神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

…まぁ、不法入国してきた敵の輩ってだけで、充分不愉快な相手だけどな。

「ハクロとか言ったな…。お前がこの軍の将か?」

「そうです」

素直に認めてくれてありがとう。

じゃあ、そのまま素直に帰ってくれないだろうか。

「お前は、何をしにここに来た?」

「…この光景を見て、ご理解頂けませんか?」

…全くだな。

確かにこれを見れば一目瞭然だが、しかし認めたくなかったもんでな。

「本気でルーデュニア聖王国と戦争するつもりか?」

それは無謀、非現実的だと言わざるを得ない。

両国の関係が悪化していることは知ってる。

最悪、ルーデュニア女王が開戦を覚悟していることも。

だが俺は、本当にこの国が戦争をするとは思っていなかった。

だって、ルーデュニア聖王国にはシルナ・エインリーがいるから。

あいつがルーデュニア聖王国にいる限り、この国が戦火に焼かれる心配はない。

これまでそうしてきたように、今回もまた、この危機を乗り越えるはずだ。
 
俺は今も、そう思っている。

「それは私が決めることではありません。我が主たる、アーリヤット皇王、ナツキ皇王陛下のご指示に従うだけです」

はいはい、思考停止ご苦労様。

誰かの意思に従って生きるだけの人生。そりゃ楽だろうけど、楽しいか?

「そのご立派な皇王陛下が、ルーデュニア聖王国を攻撃しろと命令したのか」

「それをあなたに話す義務はありません」

何だと?

