猫カフェを出る頃には、既に日が暮れかけていた。
思いの外、満喫してしまったらしい。
恐るべし、猫カフェ。
「あ、やっと出てきた」
「待ちくたびれたよ、もー」
令月とすぐりが、地面に座り込んで待っていた。
悪い悪い。
「仕方ないから、僕達も野良猫を追いかけ回して遊んでたよ」
何やってんだ、お前らは。
大人しく待っているということが出来ないのか?なぁ。
野良猫に申し訳なかった。
…それはさておき。
「どうする?これから…」
今日はここまで、シルナ、イレース、ナジュと天音、令月とすぐりのセレーナおすすめスポットに案内してきた。
残るは俺だけだ。
しかし、猫カフェでかなり時間を食ってしまった。
これから、また新しい場所に向かっていたら、学院に帰る頃には深夜になってしまうだろう。
「さすがに…今日はもう帰った方が良いかもね」
「私はこの後、抜き打ちテストを作らなければならないので。これ以上付き合っている暇はありません」
天音とイレースが言った。
結局抜き打ちテストはやるのか。可哀想に、生徒達。
「仕方ない…。じゃあ、今日はもう帰るか…」
「ちなみに、羽久は何処を紹介するつもりだったの?」
と、シルナに聞かれた。
あぁ、うん…。
色々考えたんだけどさ。王都のおすすめスポット…何処が良いかって。
で、俺が出した結論は…。
「マシュリ本人に聞こうと思ってたんだよ、俺は…。行きたいところはあるか、って」
俺は、自分の選んだ特定の場所にマシュリを連れて行くのではなく。
マシュリの意見を聞いて、マシュリの行きたいところに案内するつもりだった。
まぁ…残念ながら、今日はもう時間がないんだが…。
「何それ、本人に聞くなんてズルくない?」
「自分で考えることを放棄してるね」
すぐりと令月がそう言った。
うるせぇ。悪いかよ。
少なくとも、王都の裏路地や空き家を紹介したお前達よりはマシだろ。
「今日はもう行けないから、日を改めてになるが…」
と、俺はマシュリに言った。
「何処か行きたい場所はあるか?」
「…」
マシュリは無言で、少し考えていた。
何処でも良いぞ。
猫カフェでも、動物園でも。
王都セレーナには、大抵の施設なら揃ってるからな。
何なら王都じゃなくても、日帰り出来る距離なら、別の都市でも構わない。
すると、マシュリは。
「…それなら、一つ行きたい場所があるんだけど…」
お?
良かった、本人に聞いて。
やっぱり行きたいところがあったんだな。
「何処だ?」
「向こうの都合も聞かないといけないだろうから、明日明後日の話にはならないかもしれないけど…。僕が行きたいのは…」
そう言って、マシュリが提案したのは、俺にとっても意外な場所だった。
…マシュリを王都に案内した、その二日後。
放課後になるのを待って、俺とシルナとマシュリの三人で、再び外出した。
この間マシュリが言った、マシュリの行きたい場所に行く為だ。
先方の都合もついたので、今日行くことになった。
「ほら、ここだよ」
「…」
マシュリが行きたいと言って、今日俺達がマシュリを連れてきたのは…。
「ようこそ、学院長先生。羽久さん。それにマシュリさんも。…お待ちしてました」
シュニィは笑顔を浮かべて、俺達を迎えてくれた。
そう、ここはシュニィの家。
マシュリが行きたいと言ったのは、シュニィとアトラス一家の住む、ルシェリート宅であった。
意外に思うだろう?
