神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

「さっきからずっと、一心不乱にチョコ食ってるから…。何考えてるのか気になってたんだよ」 

今回の件について、イレースに言われた通り。

思慮深く、策を練っているんじゃないかと思っていたのだが。

「え?別に…。このチョコ美味しいなぁくらいしか考えてないけど…」

意外なほどに、何も考えていなかった。

だから思慮深さが足りないって言われるんだよ。

「お前は何て言うか…。呑気で良いよなぁ」

「…羽久が私に失礼なこと言ってる気がする…」

「褒めてるんだよ。こんなときでも通常運転で、狼狽えずにいられるとは…。正直、羨ましい」

「…」

シルナは、じーっと俺のことを見つめていた。

…何だよ。

別に嫌味のつもりじゃないからな。本気でそう思ってる。

「…羽久」

「…何だよ?」

「とりあえず、チョコを食べようよ。一緒に」

はぁ?

…何故チョコ?

「いや…別に要らないけど」

「良いから食べよう。甘くて落ち着くよ」

「…」

…チョコなんて食べてる気分じゃないけど。

そこまで言うなら…。

俺はシルナの向かい側に腰を下ろして、チョコレートを一つ摘んでみた。

…うん。

「美味しい?美味しいでしょ?」

「うん、美味しいよ」

さすが、一箱ウン千円の高級チョコ。

一枚百円の板チョコとは、訳が違うな。

いや、板チョコも板チョコで美味しいんだけど。

高級チョコの濃厚な甘さが、舌に心地良い。

いつも、チョコ好きなシルナに付き合わされて、俺もこれまで色んな種類なチョコを食べてきた。

お陰で、図らずも俺は、チョコレートに関してはグルメと言って良いくらい舌が肥えている。

が、このチョコはこれまで食べてきたチョコの中でも、かなり上位に位置する…。

…と思うのは、俺が今思い詰めているから、そう感じるだけなんだろうか?

糖分足りてないんだろう。多分。

そんな理由で高級チョコを食べるのは、何だか凄く勿体ないような気がする。

糖分足りてないなら、ブドウ糖でも舐めてろよ。

「少しは落ち着いた?羽久…」

と、シルナが尋ねた。

「どうだかな…。まぁ、ちょっとは落ち着いたかな…」

「そっか。良かった」

…落ち着いたとは言っても、シルナほどじゃないけどな。

「…全く、自分が情けないよ。俺もシルナみたいに、堂々と構えていられれば良いんだが」

考えれば考えるほど、この不利な局面をどのようにして乗り越えたら良いのか、分からなくなってくる。
「不安なの?羽久は」

…不安なの、って…。

「むしろ、お前は不安じゃないのかよ?」

決闘を受けてくれないかもしれない、という不安。そして、すぐにでも戦争が始まってしまうかもしれないという不安。

これらは何とかなったが、代わりに別の不安が湧いてきた。

だって、決闘を引き受けてくれた代わりに。

開催地だの日時だの決闘の審判だの、その他決闘の詳細なルールは、全部ナツキ様が決める、なんて主張し始めた。

こんな不平等な決闘があるか?

戦う前から負けてるようなもんだ。

とてもじゃないけど、勝ち目があるとは思えない。

「シルナは本気で、決闘に勝てると思ってるのか?」

「つまり、羽久は負けると思ってるんだ?」

「…それは…」

負ける…と確信している訳じゃない。

でも、どう考えても不利なことに変わりはないだろ?

「勝ち目がないとは言わないが…。普通に考えたら負けるだろ?」

「戦う前から負けるつもりでいたんじゃ、勝てる試合も勝てないよ?」

「うっ…」

正論言うのやめろよ。

まるで、負ける気満々の俺が腰抜けみたいじゃないか。

…実際、今の俺は負け犬みたいなもんだけどな。 

シルナの言う通り、戦う前から負けるつもりになってしまって。

だけど、不安にもなるだろう?

決闘に負けるかも。例え勝てたとしても、難癖つけられてやっぱり戦争になるかも、って。

悪い予想ばかりが、脳裏をよぎる。

「…情けないけど、俺はお前やイレース達みたいに堂々と構えていられないよ」

情けないって、本当に思ってるんだよ。

でも、駄目なんだ。自分でも何故だか分からない。

「アーリヤット皇国が喧嘩売ってきて、国土を巻き込んだ争いになるかもしれないって聞かされたときから…凄く不安で仕方ない」

「…羽久…」

そりゃ俺だって、覚悟を決めたつもりだけど。

皆が、アーリヤット皇国が攻めてきても受けて立つと勇んでいるのに。

俺はうじうじと思い悩み、本当に大丈夫なのだろうかと考えてばかりだ。

自分でも、どうしてこんなに不安になるのか分からない。

「覚悟…決めたつもりなのに…」

「…羽久、それは多分…。…君が悪いんじゃないよ」

あ?