素直に喋ると思ってたが、意外とそうでもないらしい。

「私は皇王陛下の使いとして、ルーデュニア聖王国のフユリ女王陛下に言伝を届けに来ました」

言伝…フユリ女王に。

じゃあ、やっぱりすぐに攻撃してはこないんだな。

今にもぶっ放してきそうなもんだが。

少なくとも、その言伝とやらをフユリ女王に伝えるまでは、撃ってこないと思って良い。

…それでも、完全に安心は出来ないが。

「それなら、やっぱり俺に相談するのが一番手っ取り早いと思うぞ」

「…どういう意味です」

俺は襟首に留めたピンを…聖魔騎士団魔導部隊大隊長であることを示すピンを、ハクロに見せた。

「聖魔騎士団魔導部隊大隊長、ジュリス・レティーナだ」

「…」

これには、ハクロも少し驚いたようだった。

まさか、偶然フユリ女王の関係者が港に来ていたとは思わなかっただろうな。

「俺が責任を持って、フユリ女王のもとに案内してやる。アーリヤット皇国の無礼な使者さんよ」

「…分かりました」

と、ハクロは頷いた。
さて。

息をつく間もなく、突然奇襲を受けて開戦…にはならなさそうで、安心したが。

港に残って逃げ惑っている国民達は、相変わらずパニック状態だった。

砲身を向けられて、安心しろって言う方が無理だろう。

…こうなったら、仕方ない。

「…ベリーシュ、この場を頼めるか?」

この混乱、パニックを収める人間が必要だ。

俺がやっても良いのだが、俺はハクロをフユリ女王のもとに連れて行かなければならない。

逆に、ハクロはベリーシュに送ってもらって、俺がここに残るという選択肢もあったが…。

この女が何考えてるか分からないのに、ベリーシュと二人きりには出来ない。

だから、残るならベリーシュだ。

「…分かった。任されたよ」

ベリーシュは星辰剣を握って、確かに頷いた。

ありがとう。

お前が出てきてくれて、心底助かったよ。

「だけど、ジュリス…。くれぐれも気をつけて」

ベリーシュは、ハクロに聞こえないように小声で呟いた。

「お前も気をつけろよ。フユリ女王に会うまでは何もしてこないと思うが…。戦果に逸った馬鹿が、命令無しで撃ってくるかもしれない」

その危険は充分有り得る。

だから、安心しきれないってさっきから何度も言ってるんだ。

引き金は恐ろしく軽いが、その引き金を引く責任は、恐ろしく重いのだ。

もしそうなったとき…ベリーシュには、この港に残っている人々を守って欲しい。

誰も死なないよう、誰も傷つかないように。

しかし、ベリーシュが気にしているのはそういうことではなかった。

「あの人、嫌な感じがするから」

…あぁ。さっきも言ってたな。

「何してくるか分からない…。気をつけて、ジュリス」

「…分かった。肝に銘じておく」

折角ベリーシュが警告してくれているんだ。

フユリ女王のもとに送り届けるまで…いや、送り届けた後も…警戒は解かないよ。

それに、ベリーシュの警告がなかったとしても、俺もこの女に奇妙なものを感じていた。

「絶対戻ってきて。私、ジュリスが戻るまでここで待ってる」

「分かった、戻ってくる…。じゃあ、後でな」

「うん」

俺は、ベリーシュにこの場を任せ。

アーリヤット皇国からの使者、ハクロを連れて、フユリ女王のいる王都セレーナを目指した。
――――――…後で聞いた話だが。

ルーデュニア聖王国の港に、アーリヤット国軍が押し寄せてきたとき。

偶然その時、その場にジュリスとベリクリーデがいたそうだ。

そこで、現れたアーリヤット皇国からの使者を、ジュリスがエスコートして王都に連れて行き。

ベリクリーデが一人港に残って、現場のパニックを鎮める為に尽力したそうな。

更にベリクリーデは伝令を飛ばして、王都にいるシュニィ達に、アーリヤット国軍の来訪を伝えたそうだ。

それを聞いて、俺は奇妙に思ったものだった。

あのぽやんとしたベリクリーデが、よく一人で、現場のパニックを鎮めたものだ。

まるで別人のようじゃないか。

人間、危機に陥ると、突然頭が働き始めるのだろうか。

…それはさておき。

血相を変えたシュニィからの報告を受け。

俺とシルナ、それからナジュも連れて、すぐに王宮に向かった。

何故ナジュも連れて行くのかって?

その、アーリヤット皇国の使者とやらの腹の中を探る為だ。

こういうことにナジュの読心魔法を利用するのは、俺だって望むところではない。

だが、今ばかりは手段を選んではいられなかった。

向こうも、手段を選ばずに攻勢に出ているのだ。

こちらも同じくらい非常識にならないと、とても対抗出来ない。

そこで、ナジュも一緒に連れて、王宮に向かった…、

…の、だが。
俺達が王宮に着いたとき、ジュリスもまた、ハクロを連れて王宮に辿り着いていた。

そのハクロという女は、フユリ様のいる謁見の間に通されていた。

「…あなたが、兄上からの使者ですか」

「そうです。お初にお目にかかります、フユリ女王陛下」

礼儀正しそうに見えて、フユリ様に対する敬意なんて全く伝わってこなかった。

俺でさえ人目で分かるんだから、フユリ様にも当然分かっているだろう。

あれが…アーリヤット皇国からの使者。ハクロとかいう女…だっけ。

もしかして、マシュリの知り合いだったりするのだろうか?

「我が国の貿易港に、随分不躾な『お客人』を連れてきたそうですが」

フユリ様の口調は、珍しく刺々しいものだった。

無理もない。

自国の領土を、突然アーリヤット皇国に侵されたのだ。

敵意があるのは、火を見るより明らかというものだ。

「これはどういうつもりですか」

「…お話の前に、フユリ女王陛下」

そう言って。

ハクロはくるりと振り返り、側近ヅラして横で見ていた、俺とシルナとナジュの方を向いた。

な、何だ…?