俺も意外だったよ。
「…どうも」
マシュリはポツリと呟いた。
「さぁ、どうぞ。お入りください」
「悪いな、シュニィ…。いきなり家に押しかけて…」
忙しかっただろうに。
一昨日の夜、「マシュリがシュニィの家に行って、シュニィに会いたいって言ってるんだが」と伝えたところ。
快く承諾してくれ、今日の為に都合をつけてくれた。
「いいえ、構いませんよ…。…それに、私もマシュリさんに会いたかったですから」
「…」
「さぁ、どうぞお上がりください。お茶を用意しますから」
こうして、俺達はシュニィの家に上げてもらった。
聖魔騎士団団長と副団長の家にしては手狭だし、家具や調度品も庶民的である。
それでいて、隅々まで掃除が行き届いていて、所帯染みた感じは全くしない。
全部、シュニィの方針である。
聖魔騎士団の団長と副団長ともあろう者が、こんな質素な家に住んでいるとは。
豪遊しろとまでは言わないが、もう少しくらい贅沢をしても、バチは当たらないと思う。
まぁ…シュニィにとっては余計なお世話だろうから、言わないが…。
「シュニィちゃん、シュニィちゃん。お茶菓子持ってきたんだよ」
シルナが、持ってきた手土産をシュニィに渡した。
「あら、気を遣わなくて良かったんですよ」
「いやいや、良いんだよ。シュニィちゃんや、アイナちゃん達にも食べて欲しかったから」
「ありがとうございます。…ちなみに…その、このお茶菓子は…」
「チョコシュークリーム!」
「…ですよね…」
ごめんな、またチョコまみれで。
皆で食べるんだから、オーソドックスなカスタード味にしておけと言ったんだけど。
「え?チョコ味ってオーソドックスしゃないの?」って首を傾げるもんだから。それ以上何も言えなかった。
チョコ味は充分変化球だよ。普通シュークリームって言ったら、カスタードか生クリームか…。
あぁ、もう何も言うまい。
「それじゃ…お茶を用意してきますね」
「ありがとうね〜、シュニィちゃん」
シュニィはお茶を準備する為に、客間を出ていった。
俺達はその間、この客間で待っていることにする。
俺とシルナは、シュニィの家に来るのは初めてじゃないが…。
「…」
今日初めてシュニィの家を訪ねたマシュリは、興味津々の様子で部屋の中を見渡していた。
…どうだ?感想のほどは。
お前が来たいって言ったんだぞ。
「マシュリ、どうした?」
「…ポプリの匂いがする。ラベンダーだ」
あ、そう…。
まぁ、確かに良い匂いだけど…。
相変わらず、鼻が良いことで…。
…って、部屋の匂いはどうでも良いだろ。
「お待たせしました」
シュニィは、人数分のお茶のティーカップが載ったお盆を運んできた。
お帰り。
更に、さっきシルナが渡したチョコシュークリームも、一緒に持ってきた。
気を遣わせてしまって申し訳ない。
「どうぞ。…マシュリさん、紅茶は大丈夫ですか?」
「うん。…ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。ゆっくりしていってくださいね」
と言って、シュニィはにこやかに微笑んだ。
…全く。
まさかほんの少し前まで、このシュニィが目の前の男に誘拐されていたとは思えないな。
悪意がなかったとはいえ、自分を拉致監禁していた相手に対して、これほどにこやかに接待するとは。
もう少し…何と言うか、嫌味の一つや二つ言っても、バチは当たらないと思うぞ。
しかし、シュニィはマシュリをなじる様子は欠片もなく、優雅にティーカップを傾けていた。
「…それで…マシュリさん、今日は私に会いたいと仰っていたそうですが…」
ティーカップをソーサーに戻しながら、シュニィが切り出した。
「私に何か…?」
「…」
…実は、俺も聞いてない。
マシュリはただ、「シュニィの家に行きたい」と言っただけだ。
シュニィに会いたいんだろうと思って、こうして都合をつけて来た訳だが…。
結局、マシュリはシュニィに何の用事があったんだろう?
「…ただ、見たかっただけだよ」
マシュリは、ポツリとそう呟いた。
見たかった…って、何を?
「君がどうしても帰りたがっていた、君の居場所っていうのが…どんな場所なのか、」
と、言いかけたそのとき。
ガチャッ、と客間の扉が開いた。
「あ、がくいんちょうせんせいだー」
「あ、アイナお嬢様。駄目です…!」
現れたのは、シュニィとにアトラスの愛娘、アイナと。
ルシェリート宅で雇われている、ベビーシッターのエレンという女性だった。
おっと。いらっしゃい。
って、ここアイナの家なんだけどな。
学院長先生、だってよ。
シルナの奴、生意気にも、アイナに覚えてもらったんだな。
この間も会いに来たしな。
多分、いつもチョコ持ってきてくれる人、くらいの印象なんだろう。
アイナはてちてちと歩いてきて、シュニィの膝によじ登っていた。
可愛い。
「こら、アイナ…。お客様の前ですよ。勝手に入ってきちゃ駄目でしょう」
「いやいや、良いんだよシュニィちゃん。甘えさせてあげて」
と、シルナは言った。
そうだな。
シュニィがいない間、アイナ、凄く我慢して頑張ってたから。
思う存分甘やかしてやってくれ。
「アイナちゃん、シュークリームあるよ」
ここぞとばかりに、アイナにチョコシューを勧めるシルナ。
お菓子で釣ろうとするな。
「…しゅーくりーむ?」
「うん、ほらほら、美味しいよこれ。チョコ味でね…」
「ちょこ?」
「そうだよ、チョコのシュークリーム、」
「じゃあ要らない」
興味を失ったかのように、顔をプイッと背けるアイナであった。
…子供ってのは、残酷だな。
「そ、そ、そんな…」
「だから、カスタードとか生クリームも買っとけって言ったんだよ…」
チョコ味が万人に受け入れられると思うなよ。
シュークリームって言ったら、普通はカスタード味だよなぁ?
