叶えようとしているのだ。
こんな…残酷な形で。
ルーデュニア聖王国の女王って…フユリ様って…自分の妹のことだろうに。
いくらなんでも、それはやり過ぎだ。
しかし、ナツキ様は本気だった。
本気で、フユリ様を女王の座から引きずり下ろし、代わりに自分が玉座に座ろうとしている。
アーリヤット・ルーデュニア聖王国の、新しい王として。
これが、この人の復讐か。
その為に…ヴァルシーナと手を組んで、マシュリやルディシアを利用して…。
…もしもこの復讐が成功したら、あんたは大した器だよ。
その底知れない執念だけは、俺も認めてやる。
…ただし、成功したらの話だけどな。
成功なんてしない。必ず失敗する。
何故かって?
俺達が、ナツキ様の復讐を阻止するからだ。
絶対に、彼の好きにはさせない。
フユリ様が愛し、守り、俺達が愛し、守ってきたルーデュニア聖王国を。
ナツキ様の勝手な復讐の道具にはさせない。決して。
「…それでは、ルーデュニア聖王国代表、シルナ・エインリー魔導師」
立会人のマミナ・ミニアルは、今度はシルナの方を向いた。
「ルーデュニア聖王国は、この決闘に何を賭けますか?」
…それは。
…折角だから、こっちも負けずに吹っ掛けてやろうぜ。
どうしてやろうか。
まず、アーリヤット皇国は二度とルーデュニア聖王国に手出ししない、と約束させて。
ついでに、ナツキ様がフユリ様に要求したように、こっちも謝罪を要求して。
同じだけの額の賠償金を請求して。
おまけに、ナツキ様にはアーリヤット皇国皇王の座を降りてもらう。
ナツキ様もルーデュニア聖王国に、これだけのことを要求してるんだから。
同じようにこっちも、アーリヤット皇国に同じものを要求する権利がする。
それでこそ、釣り合いが取れるというものだ。
…しかし。
「…私が要求するのは」
シルナは、重々しく口を開いた。
「ルーデュニア聖王国が勝ったら、フユリ様に会ってもらう」
「…は?」
これには、マミナ・ミニアルも、ナツキ様も怪訝な顔をしていた。
「フユリ様に会って、話をしてもらう。今度は逃げないで、ちゃんと会って」
今回の騒動が起きてからというもの、ずっと。
フユリ様は、ナツキ様と直接会って話したいと要求し続けていた。
しかしナツキ様は、それらの要求に全く応えなかった。
彼にしてみれば、フユリ様と直談判して和解しようなんて気は全くないのだろう。
…だけど、今度はもう逃さない。
「フユリ様に会って、両国の平和の為に話し合ってもらう。これが、ルーデュニア聖王国が決闘に賭けるもの」
フユリ様と話し合って決めたことだ。
アーリヤット皇国に、ナツキ様に何を要求しようかって。
色々と考えて、フユリ様から出てきたのは、これだけだった。
ナツキ様と、会って話したい、と。
賠償金でも謝罪でもない。植民地とか、国王の座なんて要らない。
ただ平和の為に話がしたい。フユリ様が望むのはそれだけだ。
逃げ回らずに、ちゃんと会って話して欲しい。
それ以外に望むことなんて何もない。
これがフユリ様の御意志であり、シルナもそれに賛同した。
…全く、何とも甘い条件だ。
「…」
これには、ナツキ様も言葉を失っていた。
何だよ。フユリ様も、あんたに負けず劣らず、業突く張りの要求をすると思ってたのか?
フユリ様は、そんなことはちっとも考えていないよ。
あの方はただ、平和を願っているだけだ。
ルーデュニア聖王国は勿論、アーリヤット皇国に対しても。
「…それだけですか?」
「それだけだよ」
「…分かりました」
一応念押しをして、マミナ・ミニアルは頷いた。
「それでは、両国の代表者がこちらに署名してください」
そして、決闘の条件を書き記した書類に、両国の代表者が署名することを要求した。
…これに署名したが最後、決闘に敗北すれば、先程両者が述べた要求を呑まなければならない。
とても対等とは言えない条件だが、いくら不平等だろうと、これに署名した時点で同意したとみなされる。
…もう引き返せない。
やっぱり今のナシ、は通用しない。
それでも。
シルナはペンを取り、躊躇いなく署名した。
箱買いしたチョコクッキーの納品書に署名するみたいな、何でもない顔をして。
何の躊躇いもなく、ルーデュニア聖王国の未来を賭けた。
「…良い度胸だ」
ナツキ様はポツリとそう呟いて、負けじと自分も署名した。
…いや、ナツキ様は負けたところで、失うものはそれほど大きくないけど。
それでもナツキ様だって、少なからぬ覚悟を以て臨んでいるだろう。
確かに彼は、決闘に負けても、失うものはそれほど多くない。
しかし、アーリヤット皇国がルーデュニア聖王国に敗北した、という歴史は、後世に残り続ける。
決闘に敗北した国の国王として、ナツキ様は後世まで笑い者にされることだろう。
プライドの高い彼に、果たしてそれが耐えられるだろうか?