「こちらの方々は?」

「お気になさらず。私の…臣下の者です」

と、フユリ様は誤魔化して言ってくれた。

臣下…。俺達は王宮の人間ではないから、厳密にはフユリ様の臣下とは言えないが…。

まさか、イーニシュフェルト魔導学院の関係者ですとも言えず。

しかし、ハクロの方が一枚上手だった。

「あなたの臣下の中には、人の心を読む者がいるそうですね」

…ぎくっ。

…よく知ってるじゃないか。

と思ったが、向こうにはヴァルシーナがいるんだっけ。

そりゃ知ってるに決まってるか。

最悪、例の…心に蓋をして、読心魔法を防ぐ方法、ってのも知ってるかも。

前にすぐりが使ってた奴だな。

ナジュ曰く、あの弱点は克服したらしいが…。

「その読心魔法使いを退席させてください。そうでなければ、何もお話するつもりはありません」

「…」

…俺達の浅知恵などお見通し、ってことか。

「読心魔法使いなんて、この場にはいませんよ」としらばっくれても良かったが…。

その嘘が後でバレて、これ以上アーリヤット皇国との関係を悪くしたら、さすがに洒落にならないもんな。

「…やれやれ、分かりましたよ」

ナジュはお手上げとばかりに、溜め息混じりにそう言った。

「どうやら僕はお邪魔虫みたいなので、退席します」

「ナジュ君…ごめんね」

シルナがナジュに謝っていた。

折角一緒に来てくれたのにな。ナジュだけ一人、外で待ってろとは…。

…でも、他にどうしようもないし。

ナジュには申し訳ないが、外で待っていてもらうしかなかった。
果たして、ナジュなしで俺達は、この女の腹の中を探れるのだろうか?

正直、あまり自信がない。

「…やはりいたんですね。油断も隙もない」

ナジュが出ていくのを見て、ハクロはポツリと呟いた。

そりゃ悪かったな。

でも、ナンセイ民主共和国での、ナツキ様との交渉が決裂するや。

待ってましたとばかりにルーデュニア聖王国を包囲したお前達が、それを言うか。

お前らの方が、よっぽど油断も隙もないよ。

「これは一体どういうことですか?」

フユリ様は珍しく険しい顔をして、ハクロに尋ねた。

最近フユリ様は、険しい顔をしていることが増えた。

それだけ心労が多いってことだ。

「アーリヤット国軍が、我々ルーデュニア聖王国の領海に勝手に侵入したと聞いています。どういうことですか?」

「…いちいち、言葉で説明しなければ分かりませんか」

なんとクソ生意気な返事か。

お前、それが他国の女王に対する態度か?

「この通りです。これが、ナツキ皇王陛下の御心です」

「…」

ルーデュニア聖王国なんて、ぶっ潰してしまえと。

それがナツキ様の心か?

仮にも自分の故郷に…随分と容赦ないな。

「…そうですか。よく分かりました」

目を伏せて、フユリ様は努めて冷静に答えた。

「しかし、私はアーリヤット皇国との開戦を望んではいません。平和的交渉による解決を望みます」

あくまでもフユリ様は、アーリヤット皇国と戦う意志はないと。

そうであって欲しいよ、俺も。

戦うことなんて望んでない。

多分、多くのルーデュニア聖王国民も、同じように思っているだろう。

…本当は、アーリヤット皇国の民も。

「フユリ女王陛下はそう仰るだろうと思いました」

ハクロはそう言って、白い封筒をフユリ様に差し出した。

…あれは…?

「ナツキ皇王陛下から預かって参りました。これがアーリヤット皇国からルーデュニア聖王国に対する、最後通牒です」

…最後通牒。

その言葉を聞くなり、更にフユリ様の顔つきが険しくなった。

…この女、本気かよ。

最後通牒…あの白い封筒の内容に従えないなら、すぐにでも宣戦布告する。

それだけ緊迫した状況に陥ったことに、俺は思わず目眩がしそうだった。

…俺とシルナが、ナンセイ民主共和国でナツキ様の誘いを断ったばかりに。

ルーデュニア聖王国に帰ってきてからも、学院の皆に相談したり、この後フユリ様とも相談して…なんて。

そんな悠長なことをしている間に、ナツキ様は迅速に、ルーデュニア聖王国を追い詰める準備を進めていた。

自分達がいかに呑気なことをしていたかと思うと、殴りたくなってくるな。

今からでも遅くないし、改めて殴っておこうか。
「…最後通牒…ですか」

「内容はまず、ルーデュニア聖王国に囚われている二人の外交大使の即時返還…」

うるせぇ。それは建前だろ。

ルディシアもマシュリも、外交大使なんかじゃない。

ナツキ様は、本気で二人に帰ってきて欲しい訳じゃない。

ただ建前として、二人がルーデュニア聖王国に囚われていることになっているから、二人の身柄を返せと言ってるだけ。

返せ返せと言いながら、本当に帰ってきたら、理由をつけて闇に葬るつもりでいるんだろう。

そうはさせるものか。

「そして、ナツキ皇王陛下がサミットで草案を提出した、世界魔導師保護条約の批准を求めます」

…こっちが本命だな。

ルーデュニア聖王国に、あのくそったれ条約の批准を求める。

そうすることによって、ルーデュニア聖王国の魔導師を条約に縛り付けようとしているのだ。

…勿論、その魔導師の中には、俺とシルナも含まれる。

「その他には、この度の騒動でアーリヤット皇国が被った損害の賠償を求めます」

つまり、金を寄越せと?

