神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

女子生徒達が学生寮に帰った後。 

シルナは学院長室に、教師連を招集した。

「おっ、とうとう来ましたか」

「え、猫…?何でこんなところに?」

ナジュと天音は、銀色の猫を見てこの反応。

やっぱりナジュは知ってたんだな。

倉庫の中に閉じ込めるのもどうかと思うので、ひとまず学院長室で預かることにした。

猫は尻尾を揺らしながら、大人しく学院長室のソファにお座りしていた。

なかなか行儀の良い猫だ。

もしかしたら、これから自分がこの学院にいられるかどうか、面接試験を受けることになると分かっているのかもしれない。

猫って賢いもんな。

「可愛いね、ナジュ君。猫」

「なかなか良い面構えじゃないですか」

ナジュと天音は、予想通り猫に好意的な反応。

…しかし。

「…これはどういうことですか?」

イレースのその一言で、部屋の温度が10℃は下がった。

あれ?なんか凄く寒い気がする。

イレースは、ソファの上の猫をジロッ、と睨んだ。

恐ろしい眼光である。

「そ、それはその…。…い、色々あって…」

自分に任せろと胸を張ったシルナだが、いざイレースの眼光を前にすると、勇気が萎えたらしく。

視線をぐるぐる彷徨わなせながら、必死に言い訳を考えていた。

あーあ…。

生徒の前でええかっこしいするから…。

「色々とは何です。順を追って説明してください」

イレースを前に、曖昧な返答は許されない。

…どっちが学院長なんだか…。

「学生寮の裏庭に迷い込んでたらしい。それを生徒の一人が見つけて、他の生徒と保護して世話してたんだと」

俺がシルナの代わりに、簡単に事情を説明した。

「世話ですって?どうやって?」

女子生徒達だけの力じゃ出来なかっただろうな。
 
「それが、令月とすぐりも協力してたんだってさ。猫を拾った生徒の中に、園芸部の部長がいたらしくて」

偶然なんだろうが、猫を拾ったメンバーの中に、あのツキナという生徒がいて助かったな。

令月とすぐりの協力がなかったら、こんなに長く猫のことを隠してはおけなかっただろう。

「ちっ…。あの二人、また我々に隠れて勝手なことを…。余計なことに口を挟めないよう、猿轡でも嵌めておいてやりましょうか」

恐ろしいことを呟いていらっしゃる。

今のは聞かなかったことにするよ。

「…で、その拾い猫が何故ここにいるんです。飼い主を探せということですか」

「いや…何て言うかその…。どうやら飼い猫じゃないみたいで」

「…」

「野良猫らしいんだけど、他に行き場が、」

「そうですか。野良猫ですか」

と、イレースは安心したように言うなり。

「では、遠慮なく追い出しましょう」

言うと思ったよ。

「ちょ、ちょちょ、待ってよイレースちゃん!追い出すなんて可哀想だよ!」

「何がですか。この猫は野良猫なんでしょう?野良猫を狭い場所に閉じ込める方が可哀想というものでは?」

ちょっと納得してしまった自分がいる。

が、生徒に「大丈夫だ」と太鼓判を押してしまった以上。

何としても、生徒達との約束を守らなければならない。

「学院で飼ってあげたいんだってさ」

と、俺はイレースに言った。

「…飼う?この猫を?」

「あぁ。もうシルナが『飼う』って約束したんだ」

「…」

イレースは無言でシルナを睨んだ。

その眼光と言ったら、俺が猫だったらすぐさま逃げ出したくなるほどだった。

それなのにこの猫は逃げないんだから、肝が据わってるよ。
「…一体誰の許可を得て、猫を飼うなんて無断で決めたんです?」

「う、そ、それは…」

シルナの方が上司のはずなのに、完全に立場が逆転してるな。

「生徒の前で良いところ見せたくて、『私が説得するから大丈夫』って胸を張って言ったんですよね」

と、ナジュが言った。

超笑顔で。

やっぱりあれ、ええかっこしいだったんだ。

「ちょ、ナジュ君!余計なこと言わないでって!」

「…生徒の前で格好つけたいが為に、猫を飼うことを許したと…?」