「…俺が腰抜けだからだろ?」

「違うよ。それは多分…君が不安なんじゃなくて…二十音が不安なんだと思う」

「…」

そう言われて、俺はハッとした。

俺が今こんなに不安なのは、俺が不安を感じているんじゃなくて…。

「前の」俺が抱いている不安が、俺に伝染しているのかもしれない。
そう言われて、妙に納得してしまった。

それなら、この不安定な気持ちも説明がつく。

「二十音は、平穏な日常を…私と暮らす日々を脅かされるのを、何より嫌うからね」

「…」

それはシルナも同じだと思うけど。

シルナ以上に「前の」俺は、自分の平穏を脅かす者に敏感だ。

この身体が危機と見るや、俺の意識を奪うように出てくるしな。

「二十音が感じている不安を、無意識に君も感じてるんだろう。君が弱虫だからじゃないんだよ」

「…そうかよ」

多分そうなんだろうな、とは思う。

でも、俺が弱虫であることに変わりはない。

二十音の不安が伝播して…というのは単なる言い訳に過ぎなくて。

やっぱり俺が情けないから、悪い想像ばかりしてしまうのかもしれない。

それは分からない。二十音本人に聞ける訳じゃない。

…しかし。

「大丈夫だよ、羽久。何も心配することなんてない」

シルナはしっかりとした口調で、まるで決定事項を口にするかのように言った。

「…昼間から思ってるんだが、そう言い切れる自信の根拠は何処にあるんだ?」

自分にそう言い聞かせてる…だけじゃないよな?

本気で、本心から大丈夫だと確信しているように見える。

よくもまぁ、この不利な状況で、それほど自信満々でいられるものだ。

多分、俺がこうして不安ばかり口にしているから。

シルナは俺を怯えせないように、「前の」俺を安心させる為に、こんな風に大丈夫だと言ってくれてるんだろう。

しかし、本心からそう思ってるのだろうか。

シルナだって、心の中では不安を感じているんじゃないか。

俺の為に、俺のせいでその不安を口に出来ない、虚勢を張るしかないのであったら。

俺に気遣いなど必要ない。

不安があるなら、その不安をぶち撒けてくれて良いのだ。

虚勢を張って、戦局を見誤るより余程良い。

「もし、無理してそう言ってるだけなら…」

「無理なんかしてないよ。本当に大丈夫だと思ってるから言ってるの」

「…」

シルナは涼しい顔をして、チョコレートを摘まんでいた。

…驚きのニュースを聞かされる度に、床にチョコレートを落っことしていた学院長と同人物とは、とても思えんな。

めちゃくちゃ落ち着いてるんだけど。

頼もしいんだが、逆に不気味なんだか…。

俺より百倍は肝が据わってるのは事実だな。

「…何でそう思うんだ?」

「信じてるからだよ。羽久も仲間達も、自分のこともね」

当たり前のことのように、さらっとそう言った。

…成程、と妙に納得してしまった自分がいる。
「ナツキ様が何を企んで、どんな作戦を用意しようと、所詮彼の浅知恵なんて恐れるに値しない」

ナツキ様が聞いたら、怒髪天を衝いて怒っただろうな。

「でも…アーリヤット皇国にはヴァルシーナも…」

「ヴァルシーナちゃんがいるからって、何も変わらないよ。あの子の考えることなんて、たかが知れてるし」

本人が聞いてないのを良いことに、めちゃくちゃ言いたい放題のシルナである。

全く、身も蓋もない。

「私はこれまで、ルーデュニア聖王国が危機を迎える度に、何とか切り抜けてきた。何度も苦境を乗り越えてきたよ。君達と一緒に」

「…」

「だから、今回もそうする。私だって、二十音と…羽久との日常を脅かされたくはないからね。君達を守る為なら、私はどんなことでもするよ」

…そうかよ。

それが、シルナの自信の根拠か。

これまで何度も乗り越えてきた。

だから、今回も乗り越える。

難しい理屈なんてない。非常にシンプルで、しかしそれだけに難しいこと。

でも、お前はやるって言うんだな。

俺達の日常、平穏な毎日を守る為に。

「…よくまぁそこまで、割り切れるもんだ」

いつもの優柔不断は何処へやら。

大胆なときは、とことんまで大胆だな。

「俺はとても、そこまではっきり割り切れないけど…」

覚悟を決めたつもりでも、俺の中にはやはり不安が残っている。

これまで乗り越えられたからって、今回も乗り越えられるとは限らないだろう?

