神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

この世の何処にも、自分の居場所なんてないと思っていた。

現世でも冥界でも、僕は気味悪がられ、迫害された。

愛されるどころか、生きていることさえ許されなかった。

罪を背負ったこの姿を、誰も許してくれないのだと。

そう思っていた。

いつだったかスクルトに、そう打ち明けたことがある。

「どうして、その姿が罪なの?」

スクルトは僕に尋ねた。

「…私にはそうは見えないけど。どうしてあなたが罪人なの?何か悪いことをしたの?」

「…それは…」

「何でも打ち明けて良いのよ。…私は何があっても、あなたを恐れたり蔑んだりしないわ。あなたがどんな罪を犯したのだとしても、私も一緒に同じものを背負うわ」

…どうしてそんなことを言えるのか。

僕がどんな罪を犯したか…聞いてもいないのに、何故一緒に背負うなんて言うんだ。

少しは躊躇わないのだろうか?

スクルトは、僕に甘過ぎる。

「何があったの?…聞かせて」

スクルトが僕に、あまりにも優しいから。

僕は、誰にも打ち明けたことのない自分の罪を告白してしまった。

「…僕が人間とケルベロスのキメラだってことは知ってるよね」

「えぇ」

「そもそも、どうしてそんな異形が…。魔物と人間のキメラなんて存在が、この世に存在していると思う?」

「…」

僕の質問に、スクルトはしばし無言で考えた。

そして。

「…別に、自然なことなんじゃないかしら?人間だって、白人と黒人のハーフが普通に存在してるし、それと同じでしょう?」

誰もがそんな風に、スクルトのように物分かりが良ければ良かったんだが。

人間と魔物の多様性なんてものを許すほど、頭の柔らかい者はいない。

スクルトを除いてはね。

「白人と黒人…は人間同士でしょ?僕の場合、種族が違うから…」

例えるなら、人間と犬のハーフのようなものだ。

気味が悪いと思うだろう?

僕はそういう存在なんだ。

「…もしかして、それが罪なの?互いに相容れない種族同士が結びついた存在であることが?」

スクルトはハッとして、僕にそう尋ねた。

…その通りだ。

「僕の遠い祖先…とある一匹のケルベロスが、契約していた召喚魔導師の女性と恋仲になって、その結果生まれたのが、最初のキメラ…」

もう遠い遠い昔の話。

僕も、言い伝えで聞いているだけだ。当然会ったことはない。

「でも、冥界のケルベロス達は、そんなイレギュラーを許さなかった。誇り高い冥界の魔物が人間と結ばれて、あまつさえ子供を設けるなんて許されない、って」

「…」

「僕の先祖は呪いをかけられて、同種の群れから追い出された」

「…呪いって、何なの?」

そんなの決まっている。

「未来永劫、子々孫々、生まれてくる子供は人間でもケルベロスでもない、あの恐ろしいキメラの姿になる。そんな呪いだよ」

末代に渡って、先祖が犯した罪を背負うことになった。

僕のこの姿は、先祖が受けた呪いのせいなのである。
どれほど時が経とうと、この呪いが解けることはない。

僕は未だに、先祖の犯した罪を…。

…魔物でありながら人間と結ばれたという罪を、償い続けている。

バケモノの姿でこの世に生まれてしまったこと、これ自体が僕の贖罪なのである。

未来永劫、魔物と人間が結ばれた恥を晒し続けることが…。

…しかし。

「なんだ、そんなことだったのね」

スクルトは安堵の微笑みさえ浮かべて、何でもないと言わんばかりにそう呟いた。

…え。

「あなたがあまりに重々しく『罪人』なんて言うものだから、もっと酷いことをしたんじゃないかと思ったわ。まぁ、それでも一緒に背負うといった言葉に嘘はないけど」

「え、いや…あの」

もっと酷いことって…。

…充分酷いことなのでは?

だって、未来永劫子々孫々、永久に伝わる呪いなんだよ?

