お昼前に少し早めの休憩に入ったけれど、持ってきたおにぎりは一口も食べられそうにない。
 ゼリー飲料を少し口にしてから仕事に戻ると、午後からは入院される患者さんが多く、お迎えに行きお部屋へ案内し説明をする作業を繰り返していた。

 それがひと段落し、身体の怠さを感じながらナースステーションへ戻る途中エレベーターを待っていると、前方から歩いてきた水島先生が険しい顔で足早に近づいてくる。

 何かあったのかと思っていると「宮野さん、顔色悪いよ?大丈夫?」と心配そうに顔を覗き込まれた。

 「え...?あ、はい、大丈夫です」

 「本当に?あまり大丈夫そうには見えないよ。最近体調崩してるの?」

 水島先生には妊娠の事は伝えていないので、「あ、えっと...」と言い淀んでいると抱えていたファイルを落としてしまい、それを拾い上げようとした時...

 突然目の前が歪みぐるぐると回り始めたかと思うと真っ白になっていき、身体に力が入らずその場に倒れ込んでしまった。
 咄嗟に私の身体を支え声をかけてくれている水島先生にも、激しい動悸から呼吸が苦しく何も答えられない。次第にその声も遠くなっていき、私は意識を手放していた。


 気がつくとどこかのベッドに寝ていて、ぼんやりと開いた瞳に点滴のスタンドが映る。肩を叩かれて名前を呼ばれていることに気がつきそちらを見ると、南先生だった。

 あれ...?私、水島先生と話していて、それで...

 「優茉さーん、わかりますか?手握ってみて?」

 手...?まだぼんやりとした頭でなんとか意味を理解し、ぐっと指に力を入れる。

 「よかった、大丈夫そうだね」

 「よかったー、びっくりしたよ。最近体調が悪そうだったのは、悪阻だったんだね」

 南先生の隣には水島先生も立っていて、安堵したように深いため息を吐いている。

 「すみ、ません。ご迷惑を、おかけして...」

 「気にしないで。でも本当に良かったよ。意識ないし呼吸も弱いし、久しぶりに焦った」と苦笑いしながらも「倒れるまで無理しちゃダメだよ」と真面目な顔で言われ、反省と不甲斐なさで涙が出そうだった。


 水島先生が病室を出てから、南先生がベッドサイドの椅子に座りタブレットでエコーの画像を見せてくれた。

 「まずは赤ちゃんだけど、経腹エコーで見たところ問題はなさそうだったから安心して。でも、問題なのは母体の方。最近食事も水分も摂れていなかったんじゃない?倒れた原因は、低血糖と脱水だよ。このままだと赤ちゃんにも良くないから、しばらく落ち着くまでは点滴でしっかり栄養を入れて、身体楽にしてあげた方がいいと思う」

 そっか...私、自分が悪阻のしんどさを我慢すればいいだけと思っていたけれど、私が辛いと赤ちゃんも辛いんだ...。どうしよう、私のせいで...

 溢れそうな涙を我慢していると、ガラッと勢いよくドアが開き「優茉っ」と大好きな声が聞こえたかと思うとぎゅっと抱きしめられていた。
 
 「柊哉、さん...」

 「優茉...よかった。倒れて意識がないって聞いた時は、心臓が止まるかと思った...」

 「ごめん、なさい...私...」

 彼の香りと温もりに包まれて安心したせいか、もう涙を堪えられずしがみついて子どものようにわんわん泣いてしまった。