そして微かに浮かんで来たのは、二人部屋の病室の風景...。

 たしか、向かい側のベッドには私より二.三歳年上の女の子がいて、体調が良い時はよく遊んでもらっていた。絵本を読んでくれたり、一緒にお絵描きや折り紙もした。

 そう、あれは私が幼稚園の頃だ。風邪をこじらせ肺炎になり、夏休み前から入院していた時...
 ずっと楽しみにしていた園の夏祭りに行けなかったことを、覚えている。

 それから、いつも面会時間が憂鬱だったことも思い出した。その女の子には毎日お母さんが面会に来ていて、嬉しそうな二人の姿を見るのが辛く、その時間私はいつもこっそりと抜け出していた。

 図書スペースや中庭の端っこで本を読んだり折り紙をして過ごしていて、そんな私に気づいた事務のお姉さんが、時々一緒に居てくれたことはハッキリ覚えている。

 そして私の退院が近づいたある日、その女の子に「もうすぐ手術をするからお別れだね」そう言われた。
 それが悲しくて、お姉さんにその話をすると「良い事教えてあげる」と四葉のクローバーを折って、これは幸せのお守りだと教えてくれた。

 私はそのクローバーを女の子にプレゼントしたくて折り方を教わり、中庭で練習していた時...

 小学生くらいのお兄ちゃんに声をかけられた。
 なんとなくどこか寂しそうな顔をしていて、それで、私...

 練習で折っていたクローバーを、そのお兄ちゃんに、渡した...。


 これって...... 、その時の?


 次々と記憶が蘇っていくように、その時のことを鮮明に思い出した。

 私、たしか、あの時...

 また新たな記憶の扉が開きかけ目を閉じようしたその時、後ろから声が聞こえハッとした。

 「優茉... どうして、それを...」

 リビングの入り口で、目を見開き驚いた顔の彼が立っている。

 「柊哉さん...。あの、これ、もしかして...」

 「優茉、覚えて、いるのか...?」

 「じゃあ、やっぱり...。あの時のお兄ちゃんは、柊哉さん...?」

 「思い、出した...?」

 こくんと頷くと、彼は自傷気味な笑みを浮かべる。

 「それは、俺のお守り。十一歳の時に、優茉にもらった。...それから、あの時の事は、片時も忘れていないよ」

 「......え?」

 「優茉の話を聞く前に、少し俺の話を聞いてくれる?」