この世に「絶対」なんてないのだ。

だから、不安は俺が引き受ける。

代わりにシルナは、自分を信じて自分の決めた道を貫いてくれ。

「お前が信じるなら、俺も信じるよ。…この先何が待っていても」

「うん、そうしてくれると嬉しいよ、羽久」

全く、余裕綽々の顔しやがって。

これもチョコレートの効果か?

「さぁ、お代わり食べて。元気出るよ」

「…あぁ、そうするよ」

今日ばかりは、素直にシルナの勧めに応じよう。

シルナ印のチョコレートは、今夜はいつもより甘く、美味しく感じた。

状況は何も変わっていないのに、もしかしたら何とかなるかもしれない、と思ってしまうのだから。

チョコレートって凄いな。ちょっと見直したよ。
…深夜、シルナと一緒にチョコレートを食べたその翌日。

早速ナツキ様から、決闘の詳細なルールを書き記した文書が送られてきた。

もう少し、時間に余裕を持たせてくれるかと期待したんだがな。

随分急いでいるようだ。

十中八九、俺達に対策を立てる猶予を与えない為だろうな。

これまでずっと、ルーデュニア聖王国は後手に回ってばかりだった。

そして、今回もそう。

ナツキ様が提示した決闘の日付は、なんと翌日の午後だった。

つまり、昨日決闘を提案して、次の日に話し合いをして、その翌日にもう決闘が始まるっていう。

超強行スケジュールである。

息を整える暇もない。

「あ、明日って…。そんな、いきなり…」

これには、話を聞いた天音も愕然。

あと丸一日ないな。

24時間後には、決闘が始まっているってことになる。

「驚いている暇はないようですよ。決闘の開催地はミナミノ共和国だそうですから」

と、ナジュ。

そう、開催地。

決闘を行う場所は、ルーデュニア聖王国でもアーリヤット皇国でもなく。

例の、フユリ様がサミットの開催中ずっと閉じ込められていた、遠く南方にある島国、ミナミノ共和国であった。

「今すぐにでも出発しないと」

「いや、ちょっと待ってよ。ミナミノ共和国って、船で行ったら一週間くらいかかるって…」

そうだな。

呑気に船旅してたら、ミナミノ共和国に着く前に決闘終わってるな。

でも…奥の手ならある。

「ルイーシュ君に頼んで、送ってもらおう」

と、シルナ。

どうやらシルナも分かっていたらしいな。

「え?それはどういう…」

「空間魔法だよ。彼の魔法で、ミナミノ共和国まで送ってもらうの」

「…あっ…成程…」

天音も気づいたようだな。

空間を操るルイーシュの魔法なら、大抵の場所には一瞬で移動出来る。

ワープ能力と言っても良い。

ただし、このような便利タクシーじみた芸当は、誰にでも出来る訳ではない。

ルイーシュクラスの空間魔法使いなら、この程度は容易いのだが。

まず空間魔法という魔法が、かなり特殊だからな。

俺の使う時魔法ほどではないが、使用者を選ぶ魔法であることに変わりはない。

おまけに、ルイーシュのように、何処でもここでも一瞬でワープするほど高度な空間魔法使いは、まず滅多にいるものではない。

普段は面倒臭がりで、サボり癖があって、相棒のキュレムの頭を悩ませてばかりいるが。

あれでルイーシュって、俺より遥かに天才なんだぜ。

あの面倒臭がりな性格が何とかなれば、もっと出世出来ただろうに。

出世とか全く興味なさそうだもんな。

…まぁ、それはさておき。

ルイーシュに送ってもらえば、一応明日までにミナミノ共和国に辿り着くことは可能だ。

だから、決闘に間に合わないという不安はない。

…の、だが。
「開催地がミナミノ共和国…。おまけに、決闘の審判もミナミノ共和国の軍属魔導師に依頼する、ってよ」

「そう書いてあるね」

ナツキ様から送られてきた、決闘のルール表。

そこには、決闘の審判はミナミノ共和国にいる軍属魔導師が行う、と書いてある。

…危惧していたが、やっぱり…。

「何これ。これじゃあ審判も向こうのグルじゃん」

すぐりが、あっけらかんとそう言った。

それなんだよ。

俺も同じこと考えてた。

「ミナミノ共和国は、言わずと知れたアーリヤット共栄圏の参加国…。つまり、アーリヤット皇国の子分のようなものです」

「子分と言えば聞こえは良いですけど、実質植民地ですよね」

イレースとナジュが、順番に言った。

植民地…は言い過ぎかもしれないが、でも間違ってはいない。

ミナミノ共和国は、アーリヤット皇国の縄張りだ。

わざわざそんなところに赴いて、しかも現地の魔導師を審判役に頼むなんて…。

俺達にとっては、アウェーにも程がある。

「間違いなく、審判は一方的に、アーリヤット皇国側に有利なジャッジをするでしょうね」

「そんな…。ただでさえ不利な状況なのに…。審判が中立じゃないなんて」

「開催地がミナミノ共和国ってだけで、全然中立ではないですけどね」

敵のホームで試合するんだもんな。

周りを見たら、何処もかしこも敵だらけだよ。

観客からブーイングが来ないだけ、気分的にはマシだろうか。

「…開催地がアーリヤット共栄圏なのは予想してたけど、僕はそれ以上に…決闘相手を向こうが指名する、っていう、このルールが気になるよ」

人間形態のマシュリが、ルール表の一項目を指差した。

開催地と日時のインパクトが強過ぎて、危うく見逃すところだった。

マシュリが指差した先には、決闘の対戦相手をどのように決めるかについて書いてあった。

えーと、何々?

決闘は一対一の試合を三回戦まで行い、二本先取した時点で、決闘の勝者が決まる。

成程、一回の試合で決まる訳じゃなく、三回戦まであるのか。

で、先に二本先取した国が勝ち。

一試合で国の命運が全て決まる、という恐ろしいプレッシャーからは開放されたけど…。

しかし、ナツキ様が多少の優しさを見せてくれたのはここまで。

その後に書いてある項目に、俺は思わず目を疑った。

「対戦相手は、アーリヤット皇国が指名する、だって…!?」

「しかも、三回戦とも全部、向こうが対戦相手を指名するらしいですよ」

「…こちらに選択権はないってことか」

おい。これの何処が正々堂々とした決闘なんだ?

