「どうして、ですか...?」

 院長は視線を逸らせ、一つため息をつく。

 「...調べればわかる事だから話すが、君の母親が亡くなったのは...私たちのせいなんだ」

 院長も、知っていたんだ...

 え? ......私、たち?

 「最近...柊哉の行動がおかしくてね。今まで一度だってそんな事は言わなかったのに、突然母親の事故のことを知りたがったり、急に家に帰ったかと思えば遺品を眺めていたり...。
 私も気になって、当時の事を思い出していた時...気がついたんだ。おそらく、柊哉も気づいているだろう。
 もし...籍を入れてから君がそれを知れば、必ず後悔すると思ってね。伝えておくべきだと思ったんだ」

 やっぱり、結婚は許してもらえないということ...?

 返す言葉を探したまま黙っている私を見て、院長はさらに表情を険しくする。
 
 「...驚かないのかい?まさか、知っていて—」

 「違います!私も...それを知ったのは、つい先日です。柊哉さんも、知っています」

 「...はぁ、そうか。だったら、なぜまだ関係を続けているんだ?君にとったら、私たちは許す事などできない存在だろう?」

 「あの...私たちとは、どういう意味ですか?」

 「...君はまだ赤ちゃんだったから知らないだろうが、お母さんのオペを執刀したのは...私なんだ」

 「......え?」

 まさか、そんな事...

 「だが...知っての通り、助ける事はできなかった...」

 「そう、だったんですね...。私は、二十歳になった時、初めて母の事故のことを詳しく聞きました。頭部の損傷がひどく、病院に運ばれた時にはもう手の施しようがなかったと...。
 それでも、諦めずに処置してくれた先生方に、祖父母は感謝していました。あの時、それが唯一の救いだった、と...」

 私の話に、院長は目を閉じ唇を噛み締めている。

 「まさか... 感謝なんて...」

 「...あの事故は、誰のせいでもないと思います。二人の命が奪われた不幸な事故でしたが、憎むべきがあるとすれば、それは病気です。
 私も...、母は私を庇ったせいで亡くなったのだと、ずっとそう思っていました。でも、もうそう考えるのは、やめようと思います」

 「宮野さん...。本当に、申し訳なかった」

 震える声でそう言い、頭を下げる院長。

 「いえ...院長も、奥様を亡くされた直後にオペをされていたなんて...。お辛かった、ですよね...」

 俯いたままの院長の表情は読めない。
 それでも、私の気持ちを伝えておこうと思った。本当は、柊哉さんが帰国してから一緒にと思っていたけれど...きちんと話しておきたい。

 「私...今も、柊哉さんへの気持ちは全く変わりません。これからも、彼を愛し続けることを、許して頂けませんか...?」

 長い沈黙が落ち、ドクンドクンと自分の心臓の音だけが頭に響く。

 「...許すも何も、親としては、息子を愛してくれる人がいるなど嬉しいに決まっている。
 それにあの時...、父親に抱かれて眠るまだ赤ちゃんの君が、どうかこの先健やかに幸せな人生をおくれることだけを、願ったんだ...」

 「院長...」

 自分も最愛の人を亡くしたばかりなのに、私の幸せを願ってくれていたなんて...

 「だが、宮野さんのご家族が、どう思われるか...」

 父の話と、まだ母方の祖父母には伝えていない事を話すと、訪問する際は同席させて欲しいと言われた。

 よかった...。院長には、許してもらえたんだよね...?