「…済みません…」
アイナの非礼(?)を、シュニィが代わりに謝罪していた。
いや、アイナは別に悪くないから。
食べる人のことも考えず、チョコ味ばっかり買ってきたシルナが悪いんだよ。
「アイナ、お母様はお客様とお話してるんですよ。あなたは子供部屋に…」
そう言って、シュニィはアイナをエレンに預けようとしたが…。
「…?猫ちゃん?わんちゃん?」
アイナはシュニィの膝から降りて。
代わりに、マシュリをじっと見つめながら首を傾げていた。
…え。
これには、一同固まった。
マシュリだけが、何を言われても驚かなかった。
「お兄ちゃん、わんちゃんなの?」
「…いいや、どっちかと言うと…猫だよ」
「じゃあ猫ちゃんだ!」
…マジで?
今のマシュリは、ちゃんとマシュリの…人間の姿だ。
猫の姿じゃない。
それなのにアイナは、初見でマシュリの正体を見破ったのである。
この優れた嗅覚…もとい、直感力。
そして、そんな相手に物怖じせずに話しかける胆力。
さすがシュニィとアトラスの娘だと言わざるを得なかった。
シュニィの娘なんだから、賢くない訳がないとは思っていたが。
まさか、マシュリを見た途端に「猫ちゃん」だと気づくとは。
…いや、まぁ猫ちゃんではないんだけども。振りをしてるだけで。
「よく分かったな…」
「敏い子供なら、たまに気づかれることがあるんだ」
と、マシュリ。
そうなのか。子供だけに分かる…幽霊みたいだな。
「アイナ、マシュリさんは猫ちゃんの姿になれるだけで…。猫ちゃんじゃないんですよ」
「?でも猫ちゃんだよ?」
シュニィが説明を試みるも、アイナはあくまで無邪気であった。
まぁ、うん。
猫なんだよ。…猫じゃないんだけど。
何言ってんのか分かんなくなってきた。
「猫ちゃん見たい!見せてー」
全く物怖じしないアイナは、マシュリの服の袖を引っ張ってせがんだ。
まさか、自分がせがんでる相手が、10日ばかりに渡って母親を誘拐していた犯人だとは思ってないだろうな。
知らないってのは幸せなことだ。
「こら、アイナ。マシュリさんに無理を言っては…」
「無理じゃないよ、別に」
アイナを叱ろうとするシュニィを遮るように。
すっくと立ち上がって、マシュリは両手をパンと打ち、その場でくるりと一回転。
毎回思ってるんだが、その一回転は必要なんだろうか。
『変化』に不可欠な儀式の一部なのかもしれない。
…それはともかく。
マシュリはあっという間に、いろりの姿に変わった。
さすが。
「わー!すごいすごい!猫ちゃんだ〜」
目の前で突然、人間が猫に変わったというのに。
アイナは全く怯える様子はなく、それどころか手を叩いて喜んでいた。
大物の器だよ、シュニィ。お宅の娘は。
「かわいい、かわいいね〜」
よしよし、といろりを撫でていた。
それどころか。
「猫ちゃんだけ?お兄ちゃん、猫ちゃんにしかなれないの?」
いろりを撫でながら、そんな質問をした。
いや、そんなことはないはずだが。
「それは…。…他にもなれるよ。全ての生き物になれる訳じゃないけど…」
えぇと、確か。
猫より小さな生き物にはなれなくて、あと空を飛んだり、水の中に生息する生き物にはなれないんだっけ。
だからつまり、シルナみたいに、カマキリやトコジラミにはなれなくて…。
その他は…何になれるんだろう?バイソンとか?
「ほんと?じゃあ…そうだ!ぬりかべにはなれる?」
無邪気に尋ねるアイナ。
…何故ぬりかべ…?
しかも、マシュリの返事は。
「なれるよ」
なれるのかよ。
え、マジなの?
俺とシルナとシュニィが、目を点にしているその前で。
いろりフォームのマシュリは、再び一回転。
次に現れたのは、どっしりと俺達の前に立ち塞がる…、
…ぬりかべ。
「…」
…マジ、だったみたいだな。
「わー!すごいすごい、ぬりかべ!」
アイナは大喜び。
その横で、俺とシルナとシュニィは口をあんぐり開けていた。
…嘘だろ…?