不平等にも程があるぞ。
誰と誰が対戦するのか、俺達は一切決めることが出来ない。

俺達に出来るのは、十名の決闘出場候補者を決めることだけ。

選んだ十人でミナミノ共和国に赴き、そこで誰と誰が対戦するかについては、全てナツキ様が決める。

不利なんてもんじゃないぞ、このルール。

俺達は、アーリヤット皇国が選ぶ十人の選手について、何も知らない。

どんな武器を使うのかとか、どんな魔法を使うのかとか、何も。

対するアーリヤット皇国には、ヴァルシーナがいる。

俺達が誰を選ぼうと、あの女はある程度のことは知ってる。

俺が時魔法を使えること、シルナが分身魔法を使えること。

ナジュが不死身の読心魔法使いであることや、令月とすぐりが元『アメノミコト』の暗殺者であることも。

聖魔騎士団魔導部隊から選出したとしても、こいつはこの魔法が使えるだろう、程度のことなら…ヴァルシーナも知ってるはず。

だからナツキ様は、ヴァルシーナの助言に従って。

ルーデュニア聖王国の選手に有利な自国の選手を選んで、一方的に有利な試合を押し付けることが出来る。

しかも、三試合とも全部、アーリヤット皇国側が対戦相手を指名すると言っているのだ。

つまり、こちらに選択権なし。

お前とお前、お前とお前、お前とお前が対戦しろって、全部一方的にナツキ様の一存で決める。

開催地や審判の問題より、こっちの方が遥かに大問題だよ。

「対戦相手はくじ引きで決めるとか…。せめて、一回戦は向こうが決めるなら、二回戦はこっちが…で決めさせてくれれば良かったのに」

「…そんな温情はくれてやらない、ってことだな」

ただでさえ不利な状況が、段々絶望に変わってきた。

チョコレートを食べて解決するレベルじゃなくなってきたぞ。

それでも、ちらりとシルナの方を見ると。

やっぱり平然としていて、全く狼狽えていないように見える。

…もう、お前のその底無しの自信に賭けるからな。

そうするより他に方法がないなら、俺はシルナを信じるよ。

「こんなの不平等過ぎるよ。ナツキ様に抗議して、対戦相手の決め方を変えるように…」

「聞く耳を持つと思いますか?最悪、それなら決闘は取りやめると言い出しますよ」

「っ…」

天音は必死に抗弁しようとしたが、イレースにばっさりと切り捨てられていた。

…うん、俺もそう思う。

抗議したところで、聞き入れられるはずがない。

「異論を唱えても、不平等を訴えても、状況は何も好転しません。むしろ、貴重な一分一秒を無駄にするだけです。それより、早いところ代表者十人を決めるのが先でしょう」

…よく言った、イレース。

不平不満なら、後でいくらでも言おう。

その前に、この不利な状況で、少しでも勝ち目を見出す為の選出を考える。

その方が、余程有意義というものだ。
「候補者は十人か…。でも、実際に決闘に出られるのは、その中の三人だけなんだよね」

「しかも二本先取だから、どちらかの国が連勝したら、二人だけで終わるね」

そうなるな。
 
理想は、ルーデュニア聖王国側の二人が連勝して、そのまま決闘終了。

是非ともそうなって欲しいが、果たしてそう上手く行くだろうか。

「十人のうち、誰が選ばれるのかはナツキ様が決めるとして…。誰が選ばれても良いように、慎重に十人を決めないとな…」

さて、誰を選んだものか。

「敵の意表を突いた人選が良いよねー。こっちの手の内はバレてるんだから」

「となると、不死身先生は駄目だね。不死身なことも心が読めることもバレてるから」

すぐりと令月が言った。

