自分の家に戻ってからは、麗奈さんからのメッセージは日に日に減っていた。
先生と別れたから、もう私には用はないって事かな...?
とにかく、もう私に興味がなくなったのなら、監視されているかもと怯える必要もないのかもしれない。
そんな風に考えていた翌日、再び彼女が訪ねてきた。
驚いたけれど、無視するわけにもいかないので、また人目のつかない所へ彼女を連れて行った。
「あなた、ちゃんと先生と別れたんでしょうね?あれからマンションには行っていないようだけど、ただ家を出て誤魔化しているなら、どうなるか分かるわよね?」
「いえ、誤魔化してなんていません。家を出てからは連絡もとっていませんから。
あの、いい加減監視をするような真似はやめて頂けませんか?」
「監視?私はただ、あなたが本当に先生と別れたか確認しているだけよ。
先生はもうすぐ私と結婚するんだから、邪魔されたら困るもの」
「あの、本当に先生と結婚するおつもりですか?まだ会った事も話した事もないのに?」
「そうよ。前にも言ったでしょ?どんな人かなんて関係ないわ。あれだけの腕を持っていて、次期院長でしかもイケメン。私の結婚相手としてこれ以上にないでしょ?」
やはりこの人は、先生の見た目や肩書きにしか興味がないんだ。なんて寂しい人なんだろう。
「それだけで結婚するんですか?そんなの、二人とも幸せになれませんよ?」
「は?私は香月先生と結婚出来れば幸せよ」
「じゃあ先生は?それで幸せになれると思いますか?愛もないのに」
「はぁ?笑わせないでよ。愛?そんな目に見えない不確実な物、必要ないでしょ。先生が幸せかどうかなんて知らないわよ。私と結婚すれば確実に院長になれるんだから、それでいいでしょ?」
先生の事など全く考えていない麗奈さんの発言に、私の中でずっと張り詰めていた糸がプツンと音を立てて切れた。
「先生は...、先生はあなたと結婚しても幸せになんてなれません。先生は、見た目や肩書きにだけこだわって、人の内面を見ようともしないあなたとは違います!
先生は優しくて、とても繊細な心を持った人です。常に患者さんの事を考えていて、なんとか助けてあげたい、元の生活に戻してあげたい、その為に睡眠時間も削って最善を尽くすための努力を惜しまない人です。決して院長の肩書きが欲しくてお医者さんになったような人ではありません!
それに、愛の力は偉大です。悲しい時、寂しい時、そばで支えてくれる人の愛があればまた前を向く事が出来るんです。先生もそれを分かっているはずです。先生には、絶対に愛が必要です!一人で抱え込まないように、そばで支えてくれる人が必要なんです!
目に見えない不確実なものだからこそ、お互いに思いやって確かめ合って愛を育んでいく必要があるんです。
外見や地位だけを気に入って結婚なんて...そんなのあなたも先生も絶対に幸せになれるはずありません!」
ハァハァと息切れがするほど一気に言葉を並べて言い返してしまった。
少し面食らったような顔をした麗奈さんだったけど、次第に顔を赤くして怒りに震えるように声を荒げた。
「なによ...あんたなんかに何が分かるのよ!どうせ親に捨てられたんでしょ?両親もいないようなあんたに愛の何が分かるのよ!貧乏暮らしで、お金が欲しくて先生に言い寄ったんじゃないの?
あんたなんかすぐにここを辞めさせてやるから!加賀美製薬との契約だってお父様に言えばすぐに切れるのよ!
私はね...あんたみたいなやつが一番嫌いなのよ!」
その言葉の勢いのまま、思い切り肩をドンっと押されて後ろに倒れる。
痛ったぁ...
そう思っていると、遠くから誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
そして、私の名前を叫ぶ大好きな声が...
振り向くと、息を切らして走ってくる先生の姿が見えた。
どうして、先生がここに...?
すぐに目の前まできて、麗奈さんから庇うように私の前に立つと
「優茉に危害を加えるのはやめろ。俺はあなたと見合いはしないし、もちろん結婚するつもりもない。勝手に婚約者だなんて言わないでくれ。
それと、俺は院長の座になんて興味はない。うちとの契約を切りたいなら好きにすればいい。だから金輪際彼女に近づくな」
麗奈さんを睨みつけながら、怒りに満ちた少し震えた低い声でそう言い放った。
「なによ...、そんなにその女が大事なの?この病院もその女も、どうなっても知らないわよ!」
そう叫んで、走って行ってしまった。
はぁ、ドキドキした...。一気に身体の力が抜けてへたり込むと、慌てて先生が支えてくれる。
「優茉!大丈夫か⁈」
「はい、身体の力が抜けてしまって...」
「優茉...本当にごめん。謝って済むことじゃないけど、俺のせいで辛い思いをさせて本当に申し訳ない。
さっきどこをぶつけた?出血は?痛いところは?」
「ふふっ、大丈夫です。少しぶつけたくらいなので、そんなに心配しないで下さい。
それより、先生が来てくれて嬉しかった、です...」
素直にそう言うと、ぎゅうっと強く抱きしめられた。
「優茉...ごめん。もうこんな思いはさせないから、何かあっても守れるように、俺のところに戻ってきてくれないかな...?」
「で、でも...さっきお見合いは直接お断りしましたよね?
だったら、私はもう必要ないんじゃ...?」
「いや、俺には優茉が必要なんだ。俺のところに戻ってきてほしい」
ど、どういうこと...? 私、また先生のところに戻ってもいいの...?
でも、さっきの麗奈さんとのやりとりで私はハッキリと確信してしまった。
もう誤魔化す事なんて出来ないくらい、私は先生のことが、大好き。