「ひぇっ。ちが、そ、そうじゃなくて。ね、猫ちゃんを見捨てられなかっただけだよ!」

…どうしたもんか。

圧倒的に、シルナが形勢不利だぞ。

「良いですか。この際だからはっきり言っておきましょう」

と、イレース。

「イーニシュフェルト魔導学院は、魔法の勉強をする為の学校です。猫を飼う場所ではありません」

「…それは…」

「大体、うちの学院では既にパンダを一匹飼っているでしょう。これ以上ペットが増えるのはたくさんです」

「…イレースちゃん。そのパンダって…もしかして私のこと…?」

涙目のシルナだった。

仕方ないな。普段の行いのせいだ。

「学生の本分は勉学です。彼らはここに魔導の勉強をしに来たのであって、猫を飼う為に来たのではありません」

「それは…そうなんだけど…」

しどろもどろになりながら頷くシルナを見て、ナジュが半笑いで一言。

「頭かったいですよね〜。猫の一匹くらい別に良いじゃないかと思いますけど」

「…何か言いましたか?」

おい。お前不死身だからって、発言には気をつけろよ。

「…って、天音さんが言ってました」

「えぇっ!?僕!?」

そして天音に責任を擦り付けるな。

「だ、大丈夫だよイレースちゃん。ちゃんと当番を決めて、責任持って皆で、」

「そんなものは最初だけです。どうせしばらくすれば、飽きて世話をしなくなるに決まってます」

ペット飼い始めるときの子供あるある。

うちの生徒はそんな無責任なことはしない、と信じたいものだが。

「じっ、じゃあ…イレースちゃんはこの猫ちゃんをどうすれば良いって言うの?ま、まさか保健所送りに…!?」

情に訴える作戦。

しかし、イレースが怯む様子は全くなく。

「もらわれ先がなく保健所に送られるなら、それはその猫の定めというものでしょう」

割り切ってんなぁ。

「それに、まだ殺処分と決まった訳じゃありません。ここで飼わなくても、里親を探してそこに預ければ良いじゃないですか」

…確かに。

自分のとこじゃ飼えないんだから、飼える人を募集して、そこに預ければ良いのでは?

シルナの名前で里親を募れば、一人二人くらいは手を上げる人がいるだろう。

…多分。

「それじゃ駄目だよ!ここで、学院で飼ってあげたいんだよ」

しかし、生徒に約束した手前、シルナも簡単には引き下がれない。

あんな約束するから…。
「良い子だよ、この猫ちゃん。ほら。大人しく座ってて、悪さもしない」

シルナは、大人しくソファの上にお座りした猫を指差した。

猫って言ったら、よく悪戯するイメージを勝手に持ってるが。

この猫に限っては、全然そんな様子はないよな。

猫にも性格があるってことなんだろうか。

それとも、この猫も自分なりに、学院で飼ってもらえるか否かの瀬戸際にあることを理解し。

文字通り借りてきた猫のように、今だけは大人しくしているのかもしれない。

賢い猫だ。

「学園のマスコットキャラみたいな感じで。ねっ?飼ってあげようよ」

「マスコットなら、既にパンダがいるでしょうが」

「…それって、やっぱり私のこと…?」

「それに、魔導学院にマスコットなど必要ありません。ここは学校です。猫を飼う場所ではありません」

…うーん。

ことごとくイレースの方がド正論で、俺も反論が思い浮かばないぞ。

全面的にイレースの言ってることの方が正しい。

「全ての生徒が猫を好きだと思ったら、大きな間違いです。中には動物アレルギーの生徒もいるでしょう。そういう生徒にとっては、迷惑以外の何者でもありません」

…確かに、と思ってしまった。

動物って、結構好みが分かれるって言うか。

嫌いな奴は嫌いだもんな。

それにアレルギーがあったら、好きとか嫌いとか関係ない。

「そ、それは…でも、そういう子は近寄らないようにすれば…」

「生徒が近寄らなくても、猫が近寄ったらどうするんです」

この猫人懐っこいし、有り得るかもしれないな。

「学院の備品に悪戯をされたら、目も当てられません。何せ獣は、言って聞く相手ではないんですから。ただでさえうちのパンダだって、言い聞かせてもろくに聞かないんですから」

