柊哉side
約一ヶ月ぶりにマンションへ戻り部屋に入ると、外と同じくらいに空気は冷え切っている。
どうやら、俺の方が先だったみたいだな。
とりあえず暖房をつけ、クローゼットの奥からスーツケースを取り出し、明日からの荷物を準備し始める。
学会に参加するにあたり、資料やノート、医学書など必要になりそうな物を揃え一旦テーブルへ置く。
荷物を詰め始めた時、事前に読んでおこうと思っていた論文が病院に置いたままだった事に気がつき、取りに行くために家を出た。
それだけを持ちすぐに戻るつもりだったが、医局で橘先生と話し込んでしまい、少し遅くなってしまった。
足早に部屋に戻ると、玄関には優茉の靴がありリビングにあかりが灯っている。
優茉から話があるとメッセージをもらった時は、ドクンッと痛いほど心臓が跳ね、とうとうこの時が来てしまったのだと目の前が真っ暗になった。
覚悟はしていたはずなのに、今でも話を聞くのは怖い。だが、いつまでもこうしている訳にもいかない。
意を決してリビングの扉を開くと、そこには呆然と立ち尽くしている彼女の姿が。
俯いたまま俺が戻ってきた事にも気づいていない様子で、一点を見つめている。
その視線の先を辿ると、彼女の手にはあのクローバーが握られていた。
....どうして、それを?
俺の声に反応してハッと顔を上げた彼女は、戸惑いの表情を浮かべている。
しかし、思いもよらない優茉の言葉に、俺は息を飲んだ。
きっと、彼女とこうして話をする事も最後になるだろう。
それなら、もう全てを打ち明けよう。同居に持ち込んだ本当の理由も、俺はもうあの時から恋に落ちていたということも。
「このクローバーをもらった時、俺は優茉を泣かせてしまったんだ。...覚えている?」
彼女は頭の中から記憶を手繰り寄せるように、少しの間瞳を閉じる。
「...もしかして、お母さんの所に一緒に行こうって言ってくれたこと、ですか...?」
「そう... 自分でも、なぜあんな事を言ったのかわからない。だけど、あの時の優茉の泣き顔が焼き付いて、あれ以来何度も何度も夢に出てきたんだ」
「...夢、に?」
「優茉は俺にとても温かい優しさをくれたのに、俺は無神経な言葉で泣かせてしまって、そのせいで発作が起きて...。
苦しそうな優茉に俺は何もしてあげる事が出来なかった。多分ずっと、後悔していたんだ」
「そんな...違います。私、あの時とても嬉しかったんです」
「...え? 嬉し、かった?」
「はい。私は幼い頃、お母さんのいるお空に行くにはどうしたらいいのかなって、よく考えていたんです。でも、誰に聞いても悲しい顔をされたり怒られたり...。父には、お母さんの事は忘れなさいと言われました。
それがずっと悲しくて...。でも、あの時初めて私の気持ちを認めてもらえた気がしてすごく嬉しくて、涙が溢れたんです」
まさか...、嬉し涙だったなんて...
「ふっ、俺は二十年以上も、ずっと勘違いをしていたんだな...」
「そんな事とは知らずに、すみません...」
「いや、でも俺はあの時、優茉の病気も抱える悲しみからも救ってあげたいと思った。初めて医者になりたいと心から思えた瞬間だったんだ。
俺が医者になれたのは、優茉のおかげなんだよ」
「そんな... じゃあ、前に言っていたお医者さんを目指すきっかけをくれた女の子って...私、だったんですか?」
「そう。ずっと、黙っていてごめん。優茉は昔の記憶がほとんどないと言っていたし、良い思い出でもないだろうから、無理に思い出す必要はないと思ったんだ」
「でも...どうして? どうしてそれが私だって、分かったんですか...?
その時以来、柊哉さんには会っていませんよね...?」
約一ヶ月ぶりにマンションへ戻り部屋に入ると、外と同じくらいに空気は冷え切っている。
どうやら、俺の方が先だったみたいだな。
とりあえず暖房をつけ、クローゼットの奥からスーツケースを取り出し、明日からの荷物を準備し始める。
学会に参加するにあたり、資料やノート、医学書など必要になりそうな物を揃え一旦テーブルへ置く。
荷物を詰め始めた時、事前に読んでおこうと思っていた論文が病院に置いたままだった事に気がつき、取りに行くために家を出た。
それだけを持ちすぐに戻るつもりだったが、医局で橘先生と話し込んでしまい、少し遅くなってしまった。
足早に部屋に戻ると、玄関には優茉の靴がありリビングにあかりが灯っている。
優茉から話があるとメッセージをもらった時は、ドクンッと痛いほど心臓が跳ね、とうとうこの時が来てしまったのだと目の前が真っ暗になった。
覚悟はしていたはずなのに、今でも話を聞くのは怖い。だが、いつまでもこうしている訳にもいかない。
意を決してリビングの扉を開くと、そこには呆然と立ち尽くしている彼女の姿が。
俯いたまま俺が戻ってきた事にも気づいていない様子で、一点を見つめている。
その視線の先を辿ると、彼女の手にはあのクローバーが握られていた。
....どうして、それを?
俺の声に反応してハッと顔を上げた彼女は、戸惑いの表情を浮かべている。
しかし、思いもよらない優茉の言葉に、俺は息を飲んだ。
きっと、彼女とこうして話をする事も最後になるだろう。
それなら、もう全てを打ち明けよう。同居に持ち込んだ本当の理由も、俺はもうあの時から恋に落ちていたということも。
「このクローバーをもらった時、俺は優茉を泣かせてしまったんだ。...覚えている?」
彼女は頭の中から記憶を手繰り寄せるように、少しの間瞳を閉じる。
「...もしかして、お母さんの所に一緒に行こうって言ってくれたこと、ですか...?」
「そう... 自分でも、なぜあんな事を言ったのかわからない。だけど、あの時の優茉の泣き顔が焼き付いて、あれ以来何度も何度も夢に出てきたんだ」
「...夢、に?」
「優茉は俺にとても温かい優しさをくれたのに、俺は無神経な言葉で泣かせてしまって、そのせいで発作が起きて...。
苦しそうな優茉に俺は何もしてあげる事が出来なかった。多分ずっと、後悔していたんだ」
「そんな...違います。私、あの時とても嬉しかったんです」
「...え? 嬉し、かった?」
「はい。私は幼い頃、お母さんのいるお空に行くにはどうしたらいいのかなって、よく考えていたんです。でも、誰に聞いても悲しい顔をされたり怒られたり...。父には、お母さんの事は忘れなさいと言われました。
それがずっと悲しくて...。でも、あの時初めて私の気持ちを認めてもらえた気がしてすごく嬉しくて、涙が溢れたんです」
まさか...、嬉し涙だったなんて...
「ふっ、俺は二十年以上も、ずっと勘違いをしていたんだな...」
「そんな事とは知らずに、すみません...」
「いや、でも俺はあの時、優茉の病気も抱える悲しみからも救ってあげたいと思った。初めて医者になりたいと心から思えた瞬間だったんだ。
俺が医者になれたのは、優茉のおかげなんだよ」
「そんな... じゃあ、前に言っていたお医者さんを目指すきっかけをくれた女の子って...私、だったんですか?」
「そう。ずっと、黙っていてごめん。優茉は昔の記憶がほとんどないと言っていたし、良い思い出でもないだろうから、無理に思い出す必要はないと思ったんだ」
「でも...どうして? どうしてそれが私だって、分かったんですか...?
その時以来、柊哉さんには会っていませんよね...?」