アーリヤット皇国が被った損害?何の冗談だ?

損害を被ったのはこっちだよ。

どうやら、ルーデュニア聖王国からありとあらゆるものを搾り取るつもりらしいな。

がめついにも程がある。

「それ以外の詳細な項目に向いては、そちらの封書に記してあります。ご自分の目で確認してくだい」

「…」

フユリ様は、相変わらず険しい顔で白い封筒を睨み付け。

そして。

彼女は無言で、その封筒を真っ二つに破り捨てた。
…フユリ様。

これには、俺は思わず目を見開いた。

しかし、シルナと…ハクロもまた、平然としていた。

こうなることを予想していたと言わんばかりに。

「…いかなる理由があろうとも、私は自国の民を売るような真似はしません。自国の民が苦しむと分かっていて、非人道的な条約を結ぶつもりもありません」

「…」

「このような無礼な要求を、一つたりとも受け入れることは出来ません」

毅然として、真っ直ぐハクロの目を見て。

フユリ様は、きっぱりとナツキ様からの最後通牒を破り捨てた。

…これが、ルーデュニア聖王国の女王の威厳、って奴か。

…シルナより、十倍は格好良いな。

その威厳、大さじ一杯くらいで良いから、シルナに分けてやってくれまいか。

「…」

シルナは、じっと俺を見つめて、何か言いたそうな顔をしていた。

多分いつものあれだろう。「羽久が私に失礼なことを…」っていうあれ。

うるせぇ。今それどころじゃないんだよ。

「…そうですか。ルーデュニア聖王国の民を、戦火に巻き込むことを望まれますか」

ハクロは軽蔑したようにそう言った。

どの面下げて言ってんだ?

こうなったのは誰のせいだと思ってるんだよ。

お前達が余計な手出しをしてこなければ、ルーデュニア聖王国の民も巻き込まれずに済んだんだよ。

自分の投げたブーメランで、身体真っ二つにされてしまえ。

「いいえ、私は戦は望みません。今一度、アーリヤット皇王との交渉を望みます」

ナツキ様の不躾な要求を呑むつもりはない。

しかし、戦争をすることも望んでいない。

あくまで、話し合いによる解決を望む。

フユリ様は、そのスタンスを崩さなかった。

だけど…いくらフユリ様が平和的解決を望んだとしても…。

ナツキ様にそのつもりがないんじゃ、交渉なんて出来ない。

「どうか、軍を引いてください。そしてナツキ皇王陛下に直接会って話したいと…」

「その要求を聞き入れる訳にはいきません」

ハクロは、きっぱりとそう言った。

平和的解決を望むフユリ様の提案を切り捨てた。

…もう駄目か。さすがに無理か。

頭から血の気が引く思いだった。
組織と組織との戦いなら、これまでにも何度も経験したことがある。

だけど…国同士の戦争なんて、これが初めてだ。

俺にとって初めてというだけじゃない。

ルーデュニア聖王国にとって、初めての事態だ。

…本気でやるつもりなのか?

脅しじゃなくて?本当に?

俺は、情けないほどに動揺していた。

情けないよな、マジで。

ナジュや令月なんか、物凄く冷静に受け止めていたのに。

いざとなったとき、これほど腰の引けている自分が、本当に情けない。

受けて立ってやる、と言えない自分が。

だって…これまでの、組織同士の小競り合いとは訳が違う。

これまでは、万が一負けても傷ついても、被害を被るのは自分と仲間達だけだった。

でも、今回は違う。

国同士の争いになると、巻き込まれるのは俺達だけじゃない。

ルーデュニア聖王国にいる、全ての国民が巻き込まれるのだ。

大人も子供も、男も女も。

元気な人も病人も、軍人でも非戦闘員でも。

いつ戦火に巻き込まれ、いつ命を落とすか分からない。

国同士の諍いなんて全く預かり知らない、無辜の民が犠牲になるのだ。

彼らはただ、偶然この国に生まれて、偶然この国で育って、偶然この国に暮らしているに過ぎないのに。

国と国との勝手な意地の張り合いのせいで、何の罪もない人々が苦しむのだ。

それって、あまりにも勝手なんじゃないか?