やれやれ、とばかりに溜息をつくイレース。

お前は本当に苦労してるよ。

「う、うぅぅ…」

形勢不利のシルナは、とうとうぐうの音も出ない感じになってきた。

さぁどうする。

俺も助け舟出した方が良いんだろうか?

俺も生徒と約束してしまったからな…。これで「やっぱり説得出来ませんでした」じゃあ、情けなさ過ぎる。

「でも…でもねイレースちゃん。私はそれって無責任じゃないかって思うんだ!」

お?

シルナが何か思いついたようだぞ。

まだ反論出来るか。頑張れ。

「何が無責任なんです」

「だって生徒達は猫ちゃんを拾って、しばらくの間お世話して、飼ってたんだよ?その時点でもう、彼女達は猫ちゃんを飼う責任を負ったってことにならない?」

「…」

「一度面倒を見たんだから、途中で他の人に丸投げなんて、それは無責任だよ。私は自分の生徒に、責任を他人に押しつけるような真似はさせたくないんだ」

おぉ、やるじゃないかシルナ。

なかなかそれっぽい理屈を持ち出してきた。

「そして私達は、そんな生徒を監督する教師として…。一緒に同じ責任を背負って、この猫ちゃんの面倒を見てあげるべきじゃないかと思うんだ」

「…」

これには一理あると思ったのか、イレースも苦い顔で黙り込んでいた。

これは行けるかもしれないぞ。逆転勝利のチャンス。
「…このパンダ、適当なことを言って誤魔化そうと…」

悪態つかれてるけども。

シルナの言い分も通用しているぞ。あと少しだ。

すると。

「…あのー…僕から一つ提案なんだけど…」

膠着する舌戦の間に、天音が乱入してきた。

「…何です?」

「ひっ…」

ジロッ、とイレースに睨まれ、身体を竦ませていた。

頑張れ天音。

「とりあえず、しばらくの間は学校で飼ってあげたらどうかな…?」

と、天音が提案した。

しばらくの間…?

「それで、もし猫ちゃんがいることで、何か不都合が起きるようだったら…可哀想だけど里親を探すことにして。特に問題がないようだったら、そのまま飼うことにしたらどうだろう」