「何でなれんの?お前…ぬりかべ…」
かろうじて、俺は声を絞り出し、マシュリ(ぬりかべフォーム)に尋ねた。
すると、返ってきた返事は。
「練習したから」
だ、そうだ。至ってシンプル。
…何故ぬりかべの練習をした?
更に、アイナは期待いっぱいの顔で、
「じゃあ、じゃあじゃあ、のっぺらぼうは?」
更なる無茶振りを要求。
対するマシュリ(ぬりかべフォーム)は。
「のっぺらぼう?分かった」
頷いたかと思うと、再び空中で一回転。
現れたのは、顔のない人間…正しくのっぺらぼうであった。
…嘘だろ…?
大人でさえ「ひぇっ」と思う姿だったが、アイナはやはり、全く怯えていない。
それどころか、ますます手を叩いて喜んでいた。
「すごーい!お兄ちゃん、のっぺらぼうにもなれるんだ〜!」
俺も知らなかったよ。まさかマシュリにそんな…謎の特技があるなんて。
「マシュリ、お前…何でのっぺらぼうになんかなれるんだ…?」
のっぺらぼう「なんか」って言ったら、のっぺらぼうさんに失礼かもしれないけどさ。
…実在するのか?のっぺらぼうって。
「練習したから」
マシュリの返事は、相変わらず至ってシンプルだった。
口ない癖に、どうやって喋ってるんだ?
つーか、何故のっぺらぼうの練習をした?
動機が意味不明だよ。
「じゃあねー、えーっと…かしゃどくろ?はなれる?」
かしゃどくろ…ガシャドクロのことか?
アイナさん、随分えげつない妖怪知ってんな。
骨じゃん。
そして、マシュリの返答は…。
「ガシャドクロか…。ちょっと待って」
パンと手を叩いて、くるりと一回転。
さっきまでのっぺらぼうだったマシュリは、あっという間に骨になった。
「ひぇっ…」
あまりのえげつない姿に、シルナがびびっているのを横目に。
「わー!見て見て、すごい!かしゃどくろだ〜」
「ガシャドクロね」
「かっこいいね〜!」
この姿を見て、「格好良い」と言えるとは。
やっぱり大物だよアイナは。
そして、マシュリ。お前は何故。
「何でガシャドクロ…?」
いつ必要になるんだ?その姿が。
「練習したから」
…ですよね。
何故ガシャドクロの練習をしようと思ったのか。
「じゃあお兄ちゃん、今度はね〜…そうだ、布のひらひらの奴が良い。いったもめ?っていうの」
いったもめ…?
あ、一反木綿?
…布じゃん。
アイナさん、それはさすがに無茶振りが過ぎるのでは。
もう、なんか…完全に悪乗りしてるとしか思えない。
しかし、マシュリ(ガシャドクロフォーム)は。
くるりと空中で一回転。
ま、まさか。
「はい、これで良い?」
ひらひらと宙を浮く、一枚のスカーフのような姿になっていた。
…一反木綿だ…。
もう意味不明だよ。
「すごいすごい!」
アイナ、大興奮。
「じゃあ、くちさけおんなは?おはくろべったりは?たまのまえにはなれる?」
更なる無茶振りを強要していく。
注文の多い料理店。
「口裂け女に、お歯黒べったり、それから玉藻の前か…。ちょっと待って」
頷いたマシュリ(一反木綿フォーム)は、更に一回転。
口の裂けた女の姿になり、更に一回転。
今度は真っ黒な歯の女になり、更に一回転。
尻尾が9つある狐に姿を変えた。
「すごいすごーい!」
かつてないほどに、アイナが喜んでいる。
シルナのチョコシュークリームなんかより、遥かにアイナを楽しませているマシュリである。
…マシュリ、俺さ。
いろりの姿になったお前の尻尾が、二又に割れていたとしても。
全く驚かないよ。
「…一応聞いておくが、マシュリ。お前何でそんな姿に…」
「練習したから」
練習すれば何にでもなれるとでも?