これを重罪と呼ばずして、何と呼ぶのか…。

「まず、人間と魔物が結ばれることが罪だとは、私は思わないわ。種族が違っても、気持ちが通じ合えば…そういうこともあるでしょう」

スクルトはどうやら、マイノリティーに寛容なタイプであるらしい。

だからって、人間と魔物の愛を認めるとは。

最早、寛容という言葉を通り越している気がする。

「それに、あなたは何も悪くないじゃない」

「え?」

「罪を犯したのはあなたの先祖でしょ。あなたには関係ない。マシュリは何も悪いことなんてしてないじゃない」

「…」

これには、僕は思わず面食らってしまった。

いや、それは…。

…そう、なんだろうか?

生まれたときから、お前は罪人だ、お前の存在そのものが罪だと罵られ続けた。

そのせいだろうか。僕は無意識のうちに、先祖の犯した罪を自分の犯した罪だと思い込んでいた。

「あなたの罪じゃないわ」

スクルトはそう言って、僕の両手を包み込むようにして握った。

触るな、近寄るなと言われたことはあっても、手を握られるのは初めての経験で。

どうしたら良いのか分からず、僕はどぎまぎしてしまった。

「あなたは、何も悪いことなんてしてない。この世に存在してはいけないなんて思い込む必要もない」

幼い子供に言い聞かせるような、優しい口調だった。

「心配要らないわ。あなたには、ちゃんと居場所があるから」

…居場所。

冥界からも追い出され、現世でも行く宛のない僕に、一体何処に居場所があると…。

「僕の居場所って…?」

「ここよ。私の隣。ここがあなたの居場所」

そう言われて、僕はハッとした。

…スクルトの隣が、僕の居場所?

そんなこと言って良いのか。許されるのか?

だって僕は…バケモノで、半端者で、罪人で…。

こんな人間は、何処にも居場所なんてないと思っていた。

…それなのに。

「あなたはバケモノでも罪人でもない。人間よ。私達と同じ人間。孤独に苦しみ、疎外感に悩み、それでも何とか生きる望みを必死に探してる…。誰よりも人間らしい人間よ」

あまつさえこの僕を、人間と呼ぶなど。

何処からどう見ても、人間には見えないはずなのに。

スクルトは当たり前のように、僕を人間だと言ったのだ。
「大丈夫よ。あなたの未来は明るいわ。私もあなたと出会って、初めて気づいたんだもの」

気づいた?

