柊哉side

 「優茉は風見くんと食事に行きたかった?」

 廊下の角を曲がりひと目のないところで、優茉を壁に追いやり片手をついて囲い鼻先が触れるほど顔を近づける。

 「っ、え? い、いえ...」

 顔を背けて離れようとする彼女の顎をすくって正面を向かせる。

 「っ、しゅ、柊哉さん!ち、近いです、誰か来たら...」

 「俺が言わなかったら、頷くつもりだった?」

 構わず質問を続ける俺に、優茉は頬を赤く染めながら肩を押してくる。

 「それは...、天宮さんと、三人で行くのかと思って...」

 「優茉はもう少し警戒心を持った方がいい。俺も今日はもう上がれるから、駐車場で待ってる」


 ロッカー室でスクラブを脱ぎ捨て、着替えながら何度も深呼吸を繰り返す。

 はぁ、少し冷静にならないとまずいな。

 年始に優茉の実家に行ってから、彼女への愛おしさがどんどん膨れ上がり、自分でも制御できなくなっているのは自覚していた。

 その結果、彼女に構いたくて心配で仕方ない。少しでも一緒にいたくて、彼女の出勤時間には早いことを承知していながら何かと理由をつけては車に乗せる始末だ。

 そんな俺を、優茉は時々不思議そうに見ている事も分かっている。色んな事を敏感に察知する彼女は、当然俺の変化に気がついているのだろう。


 そして、そこに拍車をかけるように最近気になっていることがある。

 年明けの勤務が始まった頃から、看護師の風見くんと優茉が一緒にいるところをよく見かけるようになった。
 もちろん仕事上関わる事もあるが、この間もあまり人が来ないベンチに座ってお弁当を食べている優茉と彼の姿をたまたま見かけた。

 こんな所でわざわざ二人並んで休憩しているのか...?と心がモヤっとした。
 きっとこの場所を選んでいるのは優茉だから、おそらく風見くんはそれを追いかけてきたのだろう。

 その後も、廊下やナースステーションで見かける二人は何やら楽しそうに笑顔で会話していて、優茉もすっかり心を開いているのか屈託のない笑顔を見せていた。

 立場上俺はナースステーションや優茉の行動範囲に行く事は少なく、病院で顔を合わせる機会はあまりない。
 そんな少ない機会で時々見かける彼女の笑顔が彼に向けられたものだとわかると、心がザワザワと音を立て終いには頭痛がしてくる。

 みっともないくらい、俺はただ彼に嫉妬している...

 自分でも分かっていたが、こんな感情になるのは初めてで、どう抑えたらいいのかわからなかった。

 そんな時に、たまたま彼らの後ろ姿を見つけ近づくと不穏な会話が耳に入った。

 やはり優茉は彼の気持ちには全く気づいていない様子。
 そういうところは鈍感というか、危機感が無いというか...心配で堪らなくなる。

 盗み聞きするつもりも口を出すつもりもなかったが、このままだと二人で食事に行く事も彼女は悪気なく承諾してしまいそうだったので、思わず声を上げてしまった。


 朝から立て続けに三件のオペをこなしたせいか、アドレナリンが過剰に放出され今だに気が昂っているのは自覚している。

 優茉を責めるつもりはなかったが自分でも止められず、彼女に身体を押し返されようやく我にかえり後悔が込み上げた。

 こんな事をしていたら、優茉に嫌われてしまうな...