後片付けをしようとすると、「俺がやるから先にお風呂に入っておいで」と言われ、そんなの申し訳ないと断ったけれど先生は譲らず、背中を軽く押されてお風呂場まで誘導された。

 あまり言うのも変なので、お言葉に甘えて先にお風呂を使わせてもらう事にした。
 ...ふぅ。この数時間で急に初めての経験をたくさんしたせいか、少し疲れてしまった。

 ゆったりと足が伸ばせる広い湯船で、お湯に浸かりながら考えるのは彼のことばかり。

 先生は家ではリラックスしているのか柔らかい表情で、病院にいる時とは雰囲気もだいぶ違う。
 そのせいか、ついドキッしてしまう事が多くて困ってしまう...。先生が思っていた事とは少し違ったけれど、やっぱり勘違いをしてはいけないのは確かだ。
 私はかりそめの婚約者。あくまで先生をお見合いから助ける為に協力するだけ。それを忘れちゃいけない。

 でもこんなことになるなんて、まるで小説の中の話みたいだなぁと、未だ現実味がなく少し他人事のように思ってしまう。

 ......小説かぁ。

 そうだ。あんなに完璧な人の近くに居られる機会なんて滅多にないのだから、次に書こうと思っていた小説の参考にさせてもらおう。
 先生の仕草とか少し観察させてもらって、ドキッとした事をメモしておいてそれを参考に主人公を...。そう考えると、急に楽しくなってきた。これくらいなら、罪にならないよね...?

 そんな事を考えながらお風呂を出て髪の毛を乾かす。少し迷ったけれど、入院していた時にすっぴんもパジャマ姿もすでに見られているし、今更隠したところで意味がないだろう。そもそも先生はそんな事など気にも留めないだろうから、このままでいいかな。

 そう思い、いつも通り髪の毛のケアをしてからリビングに戻ると、先生はパッと立ち上がって水を取ってきて私に渡すと、すぐにシャワーを浴びに行ってしまった。

 あれ?私考え事をしてゆっくり入り過ぎたかな?きっと先生も早くシャワーを浴びたかったよね。お疲れなのにお待たせしてしまって申し訳ない...今度から気をつけないと。

 テーブルに置かれた先生のタブレットは、何やら英語で書かれた論文のようなものが画面に映し出されたままだった。