「あと、ろくろ首とかダイダラボッチにもなれるよ」
たった一人で妖怪百鬼夜行かよ。
「お兄ちゃんすごい!もっと見せて〜」
アイナは大喜びで、マシュリに飛びついた。
妖怪の姿なのに、全く怯える様子はない。
「お兄ちゃん、魔法使いだ!お母様と一緒だね」
「え、いや…僕は厳密には、魔導師では…」
かと言って、冥界の魔物です、と言ってもアイナには通じないだろうし。
魔導師ってことで良いじゃん。
「お兄ちゃんみたいなすごい魔法使い、初めて…あっ、でもお母様が一番だから…お兄ちゃんは二番!」
「…それは、どうも…」
どうせなら、一番って言ってあげて欲しかったが。
やっぱりお母さんが一番なんだな。
で、マシュリが二番か…。
…負けたな、シルナ。
俺も負けてるけど…。
「すごい魔法だね、お兄ちゃん。それ、アイナにも出来るかな?」
「それは…ちょっと、無理かな。『変化』は僕にしか…」
「そうなの?…じゃあ、やっぱりお兄ちゃんすごい!」
「…」
あんまりアイナが物怖じせず、ぐいぐい来るもんだから。
マシュリは反応に困っているのか、たじろぎながら答えていた。
…玉藻の前の姿でな。
「レグルス!レグルスも呼んでくる〜」
と言って、アイナは自分の弟を呼びに行った。
おい、駄目だって。弟はまだ小さいんだぞ。
妖怪の姿なんか見たら、悲鳴を上げて泣き出す…かと思いきや。
アイナに連れられてやってきたレグルスは、姉同様。
マシュリの妖怪大変化を見て、大興奮できゃっきゃ言っていた。
…この姉弟、心臓に毫毛生えてそうだな。
さすが、アトラスの血を引くだけある。
「…シュニィ。お前んとこの子供達は…間違いなく、将来大物になるよ」
「…」
妖怪大変化に、大興奮する子供達を見て。
シュニィは無言で、天を仰いでいた。
それから、約二時間後。
「…疲れた…」
「…お疲れ様です、マシュリさん」
あの後マシュリは、子供達に要求されるままに、次々に様々な妖怪に『変化』していた。
子供達は大興奮ではしゃぎまくり、そのまま二時間が経過。
あんまりはしゃぎ過ぎて疲れたのか、今は二人共、電池が切れたように、マシュリの左右にくっついて寝息を立てていた。
「客人のあなたに、子守りをさせてしまって…それどころか、マシュリさんを玩具にしてしまって…申し訳ないです」
シュニィは深々と頭を下げていた。
「別に良いよ。…ちょっと疲れたけど」
そりゃあれだけ、『変化』しまくりながら子供達の相手してたら、疲れもするだろう。
…にしても。
「何でお前…あんなにたくさん…妖怪になれるんだ?」
馬とか牛にはなれないのに、何故一反木綿にはなれるのか。
永遠の謎だよ。
「『変化』の能力を使うにあたって、やっぱり一般的な動物にはなれた方が良いだろうと思って、一通り練習したんだ」
お前の辞書に載ってる「一般的な動物」って、妖怪のことなのか?
俺達とは認識が違うらしいな。
それがよく分かった。
「でも、水辺の生き物は苦手だから。河童とか小豆洗いとか、海坊主にはなれないんだ」
「…ならなくて良いよ…」
今更だけど、お前がいろりの姿で学院に潜入してくれて、本当に良かった。
のっぺらぼうの姿で来られたら、悲鳴をあげてお祓いを頼むところだった。
特にシルナな。
あんなの夜中に見たら、間違いなく腰を抜かすぞ。
「済みません、本当に…。…もう、こんな時間に」
と謝るシュニィに釣られて、時計を見ると。
とっくに日が暮れる時刻になっていた。
そりゃそうだ。下校時刻過ぎてからここに来て、更に二時間経ってるんだから。
人様の家を訪ねる時間じゃないな。
「その…何か用事があったんですよね?私に…」
「…」
「子供達の世話をするばかりで、全然お話が出来なくて。本当に申し訳…、」
「…いや、目的は果たせたよ」
「…え?」
謝罪を繰り返すシュニィに、マシュリはそう言った。
目的、って…。
マシュリがここに…シュニィの家に来た目的、俺達も聞かされてないんだが…。
確か二時間前、何か言いかけて…。
「君の居場所がどんなところなのか、見たかった。それが、僕が今日ここに来た目的」
…シュニィの…居場所。
それを見る為に…?
「君がずっと帰りたがってた居場所…。君の家。見てみたかったんだ」
「…私の…」
「温かい場所だね。…こんな居場所があるなら、帰りたくなるのも当然だよ」
マシュリは、自分の左右で寝息を立てている子供達を一瞥して言った。
…そうだな。
ここは…長い孤独の中で、シュニィがようやく見つけた、彼女の大切な居場所だ。