…ほう。

折衷案だな。

「そうして、そのままなし崩し的に学院で飼おうという算段ですね?」

「うっ…」

…イレースには見抜かれてるけど。

天音も学院で飼うことに賛成なんだろうな。

天音の性格的に、行き場のない猫を放り出したくはないだろうし。

「お願いだよイレースちゃん。猫ちゃんを守ってあげよう!ね?ね?私に免じて!」

ここぞとばかりに、情に訴えようとするシルナだが。

「パンダごときが免罪符になると思ったら、大きな間違いです」

一刀両断されている。

そりゃそうだ。

すると。

「獣って意外と賢いですから、自分を嫌ってる相手とか、避けられてる相手には近寄らないものですよ」

ずっと黙っていたナジュが、豆知識とばかりにそう言った。

「自然と、可愛がってくれる相手だけに構ってもらおうとするでしょう。鬼のようなイレースさんには決して近寄らな、」

「…何かおっしゃいましたか?」

「…って、天音さんが言ってました」

「えぇっ!?」

だから、天音に濡れ衣やめろって。

すると、それまでソファに座っていた猫が。

ここに置いてくださいとばかりに、「にゃー」と一声鳴いた。

イレースはジロリとそんな猫を睨み。

そして、溜息を一つついた。

「…良いでしょう。学院に置くことを許可します」

とのこと。

勝ったな。苦しい戦いだった。

「本当っ?良いの?」

「ただし、条件があります。責任を持って面倒を見ること。教室の中には入れないこと。きちんと躾けること。そして悪戯をしたら放り出します。良いですね」

結構厳しいが、それでも鬼教官の許可を得られたんだから安いもんだ。

「良かったねぇ、猫ちゃん。ここにいられるよ。良かった良かった」

「にゃー」 

返事をするかのように鳴く猫である。

…落ち着くところに落ち着いたって感じだな。

「これで、嘘つき学院長にならずに済むな」

「本当だよ。良かった〜」

…そういう訳で。

今日から我がイーニシュフェルト魔導学院に、マスコットが誕生することになった。

おめでとう。
――――――猫が学院にやって来て、一週間が経った。

イレースの言う通り、全ての生徒に受け入れられる訳ではないことは分かっていた。

…しかし…。

「あ、猫ちゃんだ」

「おいでー、餌があるよ〜」

「ブラッシングしてあげるね」

学院の敷地内を歩いていると、ちらほらとそんな女子生徒達の会話が聞こえてくる。

文字通りの猫可愛がりぶりである。

更に、男子生徒からも。

「あ、猫だ」

「ほら、猫じゃらしだぞ」

「お前、そんなの持ち歩いてるのか?」

「良いだろ、別に」

なんて会話をして、猫じゃらしで遊んであげていた。

男子生徒からも人気とは。

あっという間に、学院のアイドル的存在になったな。

今のところ、餌当番もきちんと守られている。

それどころか、皆争うようにして餌当番の日を心待ちにしている始末。

そんなに食べさせたら肥満になるぞ。シルナじゃないんだから。

勿論、全ての生徒が快く猫を迎えている訳じゃないはずだ。そういう生徒は多分、意識的に猫に近寄らないようにしているのだろう。

そしてナジュの言った通り、そういう生徒には猫の方も近寄らないようで。

自分を可愛がってくれる人にのみ近寄り、イレースを始め、自分に好意的でない人間の傍には近寄らない。

なかなか賢い猫だ。

飼い始めて一週間になるが、特に猫のせいで不都合が起きたという報告も聞いていない。

まぁ、まだ一週間しか経ってないから、これから何か問題が起きるかもしれないが…。

とりあえず滑り出しは上々と言うか、幸先良いんじゃないか?

