目が覚めると、辺りは薄暗くあまりよく見えない。けれど見慣れない景色だということはわかる。

 あれ...? ここは病室?

 私...あれからどうしたんだっけ?

 少しずつ目が慣れて辺りが見え始め、自分の状況を理解してきた。そしてこうなった経緯を、微かに残る記憶を辿って思い出そうとしてみる。

 休憩に入ってトイレに向かっている途中で、立っていられなくなった所までははっきり覚えている。

 そのあとは......
 
 たしか、誰かはわからないけれど男の人に声をかけられて、抱き上げられて運ばれたような...

 どうしよう...私、誰かはわからないけどすごく迷惑をかけてしまったんじゃ...
 あっ!仕事は⁈ 天宮さんに連絡しなきゃ!っていま何時だろう?もしかしてもう夜...?

 一人でパニックになっていると、スマホの振動音が聞こえた。起き上がりそれを探すと、ベッドサイドに私のバックが丁寧に置かれているのを見つけた。

 その中からスマホを取り出すと、天宮さんからメッセージが届いていて、私を心配してくれる言葉と仕事のことは大丈夫だからゆっくり休んでねと書いてあった。
 とりあえず伝わっているみたいで一安心。...でも天宮さんにはとても迷惑をかけてしまったし、明日早めに出勤して謝らないと。

 仕事のことはひとまず大丈夫だとわかり安心すると、別のことが頭に浮かんでくる。

 さっきとても苦しかった時、誰かが背中を優しく撫でてくれていたような...
 微かに覚えている記憶に、胸が温かくなっていく感覚が残っている。そして、なぜだかその感覚が懐かしさを含んでいるような不思議な気分だった事も...

 ぼんやりとそんな事を考えていると、ガラッとドアが開いて思わずビクッと身体が揺れた。

 「あ、目が覚めました?ごめんね、驚かせちゃったね」

 ニコッと笑って入ってきたのは、スラッと背の高い白衣を着た男性。

 「あ、いいえ。あの、すみませんがここは..?」

 「ああ、ここは呼吸器内科の病棟ですよ。で、僕はここの医師で結城といいます。宮野さん、ここに運ばれた経緯は全く覚えていませんか?」

 あぁ、やっぱり病棟の個室なんだ。じゃあこの人が私を運んでくれた...?

 「すみません、ほとんど覚えていなくて...。ご迷惑おかけしました」

 「あぁ、いえ。僕は治療しただけです。動けなくなってる君を見つけてここまで運んできたのは、香月先生だよ」

 「......えっ⁈ こ、香月先生って...あの?」

 「そう、脳外科医の息子の方ね。僕の友人でもあるけど」

 うそ、どうしよう...。まさかよりによって院長の息子で噂のあの香月先生だったなんて...。私なんと言って謝ったら...
 驚きの事実に青くなっている私をみて、結城先生は可笑しそうに笑っている。

 「ははっ、そんな顔しなくても大丈夫だよ。香月はいい奴だし、純粋に君のことを心配していたよ」

 そう言われても、どんな人なのか全くわからないので恐ろしい...。とにかくご迷惑おかけしたことを早く謝りに行かないと...!
 そう思い身体を起こそうとすると、慌てて止められた。

 「急に起き上がっちゃダメだよ。採血の結果貧血もみられたから、薬飲んでしばらく安静にしてて」

 「え?しばらくって...?」

 「うーん、そうだなぁ。まだわからないけど、とりあえず三日間は入院かな」

 「えっ⁈ 入院ですか⁈ てっきり帰れるものかと...」

 入院って...。明日から仕事に行くつもりだったのに...。

 「宮野さん、自分の状態わかってる?今日のは大きい発作だったし、喘鳴もかなりひどかった。最近、時々発作起きていたんじゃない?ちゃんと常用薬は飲んでいたみたいだけど、全然コントロール出来てないよ?」

 結城先生は少し呆れたような怒っているような口調で続ける。

 「調子悪くても我慢してたんじゃない?発作薬使っても一時しのぎだし、喘息は我慢してても悪化する一方だよ?」

 「...はい、すみません」

 確かにここ最近調子が悪かったけれど、そのうち良くなるだろうと放置していた私が悪いので、弁解の余地もない...。