国の中に国民がいるんじゃない。国民がいるから国なのだ。

それなのに、国にとって一番大切な、国民という財産を…国の事情で、勝手に危険に晒して良いのだろうか?

例え受け入れ難くても、ナツキ様の最後通牒を呑むべきなのではないか?

俺は、そんな弱気を起こしていた。

本当に腰抜けだよな。自分でもそう思う。

だけど俺は、この国の平和を守りました。

…いや、正しくは、この国の平和じゃないな。

もっと個人的で、利己的な理由だ。

自分と、自分の大切な人の命を守りたい。

彼らとの平和な毎日を守りたい。

俺が心から求めているのは、それだけだ。

しかしフユリ様は、既にナツキ様の封書を破り捨ててしまっていた。

もう、俺達に選択肢はない。

アーリヤット皇国と戦争をして、どちらかが勝つまで終わらない。

罪のない人の血が、この大地に流されて。

人々の命を生贄に捧げ、犠牲になって…。

そうすることでしか、平和を掴めないなんて。

血で血を洗う争いの果てに手に入れた平和とは、果たして本当の平和と言えるのだろうか…?

多分俺は、そんなことを考えながら、顔を真っ白にしていたのだろう。

「…羽久…」

シルナが俺の名前を呼んでも、すぐには気づけないほどに狼狽えていた。

情けなく怯えまくっている俺に対して、シルナはずっと冷静だった。
「…シルナ…」

そう呼び返す俺の声は、自分でも分かるほどに震えていた。

情けなくて本当。ごめん。

フユリ様の威厳を大さじ一杯もらうのは、シルナじゃなくて俺だな。

なんて冗談が、全く笑えなくて困る。

…しかし。

「…大丈夫だよ、羽久」

シルナは微笑みを浮かべて、俺にそう言った。

…え?

何で…こんなことになってるのに。

こんな絶望的な状況なのに、笑ってみせるんだ?

「君のことは、私が守ってあげるから。これまでも、これからも」

「…シルナ…でも…」

「だから大丈夫。何も心配しなくて良いんだからね」

そう言える根拠が何処にあるのか。

俺を宥める為に、虚勢を張っているだけなんじゃないかと思った。

しかし、シルナには俺と違って、ほんの少しも狼狽える様子はなくて。

むしろ、こうなることを予想していたみたいな顔で。

「横からごめんね、ハクロさん…だったよね」

フユリ様とハクロの間に、強引に割って入った。

お、おい。お前正気か?

国のトップと、正式な使者との謁見だぞ?

ごめんね感覚で、横から口を挟んで良い状況じゃないだろう。

しかし、シルナは涼しい顔だった。

「…何です」

ハクロは顔をしかめて、シルナを胡散臭そうに見つめた。

「さっきから聞いてたら、アーリヤット皇国の国王様は、本気でルーデュニア聖王国と戦争を起こすつもりなのかな?」

仮にも、アーリヤット皇国から正式に来ている使者に向かって。

何だ、その態度は。

お友達と喋ってるんじゃないんだぞ?

「全ては、皇王陛下の御心のままです」

「そう。やっぱり本気なんだ…。…ふふっ」

何で笑ってんの?

シルナのあまりの無礼な態度に、俺はさっきとは違う意味で、背筋が凍ってるんだけど。

「…何がおかしいのですか?」

ハクロの声が、更に低くなった。

これまでも充分低かったのに、これ以上低くなったら、そろそろ空気が凍るぞ。

でも、そうなるのも無理はない。

当たり前だ。自分の仕える国王を小馬鹿にされたのだから。

「おかしいよ。だってナツキ様は、ルーデュニア聖王国と戦争を起こして、本気で勝てるつもりでいるんだもん。笑わずにはられないね」

そう言って、にっこりと微笑むシルナに。

俺も、フユリ様も唖然としていた。

…こいつ、頭大丈夫か?