と、思っていた丁度そのとき。






「猫ちゃんの名前を決めてあげようと思うんだ」

放課後の学院長室で、シルナがそう提案した。
何だ、藪から棒に。

「猫の名前って…?」

「今日、生徒に聞かれたんだよ。この猫ちゃん、名前つけてあげないんですかって」

そういえば、猫と呼ぶばかりで名前をつけてはいなかったな。

大抵の人は「猫ちゃん」呼びだし。

でも、考えてみれば猫ちゃんはおかしいか。

人間だったら、「人間ちゃん」と呼んでるようなものだ。

猫としても、いつまでもそんな呼び方は不本意だろう。

学院で飼うことを決めたのなら、きちんとそれなりの名前をつけてやらなくては。

「そろそろ名前つけてないと可哀想だなぁって。そんな訳だから、皆で猫ちゃんの名前を決めてあげよう!」

…だ、そうだぞ。

名前か…猫の名前…。

「こいつ、銀色の毛をしてるから…『銀』とかどうだ?」

「びっくりするほど安直ですね」

うるせーナジュ。

そんな咄嗟に言われても、思い浮かばねぇよ。

「イレースちゃんは何が良いと思う?」

「タマで良いでしょう。猫の名前なんて」

それも安直過ぎるだろ。

猫に興味ないのは分かるが、もう少し真面目に考えてやってくれ。

名付けは大事だぞ。

「令月君は?どう思う?」

「僕?そうだな…。…ブチ丸」

ブチ猫じゃねーよ。

「すぐり君は?」

「ミケでいーんじゃない?」

ミケ猫でもねーよ。

駄目だ。皆名付けが安直過ぎるぞ。

これじゃあ生徒達に「ダサい」と言われかねない。

「そういうシルナは、何が良いと思うんだよ?」

「え、私?私はねぇ…『チョコちゃん』が良いと思う!」

茶トラでもねーよ。

お前がそう呼びたいだけだろ。

ここぞとばかりに自分の好物出してきやがって。

いや、だからって「銀」が良い名前とも言えないが。

すると。

「皆さん名付けが下手ですねぇ。センスってものがないんですよ」

やれやれ、とばかりにナジュが頭を振った。

何だ。自信満々のようだな。

「そこまで言うなら、お前はどんな名前が良いと思うんだよ?」

「アレクサンドリア4世とかどうでしょう」

何処の王侯貴族?

「そんな自信満々で言う名前かよ、それが…」

「失礼な。そんなに『銀』が良いですか?何処の侍ですよ」

悪かったな。

俺のネーミングセンスもさることながら、他の教師陣からもろくな意見が出てこない。

かくなる上は。

「天音。お前に全てが懸かってる。ここで一発、皆をあっと言わせる名前を考えてくれ」

「え、僕?え、えーと…そうだな…」

今のところ出てる案は。

銀、タマ、ブチ丸、ミケ、チョコちゃん、アレクサンドリア4世の6つか。

どれも微妙だ。特に最後。

やはり、ここは天音の機転に懸けるしかなさそうだな。

頼んだぞ、天音。

「えっと…やっぱり食べ物の名前の方が親しみやすいよね…?」

「別に食べ物に限らないから、何でも良いぞ」

「それじゃその…と…」

と?

「…お豆腐ちゃん、とか?」

「…」

…天音。

お前に期待した俺が馬鹿だったよ。
豆腐って。

そりゃ豆腐は美味しいけど。

しかし名前の中に「腐」という字を使うのは、あまり綺麗じゃないと言うか…。

「それは…絹豆腐?木綿?」

「あのな令月。そこは特に重要じゃない」

絹か木綿はどうでも良いんだよ。

豆腐であることが問題なんだ。

「豆腐は白だろ。こいつは銀色だぞ」

「ゴマ豆腐なんだよ、多分」

そういうことかよ。

ちょっと納得してしまった自分がいるが、豆腐はさすがにどうなんだ…?

健康的だな。

「そもそもこの猫、オスなのでは?」

と、イレースが言った。

そういえば。

チョコちゃんだの豆腐ちゃんだの、勝手にちゃん付けして呼んでるが。

こいつはオスだから、チョコくんと豆腐くんだ。

うーん。語呂が悪い。

「今の中で、少しでもまともな名前はあるか…?」

「アレクサンドリア4世では?」

それが一番ねーよ。

「やっぱりブチ丸で良いんじゃないかな」

「いや〜。猫ならミケでしょ」

あのな、令月もすぐりも。

よく見てみろ。この猫はブチ猫でもないし、ミケ猫でもないんだぞ。

黄色人種の人間に「白人」って名前つけてるようなもんだぞ。

それはちょっと解釈違いだろ。

「猫の名前ごときで時間を取られるのか面倒臭い。いっそ名無しの権兵衛でよろしい」

イレースが投げ槍になってしまってる。

名無しの権兵衛って、それは名前じゃないだろ。

「やっぱりチョコちゃんで良いんじゃない?…あっ、カカオちゃんでも良いかも!」

シルナはチョコから離れろ。

黒猫でもねーんだよ。

皆真面目に考えてるか?猫とはいえ、名前ってのは大事だぞ。

その名前でこれから先、この猫を呼ぶことになるんだからな。

「…それじゃ、その…僕達じゃなくて、生徒に意見を募ってみたらどうかな?」

と、天音が提案した。

生徒に?

