柊哉side

 優茉の質問にどう答えようかと少し迷ったが、素直にありのままを伝えることに決めた。

 「優茉は?どうしてうちの病院で働こうと思ったの?」

 「私は...昔からあの病院にお世話になっていたんです。正直、不思議と小さい頃の記憶はほとんどないんですけど、入院していた時にとても親切にしてくださった事務の方がいて。それがとても嬉しかった事は覚えているんです。
 なので、私もお世話になった病院で働きたいなとずっと思っていて」

 小さい頃の記憶が、ほとんどない...?

 「そう、だったんだ。でも、そのおかげで優茉に会えたわけだ」

 俺の言葉に少し不思議そうな顔をしていたけれど「...そうですね」と相槌を打ってくれた。

 「じゃあ、休みの日は何をして過ごしているの?」

 「うーん、お家にいる事が多いです。本を読むことが好きなので、一日中大好きな小説を読んで過ごしてしまう事もあります。先生は?」

 「そうだなぁ。俺は趣味と呼べるようなものはあまりないけど、昔からたまにジグソーパズルは作ったりする。あとは、カナダにいた頃は緑が多い公園が近くにあったから、よくそこを散歩していたな」

 「へぇ、いいですね。気持ちよさそう」

 お互いの事を知るため質問しあっていると、三十分ほどでマンションに到着した。

 地下の駐車場に車を停めて、優茉の荷物を持ってエレベーターをあがる。...にしても、荷物が少なくないか?
 確かに身の回りのものだけでいいとは言ったが、もしかしてすぐに家に戻るつもりなのか...?

 マンションに着いてから言葉数の少ない優茉は、キョロキョロと落ち着かない様子だ。

 「大丈夫? ここだよ」

 部屋に着いてカードキーをあてドアを開ける。ここは二十階建てマンションの十八階。高いところが苦手だったか...?

 「あ、大丈夫です。お邪魔します...」と恐る恐ると言った感じで足を踏み入れる彼女。

 「これからは"ただいま"だよ。一緒に住むんだし優茉の家でもあるから」

 「い、いえ。私の家という事はないかと...」

 「ふっ、でも毎回お邪魔しますはおかしいでしょ?」

 「そ、そうですけど...」

 優茉が入りづらそうにしていたので、俺が先に入ってリビングへと促す。後ろから着いてきた彼女はドアを開けると、「わぁ」と声を漏らした。

 どうやら窓からの眺めがいい事に驚いたようで、近くまで行って景色を眺めているところをみると、高い所が苦手なわけではないのだろう。

 「とっても眺めがいいですね!バルコニーも広くて素敵...」

 「出てみる?」

 窓を開けてバルコニーへと出ると、もうほとんど太陽は落ちて薄暗くなり、街にあかりが灯り始めている。

 「ここは風が強いことが多いから、出る時は気をつけて。少し寒いし中に入ろう」