「…何に?」

「世の中は案外、捨てたものじゃないってね」

スクルトは、微笑みながらそう言った。

…そう。そうか。

そんな風に思っても良いんだ。

それは許されることなんだ…。

「…君にそう言ってもらえるなんてね」

確かにそうだね。

君みたいな人に出会って、こんな風に孤独が埋められて。

こんな僕でも、人を愛することを。

その幸福を許されるのなら。

世の中は案外、捨てたものじゃないのかもしれない。

そう思ったとき、僕は初めて世界が色鮮かに見えた。

これまで僕にとってこの世界は、モノクロに等しかった。

だけど、今僕は初めて、世界はこんなに美しかったのだと知った。

スクルトみたいな人に出会えて、その人を愛して愛されて、共に明るい未来を望めるのなら…。

僕がこの世界に生まれてきたことも、あながち不幸ではなかったのかもしれない。

「…ありがとう、スクルト」

「いいえ、どういたしまして」

スクルトは僕達の未来が明るいと言った。

それは『赤』い未来で、保証された運命であると。

だから僕は、すっかり安心しきっていた。

罪人の身に許された初めての幸福を、一身に受け止め。

これからは希望を持って生きて良いんだ。僕も人並みの幸せを手に入れることが出来るんだ。

僕にもその権利があるんだ…。

そんな風に思い込んで、僕は自分が咎を負うべき存在であるということを忘れた。

…だけど、運命は。

僕に課せられた宿命は。

僕が贖罪の義務を勝手に放棄することを、決して許さなかった。







…僕がスクルトをこの手で殺してしまったのは、その日の夜のことだった。





…ここまで話し終えると、シュニィ・ルシェリートは衝撃の展開に目を見開いていた。

「どうして…いきなりそんなことに…?」

当然の疑問だね。

…正直なところ、それは僕の方が聞きたいよ。

でも、あのとき…僕とスクルトの身に何が起きたのか、ある程度推察することは出来る。

「スクルトが僕を許してくれたものだから、僕は勝手に、自分の罪そのものから許された気になっていた。…その報いを受けたんだよ」

スクルトは僕を許してくれた。

でも、冥界の同胞達は、運命の神様は、僕を許してはくれなかった。

それどころか、勝手に許された気になって贖罪の気持ちを忘れてしまった僕に、天誅を下すかのように。

…僕のこの手で、スクルトを殺させたのだ。

「…自分でもほとんど無意識だった。前触れなく、突然身体が燃えるように熱くなって…」

人間に『変化』していることが出来なくなった。

何かの衝動に突き動かされるかのように、獣の姿に『変化』した。

そして、突然の豹変に狼狽え、逃げる暇も余裕もなかったスクルトに襲い掛かり…。

「…気がついたら、彼女の胴体が繋がってなかった」

僕の…ケルベロスの爪に引き裂かれた、無惨な姿に変わっていた。

僕が正気に戻ったときには、スクルトは既に息絶えていた。

あの傷の深さじゃ、恐らく即死だっただろう。

誰がどう見ても、彼女はもう手遅れだった。

どうすることも出来なかった。

僕は自分の身に何が起きたのか、スクルトの身に何が起きたのか分からなかった。

ただ、背筋が凍るほどの恐怖を感じていた。

自分の意志で豹変した訳じゃなかった。それだけは分かっていた。

でも同時に、スクルトを引き裂いたのもまた自分であることも分かっていた。

僕が殺したのだ。理由は分からないけど。

突然身体が熱くなって、頭の中が湧き立って、本能に突き動かされるままにスクルトを引き裂いた。

身体の中の魔力が暴走して、歯止めが効かなかった。

「…気がついたら、彼女は僕に殺されて死んでいた」

「…何故…?」

と、シュニィ・ルシェリートは尋ねた。

何故なんだろうね。

その理由は、僕にも推し量ることしか出来ない。

誰も答えをくれるほど、優しくはないから。

「スクルトが許して、僕が自分を許しても。それでも僕は許されなかったんだよ」

結局のところ、理由はそれだけだろう。

「どんな気休めを口にしても、僕は結局獣だった。バケモノだったんだ。神は、僕が贖罪を忘れることを許さなかった」

そんな僕に罰を与える為に、僕の手でスクルトを殺させたのだ。

「どうやら僕は、人間の傍に長くは居られないらしい」

スクルトに出会う前は、ずっと一人で生きてきた。

一人で生きている間は、あんな風に豹変したことはなかった。

だけど、スクルトをこの手で引き裂いてしまってから、ようやく気づいた。