「これが良いなって思う猫の名前を、生徒に考えてもらって…紙に書いて箱に入れるんだよ」

成程。 

目安箱みたいに、校内に意見箱を設置しておき。

何か良い名前を思いついたら、紙に書いて意見箱に入れてもらう。

良いかもしれないな。

何せ、俺達教師陣+元暗殺者組の意見は、どれも散々だからな。

こうなったら、よりネーミングセンスのある生徒に頼る他あるまい。

生徒達だって、これから学院のマスコットとなる猫の名前なのだ。自分達で決めたいだろう。

教師が勝手に決める方が間違ってるな。

よし。

「そうだな。生徒に意見を出してもらうか…」

「分かった。じゃあ、早速意見箱の用意をしようか」

「…やれやれ。猫一匹の名前くらいで大袈裟な…」

まぁそう言うなよ、イレース。

どうせなら良い名前をつけてやりたいじゃないか。
俺達は天音の提案に従い、学院に猫の名前の意見箱を設置した。

期限は三日間。

三日間の間に、生徒から猫の名前案を募った。

そして、三日目の放課後。下校時刻が過ぎてから。






「よーし。それじゃあ意見箱を開封していこうか」

さて。生徒達からどんな意見が出たのか、早速見ていくとしよう。








意見箱を揺すってみると、中からザラザラと紙の擦れる音がした。

おぉ。結構入ってるじゃないか。

皆、色々意見をくれてありがとう。

この中にはきっと、俺達教師陣の考えた名前より遥かに素晴らしい名前が書いてあるだろう。

やはり、生徒に意見を募って正解だったな。

…すると。

「どんな名前になるかな?」

「ツキナも書いたらしいよ。だいこんちゃんだって」

興味津々といった様子で、令月とすぐりが意見箱の開封を待っていた。

…。

…あのさぁ。

なんか、当たり前のようにここにいるんだけど。

「お前ら知ってるか?下校時刻過ぎてんだぞ」

「?うん、そうだけど…それがどうかしたの?」

どうかしたの、じゃないだろ。

これ、素で言ってるからな。悪ふざけとか悪戯のつもりじゃなくて。

お前ら、下校時刻過ぎてからうろうろするのが当たり前になってるのかもしれないが。

他の生徒は学生寮に帰ってるんだからな。お前らも帰れよ。

「そんなことより、早く開けようよ」

そんなことって何だよ。大事なことだろ。

…はぁ、まぁ良い。

また屋根裏や床下に潜まれるよりマシだ。

こうして姿を現しているのだから、今日はまだ良い方だよ。

俺は意見箱を開封し、机の上に記入用紙を広げた。

ザラッ、と出てくる記入用紙の山。

すげー入ってる。予想以上だ。

「わぁ、凄い。いっぱいある」

「皆、たくさん考えてくれたんだね」

「猫の名前などではなく、その意欲を勉強に活かして欲しかったですね」

そう言うなよって、イレース。

たまの息抜きみたいなもんだろう。

「色々ありますね。えーと…。レオン、モカちゃん、りんごちゃん」

「こっちは…タルト、ティアラ、すふれちゃん…」

生徒達も、こいつがオス猫だってこと忘れてるのかもしれない。

と言うか、多分意見をくれた大半の生徒が、女子生徒だからだと思う。

三日間様子を見てたけど、意見箱にくっついていたのはほとんど女子生徒だったから。

可愛い名前にしたいのは分かるが、オス猫にちゃん付けはどうなんだろう。

「ソーダくん、ねこ太郎、モモくん、なっとう…。やっぱり食べ物の名前が多いね」

確かに。

多種多様な食べ物の名前ラインナップ。

まぁ、親しみやすいもんな。呼びやすいし。

でも納豆はどうなんだ…?

「あ、見てください。クレオパトラ3世だって。奇しくも僕と同じ発想ですね」

と、ナジュは一枚の記入用紙をぴらぴら振りながら言った。

マジかよ。ナジュと同レベルの生徒がいるのか?

なんか情けなくなっていた。

「…山ほど意見が集まった訳ですが」

イレースが、大量の記入用紙を見下ろしながら言った。

「この中から、どうやって名前を決めるつもりですか?」

「…あっ…」

それは…。

…ちょっと、考えてなかったな。