それから一週間ほど経ち、今日は予定日前最後の妊婦健診。

 柊哉さんは忙しい中時間を作り、ほとんど毎回健診には一緒に来てくれていたけれど、今朝は患者さんの急変があり間に合うか分からないと先ほどメッセージが来ていた。

 予約は午前の一番最後だったけど、処置が長引いているのか緊急オペになったのか...結局間に合わないまま診察室に呼ばれてしまった。

 「お待たせしましたー。あれ、今日は一人?香月は手が離せないの?」

 「はい。今朝急変があったようで、間に合わないかもしれないと」

 「そっか、最後の健診なのに残念だね。じゃあとりあえず赤ちゃんみてみようか」

 南先生は話しながらもエコーの準備をしていて、大きくなったお腹にプローブが当てられる。

 「うん、赤ちゃんの大きさ的にも問題ないし、もういつ産まれても大丈夫だね。じゃあ内診もしたいから移動しましょう」

 そう言われ準備をして内診台にあがるけれど、妊娠してから何度も座ってきたこの椅子には最後まで慣れず、いまだにドキドキと緊張してしまう。

 「じゃあ深呼吸して力抜いててねー」とのいつもの声かけが聞こえ、練習した呼吸法を思い出しふぅーっと長く息を吐くことに集中する。

 「あー少し子宮口開いてきてるね。赤ちゃん降りてきてるから、もういつ陣痛きてもおかしくないよ。ちなみに優茉さんの今の体調はどう?風邪気味だったりしない?」

 「え?わ、私は特に問題ありません」

 「じゃあ香月は?急変とかは仕方ないけど、予定日前後は仕事セーブしてる?」

 「あ、はい。たしか明日はお休みだったと思いますけど...」

 どうして急に私たちの事を聞くのだろう?と思いながらも質問に答えていると「よし、じゃあ今日やっちゃおうかな!」と言う抽象的な言葉とともに、手袋をはめる音やカチャカチャと器材を動かす音が聞こえ看護師さんが横に立ち、何が始まるのかと怖くなり思わず身構える。

 「あ、あの...な、何をやっちゃうんですか...?」

 「んー?もう子宮口開いてきてるから、陣痛を促すための処置、かな?」

 目的は分かったけれど、何をされるのか分からずグッと身体に力が入ってしまう。

 「じゃあ優茉さん、もう一度口で深呼吸してて?ちょっと痛いけど頑張ってねー」
 
 え?と思ったのと同時にかなりの激痛に襲われ、息が止まり声もでない。
 そばについてくれている看護師さんが腰をさすりながら深呼吸を促してくれるけれど、突然の事に息をする余裕もなかった。

 ただただ強すぎる痛みに「うぅっ」とうめき声を漏らすのが精一杯で、きっと十数秒ほどだったけれど、ものすごく長い時間に感じた。

 「よし、これでおしまいね。大丈夫?痛かった?」

 「は、はい...。とても...」

 「本当?全然声聞こえないから余裕なのかと思った。みんなけっこう叫んだりするんだけど」

 「痛すぎて声が出なかったといいますか...」

 「ははっ、ごめんね?痛くないのかと思ってけっこうやっちゃったよ。よく頑張ったね」

 椅子から降りると身体を真っ直ぐにできないほど下腹部にズーンと強い痛みがあり、よたよたと診察室まで戻った。

 「大丈夫?けっこう効き目ありそうだね。このまま陣痛くるかもしれないから、そのつもりでいてね」

 ゆっくりとしか歩けない私を、待合室まで南先生が支えてくれなんとかソファに座った時、バタバタという足音と共に柊哉さんの声が聞こえた。

 「優茉、ごめん。間に合わなかったか」

 「ちょっと遅かったな香月、今終わったところだよ。ちなみに卵膜剥離したから、今日陣痛がきてもおかしくない状態。だから荷物と心の準備もしておいて」

 「ああ、分かった。優茉、大丈夫?頑張ったな」

 「はい、でもまだ痛くてあまり動けなくて...」

 「優茉さん、かなり頑張ったよね?だからきっともうすぐ赤ちゃんに会えるよ!
 俺は今日当直でずっとここにいるから、夜中でもいつでも連絡してね」