柊哉side

 チケットを買い十分ほど並んで、彼女の手を引き観覧車へと乗り込んだ。

 陽は完全に落ち、イルミネーションや夜景がちょうど綺麗にみえる。こんなロマンチックな展開は想像していなかったが、優茉は外の景色に夢中のようだ。

 「先生!すごく綺麗ですよ!あんなに遠くまで見えるんですね!」

 「ああ、思ったより高さがあるから、遠くまで良く見えるね。
 ...ところで優茉、いつまで先生って呼ぶの?ここは病院じゃないし、ずっと気になってた」

 「えっ?あ、すみません。お仕事中みたいで、気が休まりませんよね...」

 「俺の下の名前、知ってる?」

 「え?も、もちろん知っています、けど...」

 「じゃあ、これからは名前で呼んで?」

 躊躇いながらも「わかりました」と小さい声で言った優茉は、それを誤魔化すように喋り始める。

 「この観覧車もよくお話に出てくるんです。ここから見える景色を、私も一度見てみたくて。でもなかなか一人で乗る勇気はなかったので、お付き合いいただいてありがとうございます。
 こんなロマンチックなところ、私とじゃなく大切な人と来たかったですよね...」

 「いや?何度も言っているけど、俺は優茉と来られて嬉しいよ。それが聖地巡礼でもね」

 「そうなんです!小説の中では、この小さなゴンドラの中で、様々な感情の変化があったり、ドラマチックな展開がたくさん生まれるんです」

 「本当に好きなんだね、その小説。その話では、ゴンドラの中で何が起こるの?」

 「えっと、お互いの気持ちを確かめあってから...キス、をします」

 「そうなんだ。じゃあ...」

 前屈みになって向かいに座っている優茉に近づき、右手で髪の毛を耳にかけその手を頬に添える。


 「してみる? キス。 俺たちも」


 「えっ?」と固まっている優茉の頬を親指でそっと撫で、後頭部に手を差し入れグッと距離を縮める。
 鼻先が触れるほどの距離で優茉の顔を覗き込むと、目を泳がせ顔を真っ赤にしている。

 「あ、あの... 先生?」

 「先生じゃない」

 「あ... しゅ、柊哉さん...?」

 「うん。なに?」

 「じょ、冗談、ですよね...?」

 「さぁ? どうかな」

 そう言いながらも、ゴンドラが地上に近づいてきた気配を感じていたので、ぽんと一度頭を撫でてから離れた。