その日私が出勤すると天宮さんが先に来られていて、挨拶をしながら隣に座ると「あれ?優茉ちゃん柔軟剤変えた?シャンプーかな?なんかいつもと違う香りがする」と思いがけない反応にドキッとした。

 私、いつもと違う香りがするの...?

 ...ハグ、されたから? いや、きっと柔軟剤が変わったせいだよね?

 「あ、そ、そうなんです。柔軟剤を変えたのでそのせいかと...」

 「やっぱり!ちょっと柑橘系?爽やかさがあっていい香りね!」

 ...そんなに、分かるものなのかな?天宮さんが鋭いだけ...?
 今はなんとか誤魔化したけれど、もしも先生と同じ香りだとバレたらどうしようと少しハラハラした...。
 気を取り直して仕事に集中し、時々先生を病院内で見かけては少しドキッとしたりもしたけれど、相変わらずあまり接点はないので私達の関係がバレる事はなさそう。



 この二週間ほど、ふいに先生を見かけると思わず目で追ってしまう事も増え、今まで知らなかった姿もたくさん目にした。

 忙しい中でも、病室でしっかりと患者さんのお話を聞いている姿。病院内ではあまり見せない優しい笑みを浮かべていた。
 私がリハビリのお部屋まで患者さんを案内しに行くと、先生がこの前オペされた患者さんに付き添って一緒にリハビリをされていた。
 また別の日は、玄関まで退院する患者さんを見送りに行っているところも見かけた。

 院内では常にクールな印象だったけれど、先生はオペをするだけでなくきちんとその後も一人一人と向き合っているのだと知った。
 多忙な中でも看護師さんに任せきりにせず、自分の目で回復具合を確認して、退院まで見届けているようだった。

 前に「オペは無事に終わりましたか?」と尋ねた時も、予定通りには終えたけれど成功したかどうかは無事に退院するまでわからない、と言っていた。

 ほぼ毎日のようにオペに入り、ほんの一ミリの狂いも許されないプレッシャーと闘い続けている先生は、本当にすごい人だと思う。
 そんな先生を少しでも支えたい、出来るだけお家ではリラックスして欲しい...ここ最近はそんな事ばかり考えるようになっていた。

 
 このマンションで暮らし始めてからニ週間。
 先生はいつも帰りの連絡をくれるし、当直で留守だったり患者さんの容体によっては深夜に帰宅することもあったけれど、元々忙しい事はわかっていたし、大体のスケジュールも把握している。
 それを見ながら食事の対応も出来るようになってきた。
 
 私一人の時間は、ここ最近出来ていなかった小説を書いたり本を読んだりして過ごすようになり、だいぶこの生活にも慣れた。

 毎朝のハグには、まだ慣れないけれど...。挨拶の一つだと思い受け入れている。
 
 食事の好みも、最近わかってきた事のひとつ。
 今更になってしまったと思いながらも先日、苦手な物を聞いてみたところ「実は、ピーマンとパプリカ、トマト、椎茸はあまり得意じゃないんだ...」と少し躊躇ってから恥ずかしそうに言われ、予想外過ぎる答えにキョトンとしてしまった。

 そんな私に先生は少し慌てた様子で「でも、食べられないわけじゃないし優茉の料理はどれも美味しいから、気にしないでほしい」そう言われて、思わず少し笑ってしまった。

 先生は視線を逸らし少し気まずそうにしていたけれど、何でも完璧な先生の発言とは思えず、そのギャップが可愛いとすら思った。
 それと同時に、素直に本心を曝け出してくれた事がとても嬉しかった。