…耐えられなくても耐えてもらうぞ。
何せ、勝つのはルーデュニア聖王国だからな。
あんたは負け犬になって、吠え面かいて自分の国に帰ってもらう。
そこで一生笑い者にされようが、死んでからも馬鹿にされ続けようが、俺の知ったことではない。
先に殴りかかってきたのは自分の方なのだから。その責任は取ってもらうぞ。
「…それでは、早速決闘を始めます」
両国共に署名を終えるなり。
長ったらしい前置きもなく、早速決闘が始められようとしていた。
まだ心の準備が…なんて言ってられないな。
いっそ、早いところ始めてくれ。
緊張して胃が痛くなる前に。
「まず一回戦、アーリヤット皇国の代表者を選んでください」
マミナ・ミニアルに促され、ナツキ様は自分の背後にいる代表団に目を向けた。
…さぁ。
そこにいる十人の中で、ナツキ様は誰を選ぶ?
緊張の瞬間であった。
しかし、本当に緊張するべきなのは。
アーリヤット皇国の代表じゃなくて、そのアーリヤット皇国の代表が、俺達の中の誰を対戦相手に選ぶか、だな。
こっちは一切選択権がないのだから、要求されたら従うしかない。
もしかしたら自分が選ばれるかもしれない、と緊張したが、それ以上に。
仲間にこの重荷を背負わされるくらいなら、いっそ自分が選ばれた方がマシだ、という気持ちもあって。
それだけに、全く選択権のない自分の身がもどかしい。
…すると。
「…一回戦はお前が行け」
ナツキ様は、自分の代表団にいる一人の男に向かって言った。
「へぇ、そう来なくっちゃあな」
俺のように緊張するどころか、指名された男は、不敵にそう笑ってみせた。
その男の姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。
くすんだ色の肌に、2メートルをゆうに越える身長。
何より特徴的なのは、シルナの5倍くらいあるんじゃないのかと思うほど鍛えられた、全身の筋肉であった。
すげぇ。漫画に出てきそうな大男。
おまけに、俺だったらとても持ち上げられそうにない、巨大で重そうな大斧を提げていた。
「…まんまって感じだな…」
「えぇ…。RPGゲームだったら、序盤の難関ボスやってそうな…」
単純に力と防御が強くて、力押しだと全く立たないパターンな。
味方は全員石の剣なのに、そいつだけ鋼の剣装備してそう。
いや、剣じゃなくて斧なんだけど…。
こいつ、絶対ルディシアが今朝言ってたバーサーカーだろ。
もう見たまんまだよ。
本当に代表団に選ばれているとは。しかもまさか、一回戦の対戦相手に指名されるなんて。
今朝ミーティングしておいて、本当に良かった。
しかし、覚悟はしていたけど…実際そのバーサーカーを目にしてみると、本当に勝ち目があるのか不安になってきた。
こういう超パワー系アタッカーは、アトラスで慣れているつもりだったが…。
…アトラスと戦って勝て、と言われてるようなもんだろ?
無理。絶対無理。
何だろう。やっぱり勝てる気がしなくなってきた。
しかし、現実は容赦がない。
「それでは、次にルーデュニア聖王国の代表者をお選びください」
俺達十人のうち誰かが、この大男、バーサーカーと戦うことになる。
それは避けられない運命だ。
しかも、誰が相手をするかを選ぶ権利は、こちらにはない。
一体誰が、誰ならこのバーサーカーを打ち倒せる…?
「…対戦相手はお前だ」
ナツキ様は、俺達の仲間の一人を指差した。
彼の指差した先にいたのは。
「…私か…」
指名されたのは、ベリクリーデ・イシュテアその人であった。