僕にかけられた呪いは、この禍々しい異形の姿だけではなかったのだ。
僕が贖罪を忘れ、己の罪を忘れ、許された気になることを許さない。

愛する人を作り、居場所を作ることを許さない。

僕は自分の身の程も知らず、生意気にもスクルトという居場所を作ってしまった。

そのせいで、天誅が下ったのだ。

他でもないこの手で、スクルトを殺してしまった…。

…。

…幸せな、未来なんて。

僕達にはなかったのだ。何処にも。

それどころか僕はやはり、天下の何処にも居場所なんてない。

居心地の良い居場所なんて作ろうものなら、また天誅が下り、魔力が暴走してしまう。

その結果、僕は自分の居場所を自分で壊してしまうのだ。

お前のその罪を、脳裏に焼き付けろと言わんばかりに。

…スクルトをこの手で殺してしまってから、よく分かった。

「僕は幸福になることを許されない。居場所を持つことを許されない。そんな幸福は、バケモノのこの手には余るんだ」

だからこそ、他ならぬこの手で破壊することを強要されるのだ。
 
僕が決して、己の罪を忘れないように。

もっと早く、このことに気づけば良かった。

スクルトを殺してしまう前に、もっと早く気づけば良かったのに。

「可哀想なスクルト。こんなバケモノに殺されて。僕なんかと出会わなければ、彼女は死なずに済んだのに」

僕と出会ってしまったせいで、僕の隣に居たせいで、殺される羽目になった。

怖かっただろうに。痛かっただろうに。

さぞや無念だったろうに。

「スクルトの顔は、深い憎しみと怒りに染まっていた。…僕を恨んで死んでいったんだ」

「…」

「僕なんかと一緒にいなければ良かったって、そう思いながら…」

あんな思いをするくらいなら。

この世で一番大切な人を、自分の手にかけるくらいなら。

…ずっと孤独なまま、誰からも石を投げられ、唾を吐きかけられて生きるべきだった。

そうすれば、誰も死なずに済んだ。

…僕だってそうだ。

最初から、愛なんて、居場所なんて知らなければ。

この世にあれほど、心安らぐ場所があるなんて知らなければ。

…それらを全て失った後、胸を灼くほどの絶望感に襲われずに済んだのに。





「…だから、僕は絶対に幸せになっちゃいけない。バケモノにそんな権利はないんだ」

いずれ自分の手で壊してしまう幸福なら、いっそ最初から、不幸を押し付けられていた方がマシだ。

自分の意志で生きるなんてとんでもない。

獣は大人しく、鎖に繋げられ、鞭で打たれるべき。

だからこそ僕は、アーリヤット皇国の皇王に、顎で使われる立場に甘んじているのだ。

…もう決して、二度と、身に余る幸福なんて望まずに生きられるように。
「…」

シュニィ・ルシェリートは無言だった。

言葉を発する代わりに、彼女はぽろぽろと涙を流していた。

…おかしな人だ。

「…何で、君が泣くの?」

「だって…だって、そんなの…あんまりじゃないですか。いくらなんでも…辛過ぎる」

本当に、おかしな人だね。

「人間の身にはそうかもね。でも…僕はバケモノだから」

人間でも魔物でもない、どっちつかずの半端者。

幸福になることを、居場所を求めることを許されない罪人。

そんなバケモノには、これくらいの扱いが丁度良いだろう?

「これで分かったでしょう?」

僕に居場所なんてあっちゃいけない。許されてはいけない。

…だから、そんな風に優しい言葉をかける必要はないんだ。

僕の為に涙を流す必要なんてないんだ。

僕は…口汚く罵られ、唾を吐きかけられるべき立場であって…。

「永遠に…ずっと一人で…生きていくべき存在なんだよ」

決して夢なんて見ない。希望なんて持たない。

大切にしていた全てを、自分の手で八つ裂きにする。

あの深い絶望感に襲われるくらいなら、いっそ僕は…。



…それなのに。



シュニィ・ルシェリートは、涙に濡れた瞳で僕を見つめ。

「…本当に、あなたは憎まれていたんですか?」

「…え?」

突然、僕にそんな質問をした。
――――――…マシュリさんに打ち明けられた、彼の過去のお話。

マシュリさんと…スクルトさんのお話を聞いて。

私はそのあまりの悲しさに、涙が止まらなかった。

マシュリさんが何を悪いことをしたと言うのでしょうか。

彼は何も悪くないのに、その身に余るほどの苦しみを背負わされて…。

愛する人を、他でもない自分の手で殺させるなんて…。

何故なんですか。

人を愛することは、そんなに悪いことですか?