ナジュもそうだけど、俺とシルナも大概だよな。

これまで、何回もヴァルシーナと対戦してきた。

俺達が代表者に立候補したとしても、対戦者に選ばれる可能性は低い気がする。

逆に、対戦者に選ばれる可能性が高いのは…。

「やっぱり、ここは天音さんの出番なのでは?」

と、提案するナジュ。

やけに天音を推してくるな。

「何で天音…?」

「だって、奴ら、トゥルーフォームの天音さんを知りませんからね。回復魔法しか使えないと思って指名したら、真の力を解放した天音さんにこてんぱんに…」

「あ、あぁぁ、ちょ、ナジュ君!そこまで、そこまで!」

「もごもごもご」

天音に口を塞がれていた。

…何やってんだ?トゥルーフォーム…?

「…それはまぁ、さておき…。誰を選ぶ?」

「こうなっては、学院を任せたいから…とかいう甘っちょろい言い訳は通用しませんよ。少しでも勝ち目のある人間を選ぶべきです」

イレースが、シルナをジロッと見ながら言った。

「…うーん…。…それでも私は、イレースちゃんには代表になって欲しくないな…」

苦笑いで答えるシルナである。

…俺も同感だな。

少なくとも、イレースと、令月とすぐりと、シュニィは選びたくない。

命に貴賤はないけれど、万が一のことがあったとき、後を託せる人物は残しておきたい。

「なら、誰を選ぶんです。贅沢を言っていられる余裕はないでしょう」

「…そうだね…」

シルナはしばし考え、そして。

引き出しから、紙とペンを取り出した。
シルナはその紙に、さらさらと名前を列挙していった。

「ざっと思いつくのは…こんな感じ」

その紙に、シルナが考えた十人の名前が列挙してあった。

書いてあった名前は、

当然のように、まずはシルナ。
 
それから、俺の名前が書いてあった。

ちゃんと、羽久って。

良かった。俺だけ置き去りにしようものなら、この場で喧嘩しなきゃならなくなるところだった。

で、他のメンバーは…。

ベリクリーデ、ジュリス、吐月、天音。

キュレム、ルイーシュ、マシュリ、ルディシア。

以上十名である。

「…成程…」

まぁ、順当…って感じだが…。

「男尊女卑みたいな人選ですね。男ばっかりじゃないですか」

と、イレース。

違う、そういうつもりじゃなくて。

「一応、ベリクリーデさんがいるから…」

「十人中、女性は一人だけって。女に決闘は無理だって侮ってませんか?」

「いや、そんなつもりは…。だって、イレースちゃんには学院を守って欲しいし、シュニィちゃんには子供がいるし…」

シルナはしどろもどろになりながら、人選の理由を説明していた。

男だから、女だからとかではなく。

一応これでも、ちゃんと適材適所を考えて選んでるんだよ。

シルナなりにな。

「それから、他の女性魔導師と言えばクュルナちゃんだけど…。彼女は汎用性の高い魔導師で、戦うよりはどちらかと言うとサポート寄りの魔法が得意だし…」

「…」

普段の戦いだったら、クュルナみたいな汎用性の高いサポーター系魔導師の存在は、非常に有り難いのだが。

今回は、一対一の決闘だからな。

サポーターよりも、強力なアタッカーの方が分が良いだろう。

「そういう理由だから…。その、女の子だから選ばないって訳じゃなくて」

「…分かりましたよ。あなたなりの根拠があるんですね」

イレースは、溜め息混じりに納得して引き下がった。

ごめんな。

俺としても、イレースには決闘の代表者になるより、この学院を守って欲しいよ。

実力を疑う訳じゃないんだけど、どうしても。