マシュリさんがあまりにも気の毒で、可哀想で…。

何とか彼に分かってもらいたい。恐ろしいほどの絶望感や罪悪感に襲われている彼に。

それでも、自分の生きるこの世界を信じて欲しいと。

下手な慰めなど、マシュリさんにとっては無意味だということは分かっていた。

彼の経験してきた苦しみが、あまりに大きくて。

私が何を言っても、私ごときの薄っぺらな言葉では、マシュリさんの心には響かないだろう。

彼に何を言うべきか、考えて、考えて…。

思いついたのは、マシュリさんではなく…彼を愛していたであろう、スクルトさんのことだった。

スクルトさんも辛かったでしょうね。

遺されるマシュリさん以上に、彼女もまた辛かっただろうと思った。

これがもし自分だったら、愛する人と死に別れたのが自分だったらと考えて。

そして、思ったのだ。

果たしてスクルトさんは、本当にマシュリさんを恨んで死んだのだろうか、と。

だって、それじゃおかしくありませんか?

「一体…何のこと…?」

「スクルトさんのことです…。彼女は本当にあなたを憎んでいたんでしょうか」

「…」

突然意表を突いた質問をされて、マシュリさんは狼狽えていた。

それとも私に指摘されて、思い出したのでしょうか。

スクルトさんの、無惨な最期の姿を。

思い出させてしまったのなら、申し訳ないです。

でも、今一度思い出して欲しい。

だって…もし、私がスクルトさんの立場だったら…。

「スクルトさんは、あなたを恨んで亡くなったんですか…?」

「…そうだって言ってるだろ。信じていた相手に突然殺されたんだから…。憎んでるに決まってる」

マシュリさんは、苦しそうに唇を噛み締めてそう言った。

…。

…本当に、そうなんですか?

「…よく思い出してください、マシュリさん」

「…さっきから何なんだ?何回思い出したって、過去が変わる訳じゃない」

「そうですね。今更私達が何を言っても、起きてしまった事実は変わらない…」

スクルトさんはマシュリさんの手で殺されてしまった。

この事実に変わりはないでしょう。

でも、今一度思い出して欲しい。

マシュリさんの説明では、腑に落ちないことがある。

「…だけど、スクルトさんには未来が見えたんですよね?」

スクルトさんは、未来視の能力を持っていた。

「それなら、自分がマシュリさんに殺される運命だったことを知っていたのでは…?」

「…それは…」

と、マシュリさんは戸惑ったように口ごもった。

やっぱり。

マシュリさんは、自分の罪の深さに溺れてしまっている。

そのせいで、自罰的な思い込みをしているように見えるのだ。
「あなたに殺される未来が見えていた。それでもマシュリさんの傍を離れなかった…」

「…何が言いたいの?」

…私が言いたいのは。

「スクルトさんは、あなたを憎んでなんかいない。あなたと一緒にいられて…スクルトさんもまた、幸せだったんじゃないですか?」

マシュリさんの手にかかって、殺されたとしても。

それでも悔いはないと思えるほどに、スクルトさんもまたあなたを深く愛していた。

そうじゃないんですか?

「あなたに殺される未来が見えたことも、マシュリさんには何も言わなかったのでしょう?」

未来を見て知っていたはずなのに、スクルトさんはマシュリさんに何も言わなかった。

運命の成り行きに任せて、何もせずに死を受け入れた…。

考えなしに、スクルトさんがそのような選択をしたとは思えない。

「…『青』く見えていただけなのかもしれない。変えられる未来だと思って…」

マシュリさんは、苦し紛れにそう言った。

分かりませんね、それは。スクルトさんに尋ねた訳じゃありませんから。

でも、そうだとしてもおかしい。

「変えられる未来なら、なおのこといくらでも対策出来たはずじゃないですか。マシュリさんの傍を離れてしまえば、それで解決です」

「…」

隣にいる人が自分を殺す未来が見えたのなら、その人から離れてしまえば、簡単に解決する。

あるいは…殺される前に殺す、でも良かったかもしれない。

それなのに、スクルトさんは逃げなかった。マシュリさんにその恐ろしい未来が見えたことも話さなかった。

ただ大人しく、やって来る運命を受け入れた。